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二十一話 所詮、棒振り 中下
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二日後の早朝、私達はヨアヒムに追い付いた。
思ったよりも早く追い付いたのは、前線で何やら起きているらしい。
それはともかく、
「ふしゅー……ふしゅー……ふぁーぶるすこふぁー……」
「というわけで今からお前には、こいつと戦ってもらう」
「彼に何があったんですか、姉様!?」
何があったって……何もおかしくはないだろう。
まだ夜が明けたばかりの平原で、濃い朝靄と共にリョウジはぷしゅー、と白い息を吐いている。
「どこからどう見てもリョウジだろう?」
「で、でもこんな挙動不審じゃありませんでしたよ!?」
「こいつは割と普段から挙動不審だ」
少し目を離せば、いつの間にかしたっぱの立場に潜り込んでいる勇者など、どこを探してもリョウジくらいのものだ。
職業に貴賤はないが、お伽噺で勇者が日雇いの仕事に雇われたり、行き倒れになって軍人見習いになっては、さすがに夢が無さすぎる。
その上、世直しの旅どころか殺生厳禁の聖域で聖鳥を食い、ドラゴンを食いとロクな事をしていない。
「それより約束は守れよ」
「彼に僕が負けるような事があれば、何でもしますよ」
ヨアヒムははあ、と深く溜め息を吐いた。
どうして一度、完勝した相手と再戦しなければならないのか、とその小さな身体全てを使って抗議してきている。
あれからたった三日だ。
あれだけ派手に勝った相手と再び戦う事になり、ヨアヒムの目には戦意ではなく倦怠しかない。
私がヨアヒムの立場なら面倒でたまらないだろうが、ヨアヒムは完全にリョウジを舐めきっている。
私なら最低限、相手の値踏みから始めるが、ヨアヒムにはそれすらない。
「ふしゅー……ふしゅー……ぶるわあああああ……」
「……それより、本当に大丈夫なんですか、彼?」
「やれやれ……いつの間にか口だけは軽くなりおって。 そうやって気勢を削ごうとは、小手先の児戯だけは上手くなったようだな」
「そんな必要があるわけないでしょう!?」
ヨアヒムの顔色が目に見えて変わった。
だが、それでも侮りは抜けず、戦意もなく怒りが生まれただけだ。
「いいでしょう。 姉様とて間違える事がないわけじゃない。 僕がその男にかけた期待が間違いだと、弓矢を以て証明してみせます!」
「ヨアヒム、お前は負ける。 一度は倒したはずの相手にな」
「姉様はどうして……」
怒りに失望が混ざり、その行き場のない感情がヨアヒムの拳に力を籠めさせる。
屈辱に焼かれるヨアヒムは、いよいよ私への怒りを隠し切れなくなっていた。
「さあ、もうこれ以上、言葉でふやかせる事はないだろう」
「そうですね。 ですが!」
巨馬にひらりと跨がると、ヨアヒムは私に弓を突きつける。
「この男に僕が勝ったら、次は姉様の番です」
「慢心したか、ヨアヒム」
私と戦う気になったのは、いい傾向だ。
これまでは私と本気で戦おうという意思はなく、負けて当たり前と思っていたようだが、今のヨアヒムなら私に負けて悔しがれるはずだ。
負けてへらへら笑える者など、男ではない。
「僕とて、姉様の知る僕のままではありません」
いい目をしている。
真剣に私を敵とする目だ。
これでこそリョウジを使った甲斐があったと思える。
だが、ここで満足するわけにはいかない。
「立ち合いは私、ソフィア・ネートが勤める。 異議はないな」
「ありません」
双方、遺恨残さずとでも言うべきかと考えたが、リョウジには悪いが遺恨を残してもらったほうが、ヨアヒムのためになりそうだ。
ヨアヒムは闇討ちで相手を仕留めるような質ではなく、リョウジを倒すために必死に足掻くだろう。
私も闇討ちをたしなむが、それは相手にされない時だけだ。
勝負に無粋なものを持ち込みたくはない。
それだけはきっとヨアヒムに伝わっていてくれるはずだ、と信じたい。
「双方、構え」
リョウジは聖剣をだらんと垂らすように構え、ヨアヒムは怒りに震えたまま弓をつがえた。
震える手指は放つ矢の精度を狂わせ、ヨアヒムの敗北を決定的なものにするだろう。
それがわかっているヨアヒムは、静かに目を閉じた。
立ち合い人である以上、私はあくまで中立でなければならない。
だが、せめて一呼吸の間だけでも、ヨアヒムの震えが止まるようにと、身勝手な祈りを捧げるくらいは許されるはずだ。
「ーーーっ」
深く息を吐いたヨアヒムは、
「『神箭』ヨアヒム・ネート」
震える手を止め、しっかりとリョウジに狙いを定めた。
技があるだけでは意味がない。
技の全てを出しきれるよう、自分の手綱は自分が握らなければならないのだ。
心、技、体とは下らぬ道徳の理念ではなく、一芸を極めようとする者には絶対に必要な概念。
脆さのあったヨアヒムは、この瞬間に確かになにかを乗り越えていた。
だが、ここで満足は出来ない。
胸の内に沸き上がる嬉しさが、声に出ないように抑える。
「始め!」
しかし、それだけに惜しい。
「僕の矢は……」
深く引かれた弦が、弓に唸りを上げさせる。
見事に引いた構えは、この国を探してもヨアヒム以上がいないかもしれない、と姉の贔屓目か思ってしまう。
「そんなに安くはない!」
だが視線こそリョウジに向かっているが、ヨアヒムの意思は私を見ていた。
私を意識し過ぎた矢に貫かれるほど、今のリョウジは甘くない。
ヨアヒムは、負けるだろう。
「ふしゅー……ふしゅー……もるすぁぁぁぁぁぁ……」
……リョウジがおかしな事をしなければ、だが。
少し扱き過ぎたかもしれんな、これ。
思ったよりも早く追い付いたのは、前線で何やら起きているらしい。
それはともかく、
「ふしゅー……ふしゅー……ふぁーぶるすこふぁー……」
「というわけで今からお前には、こいつと戦ってもらう」
「彼に何があったんですか、姉様!?」
何があったって……何もおかしくはないだろう。
まだ夜が明けたばかりの平原で、濃い朝靄と共にリョウジはぷしゅー、と白い息を吐いている。
「どこからどう見てもリョウジだろう?」
「で、でもこんな挙動不審じゃありませんでしたよ!?」
「こいつは割と普段から挙動不審だ」
少し目を離せば、いつの間にかしたっぱの立場に潜り込んでいる勇者など、どこを探してもリョウジくらいのものだ。
職業に貴賤はないが、お伽噺で勇者が日雇いの仕事に雇われたり、行き倒れになって軍人見習いになっては、さすがに夢が無さすぎる。
その上、世直しの旅どころか殺生厳禁の聖域で聖鳥を食い、ドラゴンを食いとロクな事をしていない。
「それより約束は守れよ」
「彼に僕が負けるような事があれば、何でもしますよ」
ヨアヒムははあ、と深く溜め息を吐いた。
どうして一度、完勝した相手と再戦しなければならないのか、とその小さな身体全てを使って抗議してきている。
あれからたった三日だ。
あれだけ派手に勝った相手と再び戦う事になり、ヨアヒムの目には戦意ではなく倦怠しかない。
私がヨアヒムの立場なら面倒でたまらないだろうが、ヨアヒムは完全にリョウジを舐めきっている。
私なら最低限、相手の値踏みから始めるが、ヨアヒムにはそれすらない。
「ふしゅー……ふしゅー……ぶるわあああああ……」
「……それより、本当に大丈夫なんですか、彼?」
「やれやれ……いつの間にか口だけは軽くなりおって。 そうやって気勢を削ごうとは、小手先の児戯だけは上手くなったようだな」
「そんな必要があるわけないでしょう!?」
ヨアヒムの顔色が目に見えて変わった。
だが、それでも侮りは抜けず、戦意もなく怒りが生まれただけだ。
「いいでしょう。 姉様とて間違える事がないわけじゃない。 僕がその男にかけた期待が間違いだと、弓矢を以て証明してみせます!」
「ヨアヒム、お前は負ける。 一度は倒したはずの相手にな」
「姉様はどうして……」
怒りに失望が混ざり、その行き場のない感情がヨアヒムの拳に力を籠めさせる。
屈辱に焼かれるヨアヒムは、いよいよ私への怒りを隠し切れなくなっていた。
「さあ、もうこれ以上、言葉でふやかせる事はないだろう」
「そうですね。 ですが!」
巨馬にひらりと跨がると、ヨアヒムは私に弓を突きつける。
「この男に僕が勝ったら、次は姉様の番です」
「慢心したか、ヨアヒム」
私と戦う気になったのは、いい傾向だ。
これまでは私と本気で戦おうという意思はなく、負けて当たり前と思っていたようだが、今のヨアヒムなら私に負けて悔しがれるはずだ。
負けてへらへら笑える者など、男ではない。
「僕とて、姉様の知る僕のままではありません」
いい目をしている。
真剣に私を敵とする目だ。
これでこそリョウジを使った甲斐があったと思える。
だが、ここで満足するわけにはいかない。
「立ち合いは私、ソフィア・ネートが勤める。 異議はないな」
「ありません」
双方、遺恨残さずとでも言うべきかと考えたが、リョウジには悪いが遺恨を残してもらったほうが、ヨアヒムのためになりそうだ。
ヨアヒムは闇討ちで相手を仕留めるような質ではなく、リョウジを倒すために必死に足掻くだろう。
私も闇討ちをたしなむが、それは相手にされない時だけだ。
勝負に無粋なものを持ち込みたくはない。
それだけはきっとヨアヒムに伝わっていてくれるはずだ、と信じたい。
「双方、構え」
リョウジは聖剣をだらんと垂らすように構え、ヨアヒムは怒りに震えたまま弓をつがえた。
震える手指は放つ矢の精度を狂わせ、ヨアヒムの敗北を決定的なものにするだろう。
それがわかっているヨアヒムは、静かに目を閉じた。
立ち合い人である以上、私はあくまで中立でなければならない。
だが、せめて一呼吸の間だけでも、ヨアヒムの震えが止まるようにと、身勝手な祈りを捧げるくらいは許されるはずだ。
「ーーーっ」
深く息を吐いたヨアヒムは、
「『神箭』ヨアヒム・ネート」
震える手を止め、しっかりとリョウジに狙いを定めた。
技があるだけでは意味がない。
技の全てを出しきれるよう、自分の手綱は自分が握らなければならないのだ。
心、技、体とは下らぬ道徳の理念ではなく、一芸を極めようとする者には絶対に必要な概念。
脆さのあったヨアヒムは、この瞬間に確かになにかを乗り越えていた。
だが、ここで満足は出来ない。
胸の内に沸き上がる嬉しさが、声に出ないように抑える。
「始め!」
しかし、それだけに惜しい。
「僕の矢は……」
深く引かれた弦が、弓に唸りを上げさせる。
見事に引いた構えは、この国を探してもヨアヒム以上がいないかもしれない、と姉の贔屓目か思ってしまう。
「そんなに安くはない!」
だが視線こそリョウジに向かっているが、ヨアヒムの意思は私を見ていた。
私を意識し過ぎた矢に貫かれるほど、今のリョウジは甘くない。
ヨアヒムは、負けるだろう。
「ふしゅー……ふしゅー……もるすぁぁぁぁぁぁ……」
……リョウジがおかしな事をしなければ、だが。
少し扱き過ぎたかもしれんな、これ。
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