剣戟rock'n'roll

久保田

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TURN end

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ーーーなんだこれは。
 その光景を見たペネペローペの胸の中に、その言葉しか生まれなかった。
 まるでスプーンでアイスクリームをすくったように、綺麗に大地が抉られている。
 その広さは東京ドーム何個分か、などとペネペローペは驚愕のあまりおかしな事を考えた。

「なんですか、こりゃあ……」

「知るか」

 部下のバリーが口を開いたが、そんな事を言われてもペネペローペは答える言葉を持たず、吐き捨てるように返してしまう。
 バリーの表情こそほとんど変わらないが、その事への不満が眉に乗っている。
 指揮官とは感情を表に出すべからず、と指揮官としてのいろはをペネペローペに叩き込んでくれたのはバリーだ。
 なんだかんだと一端の指揮官になったはずの今も、バリーが自分を子供扱いするのがペネペローペには不満だった。
 だが、この有り様を見れば、そんな事を言ってはいられらない。
 占領地の見聞に魔王の側を三日ばかり離れた途端にこの有り様だ。
 スプーンでくりぬいた地面の一番下には、何とも絵に描いたようなおどろおどろしい城が建っている。
 実用性を考えた気配のない、無意味なまでに大量の尖塔は設計者の悪趣味を、そのくせ妙に低い城壁はやる気の無さが垣間見えた。
 城壁の上には魔物の姿がちらほらと見えるが、どこかしら傷付いた彼らの表情は重く、動きに精彩が欠けている。
 地は残留した魔力が色濃く残り、そのあまりの濃厚さに酔ってしまいそうだ。
 背後に控えているオークの部下達も、動きが重い。

「行ってくる。 お前達は少し離れた所で待機していろ」

「お気をつけて」

 今から行くのは味方の城だ。
 気をつける事など、何もありはしないはずだった。
 しかし、ペネペローペの口から出てきたのは、

「ああ……」

 という肯定の言葉だった。



 城門はお粗末で、とりあえずついているだけといった有り様だった。
 門番を脅しつけるようにして門を開かせ、ペネペローペは感情のままに足音を立てて奥へと進んでいく。 
 城の壁からははっきりと覚えのある魔力の波長を感じる。
 そこまで考え、ペネペローペは自分が思っていたよりも動揺している事に気付いた。

「どういうつもりだ」

「あ? 何がだ」

 奇妙にくねくねと曲がりくねった道を抜けると、そこには魔王の姿があった。
 調度が少なく、あまり飾り立てた所のない城内で、そこだけは略奪した財貨で光輝いている。
 何を勘違いしたのか、金で飾り立てられた玉座にだらしなく腰かける魔王に、ペネペローペは近付いていく。

「言わなければわからないのか」

「わからんね。 俺様、読心は出来ねえからな」

 けらけらと笑う魔王の姿に、ペネペローペは不思議な喪失感を得た。
 何かが壊れていく、そんな感触。

「もう勝ったつもりか!」

「人間の軍隊には勝ったさ。 俺様が叩き潰した」

 悪趣味の極みとしか言えないような、黄金に塗られた人の頭蓋骨を盃に、魔王は酒をちびりと飲む。
 あまり美味く感じているようには見えず、それがまたペネペローペには腹立たしい。

「人類を滅ぼす、そのはずだろう」

「おうよ。 それが魔王のお仕事ですよっと」

「ならば何故」

 城のあちこちから感じる魔力は、魔王の物だけではなく、

「何故、魔王軍まで壊滅させた!」

「カカカカカカカ!」

 魔物、人間の魔力が入り交じり、返吐が出るような波動が城全体から漂っていた。
 噎せかえるように甘ったるい腐敗した臭いと、どろどろとした鉄錆の臭いが混ざり合う。

「まぁ落ち着けよ、ペネやん」

「これが落ち着いていられるか!」

 膨大な魔力により、一夜で建設された城の材料の大部分は土砂だ。
 その繋ぎとして魔物と人間を練り込み、呪的に強化された城壁はいかなる大魔術をも跳ね返すだろう。
 しかし、子飼の精鋭を磨り潰し、何の戦略的な価値もない場に作る意味はない。
 それどころか人間の国を征服するのに、絶対的に数が足りなくなってしまった。
 これでは占領地に張り付ける防衛用の戦力を根こそぎ集めても足りず、魔王軍の戦略はどうしようもないレベルで崩壊する。

「どうしてだ!?」

 人類を滅ぼし、魔物達に肥沃な大地を与える。
 その夢を一緒に見ていると思っていた。

「理由を話せば納得するのかい?」

「……貴様っ」

 だが、ペネペローペの怒りを取り合おうとはせず、魔王はへらへらと笑う。

「大体、ペネやんは一つ勘違いしている」

 ゆらり、と玉座の後ろから人影が立ち上る。
 それは陽炎のように希薄で、たが目にしてしまえば吸い込まれてしまいかねない闇だった。
 『鋼の』アスモフである。
 冷え冷えとした怨念を垂れ流す黒い甲冑は、地獄に生者を引きづりこもうとする死神めいた不気味さを放っており、ペネペローペはそのあまりの空気に一歩下がった。
 そして、その直感が彼を救う。

「魔王ってのは世界を蝕む猛毒そのものだ」

 喉元に感じる風は、刃の鋭さ。
 アスモフの抜き打ちは、その身が腐り果てたアンデッドのものとは思えず、ペネペローペは背負っていた戦斧を抜く事を諦めた。
 降り下ろされる剣は、刀身自体が波のように揺れ、斬りやすそうな形状はしておらず、何とも頼り無さげに見える。
 だが、侮る事は出来るはずもなかった。
 『鋼の』アスモフが持つは、『天下に上無し』天下五剣の二『七枝しちし剣』。
 一度、振られれば、その斬撃は七本に分かれ、相手を襲う。
 避けたはずの斬撃が、ペネペローペの腕や頬を浅く切り裂き、血を流させる。

「毒が殺す相手を選ぶはずないだろう? 魔物だって滅ぼすさ」

「魔王、貴様ァ!」

 そんなことを気にする余裕はない。
 唐突に生まれた喪失感を埋めるように、ペネペローペは前に出た。
 灰色熊の太い首をへし折る豪腕の一閃は、アスモフの鉄兜を揺らし、その身を地面に叩き付ける。
 痛みを感じぬアンデッドとはいえ、物理法則を無視出来るわけではないのだ。

「やっぱペネやんはこうなるか。 わかっちゃいたけどよ」

 頭をかきながら、魔王はぼやく。
 戦斧を抜いたペネペローペが近付いて来ているにも関わらず、だ。
 軍馬の一斉突撃のような地響きを一人で生み出すペネペローペは、いかなる歴戦の猛者であろうと背筋に冷たい物を感じずにはいられまい。
 しかし、絶対強者である魔王が恐れるほどでもなかった。
 ぶちりと髪を一本抜き、ふっと息を吹き掛ければ次の瞬間には一本の棒が魔王の手の中に。
 悲痛な咆哮と共に放たれたペネペローペの一撃は、巨大なサイクロプスすら両断するだろう。

「ごめんな、ペネやん」

 不思議と透き通った声が聞こえた、とペネペローペが思った時には斬撃が滑る。
 鮮やかなまでに流され、ペネペローペの背に冷たい物が走った。

「俺様、ちょっとばかし強くなっちまったぜ」

 その言葉を聞くことなく二打目を放つが、身をかがめ、あっさりと避けられる。
 三打目、ひらり。 四打目、ひらり。
 打撃をどれだけ重ねようと、ひらりひらりと舞い遊ぶ蝶のように魔王は避け続ける。
 攻撃力でも、防御力でも、魔力でも勝てない。
 だが、だからといって技で負けているはずがなかった。

「返すぜ」

 くるりと、小さく独楽のように回った魔王が、突きを放つ。
 両手でしっかりと棒を構え、腰を落としただけの基本通りの突きだ。
 構えに隙はなく、初心者のお手本となりえるような、綺麗な構えだった。

「そんな……」

 魔王がペネペローペに技を習って、どれくらい経っただろうか。
 これが十年後ならまだ理解力出来るが、現実は半年も経っていない。
 そんな初心者の突きが、振り下ろしている最中の戦斧の柄を的確に居抜き、きっちりと貫くなどとは。
 斧が石畳の上に、重い音を立てながら落ちた。
 ペネペローペという存在では、魔王を倒せない。
 それは生物としての絶対的な壁だ。
 だが、部下を殺された怒りを籠めて、せめて一太刀と思い、技量で優れているはずのペネペローペなら、一太刀どころか十や二十は叩き込めるはずであった。

「やっぱペネやんじゃ届かねえな」

 無力だ。
 ペネペローペのこれまでの武は、魔王の数ヶ月にも及ばない。
 それだけ深い武を魔王は得ており、自分が魔王に一太刀も与えられないという事を理解する程度には、ペネペローペもまた強かった。

「何故だ……」

「何故って言われてもな。 そういう存在なんだよ、俺様」

 魔王はペネペローペに手をかざし、静かに言う。

「じゃあな、ペネやん。 同じところから来たとか関係なく、俺様はペネやん好きだったぜ?」 

 その言葉を聞いて、ペネペローペは気付いた。
 この喪失感は裏切られた、と思ったから。
 利用してやるだけのはずが、いつの間にか友情に似た何かを魔王に抱いていたのだ。
 魔王の放つ白い光に包まれながら、ペネペローペはそんな事を考えていた。



「よろしいので?」

「ペネやんだって、可能性がないわけじゃねえ」

「では、そういうことにしておきましょうか」

 ザリニ=ガは静かに言った。
 その事が無性に腹立たしく思う。

「最後に残ったのが、泥啜りと死に損ないとはなあ。 俺様も落ちぶれたもんだせ」

「そこは望みが叶うと、喜ぶべき所でしょう」

「カカカ、なかなかそうは思えねえもんだな」

 左にザリガニそのものである『水の』ザリニ=ガ、右に怨念を撒き散らす『鋼の』アスモフ。
 ペネペローペを見出だした謁見の時に比べれば、随分と数も減った。

「だけど、俺様がいるから魔王軍だ」

 一騎当千などという言葉は生ぬるい。
 魔王という存在は、十万の兵よりも強大だ。
 ならば、雑兵など不要である。

「来いよ、雑魚ども。 俺様が油断も慢心もなく出迎えてやる」

 その日はきっと遠くなく、それを思えば魔王の魂は歓びに震えるのだった。
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