剣戟rock'n'roll

久保田

文字の大きさ
132 / 132

一話 下

しおりを挟む
「それはちょっと困るよ」

 盗みに入ったあっしに、あの人は静かにそう声をかけましてきやしてね。
 いや、老いたりとはいえあっしも子鼠のネロと呼ばれた盗人でさあ。
 盗人風情が何を調子にのってやがる、と思われるでしょうが犯さず、殺さず、貧しきからは盗らずを守ってきたんで。
 ……あっしが大した奴だって? へへ、ありがとうございやす。 こいつはちょっと照れやすね。
 おとと、もったいねえ。
 男としてはかみさんやら色々こぼしてきやしたが、酒だけはこぼすわけにゃいきませんや。
 おっと、勇者様の話でやしたね。
 犯さず、殺さず、貧しきからは盗らずの盗人の三禁ですが、最近はめっきりこいつを守る昔ながらの連中も少なくなりやした。
 馬鹿みたいに刃物振り回して、殺しちまえば後腐れはないですからね。
 ついでに役得もあるとくりゃあ、若いモンはそっちを選びますわな。
 でもね、お天道様にゃ顔向け出来ないあっしらみたいな裏家業のもんが、真面目にお勤めしてる方々に泥つけるのは、許される事じゃないでしょうよ。
 ……なんでまた勇者様の家に入ったのかですって?
 勇者様といえば大層なお方じゃないですか。
 三年前、魔王を討って世の中に平和をもたらした上、その後も王都の畜生働きをする糞どもを次々と火炙りにする働きっぷりは頭が下がるってもんです。
 あっしのように生まれてこの方、裏街道しか歩けないような日陰者にはまぶし過ぎるんでさあ。
 だから、ちょいとばかり悪戯をしてみたくなりましてね。
 ここから聞くも涙、語るも涙の仕込みの日々があったんですが……え、聞きたいんですかい?
 いやいや、あっしもこれでおまんま食ってますから。
 おとと、あぶねえあぶねえ、こぼす所だった。
 ……そんなに聞きたいんですかい?
 あっしはそんな大した事は出来やしませんぜ。
 屋敷の使用人連中と仲良くなってですね、まぁ屋敷の間取りやら警備やら聞き出しますわな。
 勇者様はリヴィングストンの家に婿入りしたそうですが、まぁどんなにでかい家でも口の軽い奴はいるもんです。
 ……金でも渡すのかって? そいつはちょいと悪い手でさあ。
 金を渡して警備の話を聞こうとする奴なんぞ、怪しすぎじゃねえですか。
 時間をかけてゆっくりと、自然に話を聞くのが大事なんですわ。
 一年ばかりかけて、じっくりと調べる根気ってのが必要なんですな。
 あとはまあ塀を乗り越えて、忍び込む度胸がありゃあ盗人は勤まりますわ。
 それが出来る若いモンがおらんのですが、どうですかい? 盗人になってみるのは。
 ……うーん、もったいねえなあ。 絶対、いい盗人になれると思うんですがねえ。
 おっと。 とにかくあっしがね、子鼠なんて呼ばれてるのは、それだけ調べるのを大事にしてるからなんですよ。
 あらかじめ調べるだけ調べて、鼠みてえにどこにでもするすると入っちまうわけです。
 実はね、大きな声じゃ言えませんが若い頃にはお城にも入った事がありやしてね。
 王様の寝顔見てきやしたが、よく考えればいい年したジジイの顔見た所で何が楽しいって話でしたわ。
 しょうがねえから、王様の便所でションベンして帰ってきましたわ。
 それだけにあっし、自分の腕にはちょいとばかり自信を持ってたんで。
 だからね、屋敷に入ってどのくらいかなあ。
 まぁ半刻もしてやしませんでしたね。
 何か盗んだらすぐに気付いてもらえるもんを探してた時で……勇者様の所に盗みに入ったのは、金のためじゃないですからね。
 なんぞ大事にしてるモンを盗って、何日かしたら返しに行こうと思ってやした。
 ここだけの話ね、あん時は生きるのに疲れてたんでさあ。
 あっしの弟子、まぁ盗人にも師匠がいりゃ弟子もいるんですわ。
 その弟子が馬鹿な喧嘩をして馬鹿な死に方をしまして、ほとほと生きるのに疲れたんで。
 ああ、このあっしの技もこれでおしまいか。
 こうなったら勇者様のお手を煩わす事になりますが、魔王を斬ったその剣の冴えをあっしの身体に教えてくれないもんかと思いましてね。
 魔王なんて大層なモンと、ケチな盗人のあっしが同じ所に立てるんだから、そん時は面白く思ったんで。 
 おとと、ありがとうございやす。
 しかし、酒の注ぎ方が下手ですな。
 これじゃあ嫁の貰い手が……いざという時は盗人にでもなるかって?
 ジジイの冗談を真に受けてどうするんですかい、あんたいい所の……こりゃたまげた。
 そりゃあっしの財布じゃないですかい。
 この家業長い事やってますが、財布盗られたのは初めてですな。
 こりゃ参った。 降参ですわな。
 あっしも財布返しますから、そいつを返してやもらえませんかね?
 ……へへへ、あっしもなかなか捨てたもんじゃないでしょう?
 昔、剣聖とか呼ばれる前のアラストール様からも擦った事がありましてね。
 いや、しかし、すげえのは勇者様ですわ。
 適当にを見繕ってよし、こいつにしようか、と銀細工の綺麗なブローチを頂こうと決めた時、

「それはちょっと困るよ」

 と、声かけられたんでさあ。
 いやもう、あっし口から肝が出そうなくらいにたまげましたわ!
 どうして気付いたんだ!なんて、逃げるよりもそればかりが気になりまして、つい口に出したんですけどね。

「なんとなく、かな。 それは妻の母親の形見だから、勘弁して欲しい」

 いやもう逃げようなんて気はまったく思いませんでした。
 魔王を倒しただけの事はありますわな。
 ただ立ってるだけで、もう逃げられないのがよくわかりました。
 なんというか、あっしがどう動こうが先を取られるのがわかっちまいましてね。
 これは参った、降参だ。
 気分はまな板の上の魚人ですわ。
 そこからがまた勇者様の勇者様たる所以なんでしょうね。
 泥棒と話した事はないから、ちょっと話さないか?というわけですよ。
 酒を一本持ってきて、あっしに酌までしてくれて……魔王にも勇者様は酌をした?
 ははは、こりゃ愉快だ!
 あっしも偉くなったもんですな!
 どうにもこうにもあっしは、勇者様に参っちまったんでさあ。
 腕前だけじゃなくて、人としての器ってやつですわな。
 そういや、これが勇者様から盗んだ財布でしてね。
 ……え、いやですねえ。
 盗人は惚れたからこそ、盗むんですわ。




 昨晩の事を、私は思い出していた。

「何とも面白いジジイだったな」

 品はないが、下品ではなかった。
 盗人の道も極めれば、人間に味が出るのか。
 私のように道至らぬ人間とは、出来が違うものだなあ。

「どうしてあんな泥棒を放っておくんですか! 衛兵に突き出しましょうよ、お嬢様!」

 未だ幼さの残る頬を赤く染め、爺がぷりぷりと怒り狂っている。
 なんとも未熟な私の従者に相応しい有り様ではないか。

「あれを捕まえた所で、すぐに脱け出してしまうさ」

 私から気付かれずに財布を抜き取るとは、どれだけの腕前やら。
 飲み屋で飲んでいる時とはいえ、一度抜かれたのだからと気を張っていたはずなのに、再び抜かれてしまった。
 まぁ抜き返したのだから、おあいこだがな。
 中身は私の方が少なく、多少申し訳のない事をした気がするが。

「ところでお嬢様、これからどちらへ向かうんですか?」

「そうだな」

 青い空に白い雲、地は広がり、私の前には遥か遠くへと続く道が伸びている。
 左右を見回してみれば、街の外に広がる小麦畑は金色に輝き、良民達が笑顔を浮かべ嬉しそうに働いている。

「話に出たのと何かの縁だ。 リョウジの所へ行こうか」

「ならマゾーガとも久しぶりに会えますね」

 兄と一緒にマゾーガは、リョウジの下で働いているらしいし、彼らと会うのは三年ぶりになるのか。

「ああ、楽しみだな」

 収穫の時を迎える良民達が今の私と同じ気持ちならば、これは何ともたまらない気分だろう。
 恋をしているかのように胸が高鳴り、宵闇の中で逢瀬を待つかのように甘い疼きが走る。
 話を聞いているだけで更に腕を上げたらしいリョウジと、再び出逢うと考えただけで、こんな有り様だ。

「本当に、楽しみだ」
しおりを挟む
感想 9

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(9件)

mahkalahke
2015.12.27 mahkalahke

「小説家になろう」で、2度読了いたしました。3度目を読もうとしたら、検索に当たらず、あんな素晴らしい作品がもう読めないのかと、悲しくなりました。
Googleでの検索を思いつき、ここまで来ました。
更なるご活躍を期待しています。

解除
m.kouno
2015.11.10 m.kouno

遅ればせながら、なろうサイトから追いかけてきました。あなたの描く良くも悪くも一途なキャラクターが大好きです。次も期待してます。モチロン、上げ直しも嬉しいですが

解除
いろは紅葉
2015.10.30 いろは紅葉
ネタバレ含む
解除

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。

ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。 子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。 ――彼女が現れるまでは。 二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。 それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。