呪われた少女の恋が報われるまで

ゆきち

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2話(ハンス視点)

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 俺の名前はハンス。姓はない。冒険者という職業についていることを除けば、ごく普通の成人男性だ。
 そんな俺は今、非常に喫緊の大問題を抱えている。
 それは、同じ部屋で、というかいつもいつの間にか俺のベッドに潜り込んでいるこの美少女、コンスタンツェについてだ。

 出会ったのは大体一年前くらい。依頼の関係でとある辺境の小さな村に立ち寄った時のこと。
 皆が協力しあって生活しているような寒村で、小柄な少女がたった一人で、大人がやるような作業をしていたのが目についた。身の丈に合わない道具をヨタヨタと使っているものだから危なっかしくて見ていられない。衣服も、他の村人も質素で着古したものだが、少女のものはそれに輪をかけてボロボロだった。言い方は悪いが、ボロ布を巻きつけただけにしか見えなかったくらいだ。
 そんな少女に、誰も声をかけないのだ。余所者の俺にだって最低限の会話をしてくれるのに、だ。完全に存在していないものとして扱っている。
 村長に尋ねると、存在を思い出すのも嫌そうに顔を顰めてポツポツと話してくれた。

 話を聞いた後、俺はすぐに少女のところに向かった。少女は大きなナタで薪を割っていた。ボロボロで今にも壊れそうで危ない。
 横からナタの持ち手を掴み、こんにちは、と声をかける。少女は驚いた顔で固まり俺を凝視したかと思えば、よろよろと数歩後退り躓いて尻餅をついた。ひどく怯えたように身を縮めて震えている。
 反応が過剰すぎる。突然声をかけて驚かせたらナタを落とすかもと思って掴んでしまったが、余計怖がらせてしまったかもしれない。
 ナタをそっと地面に置き、できるだけ少女に目線を合わせるためにその場にしゃがむ。

「初めまして。俺は冒険者のハンス。君の名前を教えてくれる?」
「……ぁ……ぅ…………」

 しばらく声を出していないのか、返ってきたのは微かな掠れ声だった。本人も喉を抑えて焦っている。早く答えないと何をされるか分からなくて怖い、とか考えてそうだ。

「急に話しかけてごめんな、焦らないで。薪割り大変そうだったから手伝おうと思っただけなんだ」

 少女に断ってから残っていた薪を割っていく。大きさなんかを確認すると、ポカンとしたまま小さく頷いてくれた。

 全部の薪を割り、備蓄倉庫に運ぶ。今日はそこで別れた。あんまりグイグイ行くと余計怖がられそうだ。手を振ると小さく振り返してくれたので、多少は警戒を解いてくれたのだろう。少し嬉しい。
 近くで見て良くわかったが、少女は隠す気もないくらい身体中あちこちに痣や傷があった。だから俺を見てあんなに怯えたのだろう。誰がどうしてやったのかは見当が付く。
 呪いだって? 村長は、ある日を境に少女の身体が全く成長しなくなったのだと言ったが、言ってしまえばそれだけだ。村人に何か害を与えたわけじゃない。ただ気味が悪いから、何をしても抵抗しないから、この状況になっているのだろう。反吐が出る。
 偽善だろうと、どうにかしたいと思ったなら行動する。ずっとそうやって生きてきた。だから今回もそうする。村長からも言質は取ってあるのだ。

 次の日もその次の日も、村に滞在している間は少女の手伝いをしながら色々と話をした。主に俺が喋っていたが、段々返事が返ってくるようになった。ちゃんと自分の名前も言えるようだ。
 数日そうしていたら、ふとした時に笑ってくれるようになった。まだ人間らしさは失っていないみたいだ。良かった。

 依頼が終わり出立する前夜、少女が寝泊まりしているという壊れかけた使われていない納屋の前に腰掛け、一緒に夕飯のパンをかじる。明日村を出ることを伝えると、少女の動きが止まる。膝の上にパンが落ちたことにも気付かず、朝焼け色の瞳で俺を凝視している。

「ど……して……?」
「ここでの依頼が終わったからね。ギルドに報告するのに帰らなきゃいけない」
「ま、また、きてくれる?」
「こっちに用事があれば……かな」
「それ、は……」

 そんな可能性は今後ほぼないと言ってもいいだろう。少女もこの村が辺境であるが故に殆ど訪れる人がいないことは知っているようだ。
 実質今生の別れであることを悟った少女の瞳に、みるみる涙が溜まっていく。まずい、意地悪しすぎた。

「だったら、一緒に来るかい?」
「……え? い、いいの?」
「君さえ良ければだけど」
「行く!」

 やや食い気味に返事が飛んでくる。元気が出たならいいことだ。パンを食べたら準備しよう、というとやっとパンを落としていたことに気付いたようで、少し恥ずかしそうに食べ始めた。

 次の日、夜が明けてすぐに村を出発した。村長と村人には昨日のうちに挨拶をしている。その方がこの子に気を遣わせないだろうと思ったのだ。
 そうして二人旅が始まったのだった。


 話は戻るが、その時の少女は今ではすっかり呪いも解けて肉体が本来の年齢相応のものになっている。呪いが解けたことは純粋に嬉しい。本人の笑顔も増えたし、過去の自分の選択が間違ってなかったのだと思える。
 しかし、しかしだ。ものすごく目に毒なのだ。何がって、コンスタンツェの身体が。
 出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んでいる、とてつもなく美しいスタイルなのだ。
 それが薄いネグリジェ一枚に包まれて俺のすぐ横にいる。拷問か?
 これまで本当に小さい子供と思って接していたから、急な変化に正直気持ちがついて行けていない。俺が笑っていないととても不安がるから表面上はなんとかいつも通りに過ごしているが、理性がいつまで待つか分からない。
 見た目が成人した途端に劣情を抱くなんて、自分が気持ち悪いし許せない。純粋に慕ってくれているであろう彼女に本心を知られたら、流石に軽蔑されるだろう。それは耐えられない。
 俺のベッドに忍び込んでくるのも、過剰に思えるスキンシップも、全部あの酒場の女が余計なことを吹き込んだせいだ。コンスタンツェが本当に意味をわかってやっているとは思えない。

 本当にどうしたらいいだろうか。今はまだ薬で欲を抑えられているが、本来は常用するものでもないし、使ったら使っただけ反動が来るから気をつけろと言われている。そうなった時、確実にコンスタンツェを傷つけてしまうだろう。それだけは何がなんでも避けないと……。


 そして拠点の村に帰って数日後、限界を迎えた俺は物理的に距離を置くために、緊急家出に踏み切ったのだった。



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