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二十一話 所詮、棒振り 中上
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ヨアヒムが去った次の日。
「こひゅー……こひゅー……」
「やりすぎた……」
つい興が乗り、稽古し過ぎた結果、リョウジが大の字で倒れ妙な呼吸をし始めた。
不味いな、これは。
「リョウジ、大丈夫か?」
「こひゅー……こひゅー……」
白を通り越して、土気色をした顔色は死相というやつだ。
しかし、女の身である私が多少、呼吸を乱しているくらいなのに、どうしてこいつはこんな事になっているのか。
上下する胸は浅く、上手く呼吸が出来ておらず、このまま放置しておけば死にそうだ。
「仕方のない奴め……」
私は腰のチィルダを鞘ごと抜き、
「こひゅー……こひゅー……こグホォ!?」
鳩尾に鞘の先をぶちこみ、リョウジの肺から空気を抜いてやる。
悶絶し、無様に転げ回るリョウジに蹴り一つ。
「げふぅ!? も、もう少し優しくしてくださいよ!」
「さあ、立て」
「やっぱり鬼や……」
などとぶつくさ言いながら、リョウジは動き始めた。
呼吸が出来なくなった時は、いっそ全て吐き出させてやれば、あとは吸い込むだけとなる。
とりあえず、
「よい子もわるい子も真似はするなよ」
「なんですか、いきなり」
「いや、なんでもない」
しかし、急所に打撃をぶち込むわけだから、普通にきついはずだが、何だかんだとぼやきながらリョウジは立ち上がってきた。
考えてみれば大言壮語はないし愚痴が多いが、口に出した事はこなそうとする。
今までもそうだったか、と考えると、
「ふむ」
確かにそうだった。
私はリョウジを、どれだけ他人を見て来なかったのか、と思ってしまう。
前の生から三十年か四十年生きてきて、何とも頼りない我が身だろうか。
「まあいい」
「す、少し休憩をください」
「駄目だな」
他人は自分を映す鏡だ。
至らぬ欠けた我が身をじっくりと見せられる事になる。
しかし、今それが必要なわけではない。
今、リョウジに必要なのは死ぬ事だ。
「剣を取れ、リョウジ。 強くなるんだろう?」
「ソフィアさんに稽古つけてもらうなんて、やめておけばよかったって思ってますよ……」
そう言いながら、リョウジは自分の言葉を裏切り、剣を構えた。
「そう言うな、私はなかなか楽しいぞ」
「まだ扱き足りないんですか!?」
「そういうリョウジは、まだ扱かれ足らないらしいな」
目の前で誰かが強くなっていくのを見るのは、楽しい。
初めて見たお前と比べれば、どれだけ差があると思っているのやら。
他人を見て来なかった私だが、他人の強さだけは見誤りはしない。
夜営地に戻ると、ジャンは兵達に囲まれて話をしていた。
「俺が街を歩いているとな、向こうから頭の上に洗面器を乗せた女が歩いてくるんだよ。 驚いた俺は女に聞いたんだ。 『お嬢さん、どうして頭に洗面器を乗せているんですか?』ってね。 すると女は」
「ジャン、ちょっといいか」
「おい、待てよ、ソフィア。 今、オチが」
「オーク語で話せばいいんだろう?」
「てめえ、よくもバラしやがって!?」
このジョークはわかる者しかわからんオチだろうに、無意味に挑戦的だな。
オチを言われても、皆きょとんとしているだろう。
「大将、隊長と夜のお話合いですか!」
「うるせえ、馬鹿ども!」
それはともかく貴族が兵と語り合おうとした所で、貴族を前にした平民達は必ず萎縮してしまう。
それは仕方のない事だが、ジャンは見事にその距離感を縮め、焚き火を囲んで陽気に騒いでいる。
人間、誰しも知らない他人より、軽口を叩ける気心の知れた誰かのために戦った方が力を出すのは言うまでもない。
これが形こそ違うが、ジャンの強さなのだろう。
私には到底、出来ない事だ。
「ん、そういや勇者様はどうしたよ。 一緒だったんじゃないのか?」
兵達から少し離れた辺りで、ジャンは口を開いた。
「ああ、動けなくなっていたようだから置いてきた」
「おいおい、いいのかよ」
「構わん」
死ぬギリギリまで追い込まないと、リョウジは力を出さないのか出さないせいで、つい私も興が乗ってしまった。
明日もせいぜい揉んでやるとしよう。
「それよりお前に謝らなければならない事がある」
「なんだよ、藪から棒に」
「ヨアヒムが拗ねたから、ネート家に話を通せなくなった」
「おい、ふざけんな」
ジャン=ジャック・ドワイトは男爵だ。
王を頭として見て行くと、公爵、侯爵、伯爵、子爵ときて、ようやく男爵となる。
つまりはしたっぱであり、どこかのお偉い方々に何かを言われたら畏まりましたと、西へ東へ走らなければならない身分だ。
だが魔王の首を真っ先に取らなければならない私達としては、勝手気ままに動く必要があり、侯爵扱いであるネート辺境伯様のご威光を借りようとしたわけなのである。
よそに何かを言われても、ネート辺境伯様の命を受け、動いておりますと言っておけば、それなりに勝手に動けていたはずなのだが、
「……レオン閣下はどうなんだ。 家族仲悪いのか?」
「逆だな。 溺愛され過ぎて、魔王退治なんて言った日には家に閉じ込められかねん」
「そういやお前、女だったな」
「ふん、私のような麗しい乙女になんて事を言うのやら」
憎まれ口を叩くジャンだが、その顔色は冴えない。
どこかの貴族様方の下につけられた日には前線に出されて使い潰され、美味しい所だけ持って行かれるか、そこまでいかずともそれなりの功績しか稼ぐ事は出来ないだろう。
「どうすんだ、おい。 本気で破産するぞ」
だが、巨額の負債を抱えたドワイト家は、ここで一切合財全てを賭けた大勝負に勝てなければ、間違いなく潰れる。
だからこそ私の伝で名目上はネート家の下で戦う事にして、あとは自由に動くつもりだったのだが、
「せめて、下の兄がいれば話は違ったのだがなあ」
「いねえもんはしょうがねえ。 今からヨアヒム坊っちゃんに頭下げてこいよ」
「無理だ。 あいつは拗ねると長いんだ……」
別れ際、ヨアヒムはじとっとした目をしていた。
あれは昔、ヴィクトール兄がヨアヒムの大好物のプティングを食べてしまった時と同じ目だ。
その時は二週間はどれだけ謝り倒そうと、じとっとした目でヴィクトール兄を見つめるだけだった。
ヨアヒムは腕こそあれ、中身はまだまだ子供だ。
「まあ手がないわけでもない」
「どんな手だ」
「リョウジに任せる」
リョウジにヨアヒムの天狗の鼻をへし折らせ、そこにつけ込んでドワイト家軍の独自行動権を得る。
私に考え付くのは、このくらいしかない。
「勇者様にか。 ……言っちゃなんだが」
「……言うな」
リョウジに任せる、と言った途端に駄目な雰囲気を醸し出すのはどういうわけだ。
かと言って、私がヨアヒムを倒しても仕方がない。
私に負けた所でいつもの事だ。
一度、無様に負けたリョウジに負けてこそ、ぶよぶよと醜く膨らんだ慢心が斬れる。
「俺の代でドワイト家も終わりかもしれんなあ……」
「信じろ」
「誰をだ」
「……神仏とかを」
リョウジの事だから何かやらかしかねないし、私が鍛えたと胸も張れない。
いい勝負になるという見立てはあるのだが、リョウジがリョウジだという一点で信用ならん。
これまでの印象が悪すぎる。
「神様は俺の家を見放してる気がするな……」
借金にまみれ、崖っぷちに立つジャンの愚痴めいた言葉は弱々しく、兵達の歓声にかきけされた。
これは駄目かもしれんなあ……。
「こひゅー……こひゅー……」
「やりすぎた……」
つい興が乗り、稽古し過ぎた結果、リョウジが大の字で倒れ妙な呼吸をし始めた。
不味いな、これは。
「リョウジ、大丈夫か?」
「こひゅー……こひゅー……」
白を通り越して、土気色をした顔色は死相というやつだ。
しかし、女の身である私が多少、呼吸を乱しているくらいなのに、どうしてこいつはこんな事になっているのか。
上下する胸は浅く、上手く呼吸が出来ておらず、このまま放置しておけば死にそうだ。
「仕方のない奴め……」
私は腰のチィルダを鞘ごと抜き、
「こひゅー……こひゅー……こグホォ!?」
鳩尾に鞘の先をぶちこみ、リョウジの肺から空気を抜いてやる。
悶絶し、無様に転げ回るリョウジに蹴り一つ。
「げふぅ!? も、もう少し優しくしてくださいよ!」
「さあ、立て」
「やっぱり鬼や……」
などとぶつくさ言いながら、リョウジは動き始めた。
呼吸が出来なくなった時は、いっそ全て吐き出させてやれば、あとは吸い込むだけとなる。
とりあえず、
「よい子もわるい子も真似はするなよ」
「なんですか、いきなり」
「いや、なんでもない」
しかし、急所に打撃をぶち込むわけだから、普通にきついはずだが、何だかんだとぼやきながらリョウジは立ち上がってきた。
考えてみれば大言壮語はないし愚痴が多いが、口に出した事はこなそうとする。
今までもそうだったか、と考えると、
「ふむ」
確かにそうだった。
私はリョウジを、どれだけ他人を見て来なかったのか、と思ってしまう。
前の生から三十年か四十年生きてきて、何とも頼りない我が身だろうか。
「まあいい」
「す、少し休憩をください」
「駄目だな」
他人は自分を映す鏡だ。
至らぬ欠けた我が身をじっくりと見せられる事になる。
しかし、今それが必要なわけではない。
今、リョウジに必要なのは死ぬ事だ。
「剣を取れ、リョウジ。 強くなるんだろう?」
「ソフィアさんに稽古つけてもらうなんて、やめておけばよかったって思ってますよ……」
そう言いながら、リョウジは自分の言葉を裏切り、剣を構えた。
「そう言うな、私はなかなか楽しいぞ」
「まだ扱き足りないんですか!?」
「そういうリョウジは、まだ扱かれ足らないらしいな」
目の前で誰かが強くなっていくのを見るのは、楽しい。
初めて見たお前と比べれば、どれだけ差があると思っているのやら。
他人を見て来なかった私だが、他人の強さだけは見誤りはしない。
夜営地に戻ると、ジャンは兵達に囲まれて話をしていた。
「俺が街を歩いているとな、向こうから頭の上に洗面器を乗せた女が歩いてくるんだよ。 驚いた俺は女に聞いたんだ。 『お嬢さん、どうして頭に洗面器を乗せているんですか?』ってね。 すると女は」
「ジャン、ちょっといいか」
「おい、待てよ、ソフィア。 今、オチが」
「オーク語で話せばいいんだろう?」
「てめえ、よくもバラしやがって!?」
このジョークはわかる者しかわからんオチだろうに、無意味に挑戦的だな。
オチを言われても、皆きょとんとしているだろう。
「大将、隊長と夜のお話合いですか!」
「うるせえ、馬鹿ども!」
それはともかく貴族が兵と語り合おうとした所で、貴族を前にした平民達は必ず萎縮してしまう。
それは仕方のない事だが、ジャンは見事にその距離感を縮め、焚き火を囲んで陽気に騒いでいる。
人間、誰しも知らない他人より、軽口を叩ける気心の知れた誰かのために戦った方が力を出すのは言うまでもない。
これが形こそ違うが、ジャンの強さなのだろう。
私には到底、出来ない事だ。
「ん、そういや勇者様はどうしたよ。 一緒だったんじゃないのか?」
兵達から少し離れた辺りで、ジャンは口を開いた。
「ああ、動けなくなっていたようだから置いてきた」
「おいおい、いいのかよ」
「構わん」
死ぬギリギリまで追い込まないと、リョウジは力を出さないのか出さないせいで、つい私も興が乗ってしまった。
明日もせいぜい揉んでやるとしよう。
「それよりお前に謝らなければならない事がある」
「なんだよ、藪から棒に」
「ヨアヒムが拗ねたから、ネート家に話を通せなくなった」
「おい、ふざけんな」
ジャン=ジャック・ドワイトは男爵だ。
王を頭として見て行くと、公爵、侯爵、伯爵、子爵ときて、ようやく男爵となる。
つまりはしたっぱであり、どこかのお偉い方々に何かを言われたら畏まりましたと、西へ東へ走らなければならない身分だ。
だが魔王の首を真っ先に取らなければならない私達としては、勝手気ままに動く必要があり、侯爵扱いであるネート辺境伯様のご威光を借りようとしたわけなのである。
よそに何かを言われても、ネート辺境伯様の命を受け、動いておりますと言っておけば、それなりに勝手に動けていたはずなのだが、
「……レオン閣下はどうなんだ。 家族仲悪いのか?」
「逆だな。 溺愛され過ぎて、魔王退治なんて言った日には家に閉じ込められかねん」
「そういやお前、女だったな」
「ふん、私のような麗しい乙女になんて事を言うのやら」
憎まれ口を叩くジャンだが、その顔色は冴えない。
どこかの貴族様方の下につけられた日には前線に出されて使い潰され、美味しい所だけ持って行かれるか、そこまでいかずともそれなりの功績しか稼ぐ事は出来ないだろう。
「どうすんだ、おい。 本気で破産するぞ」
だが、巨額の負債を抱えたドワイト家は、ここで一切合財全てを賭けた大勝負に勝てなければ、間違いなく潰れる。
だからこそ私の伝で名目上はネート家の下で戦う事にして、あとは自由に動くつもりだったのだが、
「せめて、下の兄がいれば話は違ったのだがなあ」
「いねえもんはしょうがねえ。 今からヨアヒム坊っちゃんに頭下げてこいよ」
「無理だ。 あいつは拗ねると長いんだ……」
別れ際、ヨアヒムはじとっとした目をしていた。
あれは昔、ヴィクトール兄がヨアヒムの大好物のプティングを食べてしまった時と同じ目だ。
その時は二週間はどれだけ謝り倒そうと、じとっとした目でヴィクトール兄を見つめるだけだった。
ヨアヒムは腕こそあれ、中身はまだまだ子供だ。
「まあ手がないわけでもない」
「どんな手だ」
「リョウジに任せる」
リョウジにヨアヒムの天狗の鼻をへし折らせ、そこにつけ込んでドワイト家軍の独自行動権を得る。
私に考え付くのは、このくらいしかない。
「勇者様にか。 ……言っちゃなんだが」
「……言うな」
リョウジに任せる、と言った途端に駄目な雰囲気を醸し出すのはどういうわけだ。
かと言って、私がヨアヒムを倒しても仕方がない。
私に負けた所でいつもの事だ。
一度、無様に負けたリョウジに負けてこそ、ぶよぶよと醜く膨らんだ慢心が斬れる。
「俺の代でドワイト家も終わりかもしれんなあ……」
「信じろ」
「誰をだ」
「……神仏とかを」
リョウジの事だから何かやらかしかねないし、私が鍛えたと胸も張れない。
いい勝負になるという見立てはあるのだが、リョウジがリョウジだという一点で信用ならん。
これまでの印象が悪すぎる。
「神様は俺の家を見放してる気がするな……」
借金にまみれ、崖っぷちに立つジャンの愚痴めいた言葉は弱々しく、兵達の歓声にかきけされた。
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