剣戟rock'n'roll

久保田

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二十五話 恋焦がれるように 中下

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 真円が、崩れた。
 綺麗な円を描いていたソフィアさんの剣先が、途中で変化する。
 楕円を描くだけならまだマシで、S字を描いたと思えばいきなり跳ね上がり、二次元だった軌道が突然、三次元へと変化し、直線的な動きを見せ。
 余計な事を考えていれば、その隙に斬られるだろうけど、考えなければ次の瞬間には詰まされてしまいかねない詰め将棋のような変幻自在の剣筋に変貌した。
 一手ごとに聖剣を召喚し続けなければ、間違いなくすでに斬られていたと確信出来る瞬間が連続し、刀身と刀身がぶつかり合う火花が瞬く。
 投げ捨てたり、その辺りに捨てたり、邪魔扱いしたり、粗末な扱いばかりしていたけど、

「聖剣さん、いつもありがとうございます!」

「話している暇があるのか?」

「ありません!」

 文字通り息つく暇もありません!
 袴は足さばきを隠し、僕の思っていた間合いと実際の間合いにズレを作り出す。
 袖口はひらひらと舞い、手元を隠してしまう。
 そこからいつ暗器が飛び出すか、と思えば一定の集中を払う必要があって、微妙にタチが悪い。
 剣を振るのに和服は合理的なのかもしれない、と改めて思うと同時に、なんでまた異世界に和服があるんだろうと今更の疑問が浮かんだ。
 よく考えれば金髪碧眼の白人にしか見えないソフィアさんが、異世界で和服を着ているのはおかしい。
 おかしいけど、それがよく馴染んでいて、それ以上に剣が馴染んでいて疑問にもならなかった。
 貴族のご令嬢はソフィアさんといい、ルーといい、何かしらの戦闘力を持たなきゃいけない決まりでもあるんだろうか。

「私を前に考え事をするとは、随分とつれないじゃないか」

 ソフィアさんの額に汗が浮かびだし、僅かに髪が乱れて、それが何とも色っぽい。
 それに対する僕は、死にかけのロバとどっちが見苦しいかという有り様だ。

「見すぎたら、斬られるでしょう」

「鹿を逐う猟師は山を見ず、とな」

 ルーの魔術は確かに凄い。
 だけど、理解の内にある。
 それに比べて、ソフィアさんは全てが理解の外にあった。
 交わす剣戟の内に、その人がある。
 マゾーガならどこまでも真っ直ぐな人柄が感じられ、魔王の拳には幼さがあった。
 ソフィアさんの剣には不思議な深みがある。
 それは僕と大して歳も変わらない少女が、手に入れられるものなんだろうか。
 今更な話だとは思う。
 だけど、その今更な事が、今になってどうしようもなく気になった。

「全部終わったら」

 僕にとって、ソフィアさんは恐怖そのものだ。
 勇者様、勇者様とおだてられ、調子にのっていた僕を完膚なきまで、言い訳のしようもないくらいに叩きのめしてくれて、勇者の力が使えるようになったからと言って無敵になれるものじゃない、と体に叩きこんでくれたのはソフィアさんだ。
 プライドとか男の意地みたいなものは、全て彼女に破壊された。
 だけど今は、

「全部終わったら、一緒に酒でも飲みましょう」

 この人の事が知りたいと思った。

「悪くないな、それも」

 ソフィアさんの笑みが深まり、一際強烈な斬撃が放たれる。
 一拍遅れて、僕もカウンター気味に返し、僕達の間に火花が散った。
 鳴り響く鉄をぶつけ合う音が、辺りに反響する。
 その反動を生かし、打ち合わせたかのように僕達は飛び退いた。
 間合いは一足一刀の内、針の先ほどに気を抜けば三度は斬られるだろう間合い。
 正面に構えれば、剣先が触れ合うくらいでお互いに踏み出せば、いくらでも斬れるだろう。
 ソフィアさんは上段に構え、その一部の隙も見当たらない威風堂々とした姿を見ると、僕の弱い心がうずき出す。
 今から背を向けて悲鳴を上げながら逃げ出せば、きっとソフィアさんは追ってこない。
 ただそれをすれば、僕は二度とソフィアさんと向き合えないだろう。
 それはちょっとばかり嫌だと、自然に思えた。

「どういう心変わりだ?」

 慣れた下段の構えで迎える僕に、ソフィアさんが問いかけてくる。

「あれだけ私から逃げ回っていたお前が、どうして今は戦う?」

 どうしてだろう、と考えれば理由はいくらでもつけられる。
 ルーを守るため。
 このまま何もせずにいれば、入口で戦っている人達が危ない。
 それは間違ってはいない。 
 間違ってはいないけど、正しくもないのだろう。

「わかりません」

 口に出してしまえば、きっとこの鮮やかな気持ちは途端に色を失ってしまう。
 僕は答えなかった。

「……そうか」

 問答は終わり、ソフィアさんは少しだけ口端を上げ、次の瞬間には跡形もなく消え失せる。
 どこか緩んでいた空気が固着していく。
 気を強く持たなければ、この凝り固まった空気を吸いこむ事すら出来ない。
 そんな中、僕達はゆったりと動き出した。
 じり、じりとほんの僅かでもソフィアさんより有利な立ち位置を求めるために、左に回って行く。
 押し寄せていた剣気が、まるで引き絞られる弓のように収縮し、ぷつりと途切れる。
 圧力が消えて、つい飛び出してしまいそうになるのを必死に抑え込む代わりに、ソフィアさんを強く見返した。 
 茫洋とした目は、もう僕を見ていない。
 見ずとも見、見ても見ず。
 そんな風になっているソフィアさんに、僕は一手遅れた。
 かといって、氷に触れたら冷たいと思うくらいに、今すぐ飛び出せば斬られると確信出来る。
 待ってくれ、と一瞬思い、すぐに自分の驕りに気付いた。
 剣の頂に手をかけている名人と、落ちていた物を拾ったくらいの気安さで力を得た僕とでは、そもそも高さが違うんだ。
 実力は言うまでもなく、想いが違い、理念が違い、覚悟が違い、見ている物が違い、何もかもが違う。
 負けていい、とは思わないけれど、負けて当たり前だ。
 僕が負けても、ソフィアさんが魔王を斬ってくれるはずだし、僕の役目は彼女をここに辿り着かせた時点で終わっている。
 なら、勝ち負けを考える意味はない。
 前に出て、剣を振る。
 ただ、それだけでいい。
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