2 / 5
2話(ハンス視点)
しおりを挟む
俺の名前はハンス。姓はない。冒険者という職業についていることを除けば、ごく普通の成人男性だ。
そんな俺は今、非常に喫緊の大問題を抱えている。
それは、同じ部屋で、というかいつもいつの間にか俺のベッドに潜り込んでいるこの美少女、コンスタンツェについてだ。
出会ったのは大体一年前くらい。依頼の関係でとある辺境の小さな村に立ち寄った時のこと。
皆が協力しあって生活しているような寒村で、小柄な少女がたった一人で、大人がやるような作業をしていたのが目についた。身の丈に合わない道具をヨタヨタと使っているものだから危なっかしくて見ていられない。衣服も、他の村人も質素で着古したものだが、少女のものはそれに輪をかけてボロボロだった。言い方は悪いが、ボロ布を巻きつけただけにしか見えなかったくらいだ。
そんな少女に、誰も声をかけないのだ。余所者の俺にだって最低限の会話をしてくれるのに、だ。完全に存在していないものとして扱っている。
村長に尋ねると、存在を思い出すのも嫌そうに顔を顰めてポツポツと話してくれた。
話を聞いた後、俺はすぐに少女のところに向かった。少女は大きなナタで薪を割っていた。ボロボロで今にも壊れそうで危ない。
横からナタの持ち手を掴み、こんにちは、と声をかける。少女は驚いた顔で固まり俺を凝視したかと思えば、よろよろと数歩後退り躓いて尻餅をついた。ひどく怯えたように身を縮めて震えている。
反応が過剰すぎる。突然声をかけて驚かせたらナタを落とすかもと思って掴んでしまったが、余計怖がらせてしまったかもしれない。
ナタをそっと地面に置き、できるだけ少女に目線を合わせるためにその場にしゃがむ。
「初めまして。俺は冒険者のハンス。君の名前を教えてくれる?」
「……ぁ……ぅ…………」
しばらく声を出していないのか、返ってきたのは微かな掠れ声だった。本人も喉を抑えて焦っている。早く答えないと何をされるか分からなくて怖い、とか考えてそうだ。
「急に話しかけてごめんな、焦らないで。薪割り大変そうだったから手伝おうと思っただけなんだ」
少女に断ってから残っていた薪を割っていく。大きさなんかを確認すると、ポカンとしたまま小さく頷いてくれた。
全部の薪を割り、備蓄倉庫に運ぶ。今日はそこで別れた。あんまりグイグイ行くと余計怖がられそうだ。手を振ると小さく振り返してくれたので、多少は警戒を解いてくれたのだろう。少し嬉しい。
近くで見て良くわかったが、少女は隠す気もないくらい身体中あちこちに痣や傷があった。だから俺を見てあんなに怯えたのだろう。誰がどうしてやったのかは見当が付く。
呪いだって? 村長は、ある日を境に少女の身体が全く成長しなくなったのだと言ったが、言ってしまえばそれだけだ。村人に何か害を与えたわけじゃない。ただ気味が悪いから、何をしても抵抗しないから、この状況になっているのだろう。反吐が出る。
偽善だろうと、どうにかしたいと思ったなら行動する。ずっとそうやって生きてきた。だから今回もそうする。村長からも言質は取ってあるのだ。
次の日もその次の日も、村に滞在している間は少女の手伝いをしながら色々と話をした。主に俺が喋っていたが、段々返事が返ってくるようになった。ちゃんと自分の名前も言えるようだ。
数日そうしていたら、ふとした時に笑ってくれるようになった。まだ人間らしさは失っていないみたいだ。良かった。
依頼が終わり出立する前夜、少女が寝泊まりしているという壊れかけた使われていない納屋の前に腰掛け、一緒に夕飯のパンをかじる。明日村を出ることを伝えると、少女の動きが止まる。膝の上にパンが落ちたことにも気付かず、朝焼け色の瞳で俺を凝視している。
「ど……して……?」
「ここでの依頼が終わったからね。ギルドに報告するのに帰らなきゃいけない」
「ま、また、きてくれる?」
「こっちに用事があれば……かな」
「それ、は……」
そんな可能性は今後ほぼないと言ってもいいだろう。少女もこの村が辺境であるが故に殆ど訪れる人がいないことは知っているようだ。
実質今生の別れであることを悟った少女の瞳に、みるみる涙が溜まっていく。まずい、意地悪しすぎた。
「だったら、一緒に来るかい?」
「……え? い、いいの?」
「君さえ良ければだけど」
「行く!」
やや食い気味に返事が飛んでくる。元気が出たならいいことだ。パンを食べたら準備しよう、というとやっとパンを落としていたことに気付いたようで、少し恥ずかしそうに食べ始めた。
次の日、夜が明けてすぐに村を出発した。村長と村人には昨日のうちに挨拶をしている。その方がこの子に気を遣わせないだろうと思ったのだ。
そうして二人旅が始まったのだった。
話は戻るが、その時の少女は今ではすっかり呪いも解けて肉体が本来の年齢相応のものになっている。呪いが解けたことは純粋に嬉しい。本人の笑顔も増えたし、過去の自分の選択が間違ってなかったのだと思える。
しかし、しかしだ。ものすごく目に毒なのだ。何がって、コンスタンツェの身体が。
出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んでいる、とてつもなく美しいスタイルなのだ。
それが薄いネグリジェ一枚に包まれて俺のすぐ横にいる。拷問か?
これまで本当に小さい子供と思って接していたから、急な変化に正直気持ちがついて行けていない。俺が笑っていないととても不安がるから表面上はなんとかいつも通りに過ごしているが、理性がいつまで待つか分からない。
見た目が成人した途端に劣情を抱くなんて、自分が気持ち悪いし許せない。純粋に慕ってくれているであろう彼女に本心を知られたら、流石に軽蔑されるだろう。それは耐えられない。
俺のベッドに忍び込んでくるのも、過剰に思えるスキンシップも、全部あの酒場の女が余計なことを吹き込んだせいだ。コンスタンツェが本当に意味をわかってやっているとは思えない。
本当にどうしたらいいだろうか。今はまだ薬で欲を抑えられているが、本来は常用するものでもないし、使ったら使っただけ反動が来るから気をつけろと言われている。そうなった時、確実にコンスタンツェを傷つけてしまうだろう。それだけは何がなんでも避けないと……。
そして拠点の村に帰って数日後、限界を迎えた俺は物理的に距離を置くために、緊急家出に踏み切ったのだった。
そんな俺は今、非常に喫緊の大問題を抱えている。
それは、同じ部屋で、というかいつもいつの間にか俺のベッドに潜り込んでいるこの美少女、コンスタンツェについてだ。
出会ったのは大体一年前くらい。依頼の関係でとある辺境の小さな村に立ち寄った時のこと。
皆が協力しあって生活しているような寒村で、小柄な少女がたった一人で、大人がやるような作業をしていたのが目についた。身の丈に合わない道具をヨタヨタと使っているものだから危なっかしくて見ていられない。衣服も、他の村人も質素で着古したものだが、少女のものはそれに輪をかけてボロボロだった。言い方は悪いが、ボロ布を巻きつけただけにしか見えなかったくらいだ。
そんな少女に、誰も声をかけないのだ。余所者の俺にだって最低限の会話をしてくれるのに、だ。完全に存在していないものとして扱っている。
村長に尋ねると、存在を思い出すのも嫌そうに顔を顰めてポツポツと話してくれた。
話を聞いた後、俺はすぐに少女のところに向かった。少女は大きなナタで薪を割っていた。ボロボロで今にも壊れそうで危ない。
横からナタの持ち手を掴み、こんにちは、と声をかける。少女は驚いた顔で固まり俺を凝視したかと思えば、よろよろと数歩後退り躓いて尻餅をついた。ひどく怯えたように身を縮めて震えている。
反応が過剰すぎる。突然声をかけて驚かせたらナタを落とすかもと思って掴んでしまったが、余計怖がらせてしまったかもしれない。
ナタをそっと地面に置き、できるだけ少女に目線を合わせるためにその場にしゃがむ。
「初めまして。俺は冒険者のハンス。君の名前を教えてくれる?」
「……ぁ……ぅ…………」
しばらく声を出していないのか、返ってきたのは微かな掠れ声だった。本人も喉を抑えて焦っている。早く答えないと何をされるか分からなくて怖い、とか考えてそうだ。
「急に話しかけてごめんな、焦らないで。薪割り大変そうだったから手伝おうと思っただけなんだ」
少女に断ってから残っていた薪を割っていく。大きさなんかを確認すると、ポカンとしたまま小さく頷いてくれた。
全部の薪を割り、備蓄倉庫に運ぶ。今日はそこで別れた。あんまりグイグイ行くと余計怖がられそうだ。手を振ると小さく振り返してくれたので、多少は警戒を解いてくれたのだろう。少し嬉しい。
近くで見て良くわかったが、少女は隠す気もないくらい身体中あちこちに痣や傷があった。だから俺を見てあんなに怯えたのだろう。誰がどうしてやったのかは見当が付く。
呪いだって? 村長は、ある日を境に少女の身体が全く成長しなくなったのだと言ったが、言ってしまえばそれだけだ。村人に何か害を与えたわけじゃない。ただ気味が悪いから、何をしても抵抗しないから、この状況になっているのだろう。反吐が出る。
偽善だろうと、どうにかしたいと思ったなら行動する。ずっとそうやって生きてきた。だから今回もそうする。村長からも言質は取ってあるのだ。
次の日もその次の日も、村に滞在している間は少女の手伝いをしながら色々と話をした。主に俺が喋っていたが、段々返事が返ってくるようになった。ちゃんと自分の名前も言えるようだ。
数日そうしていたら、ふとした時に笑ってくれるようになった。まだ人間らしさは失っていないみたいだ。良かった。
依頼が終わり出立する前夜、少女が寝泊まりしているという壊れかけた使われていない納屋の前に腰掛け、一緒に夕飯のパンをかじる。明日村を出ることを伝えると、少女の動きが止まる。膝の上にパンが落ちたことにも気付かず、朝焼け色の瞳で俺を凝視している。
「ど……して……?」
「ここでの依頼が終わったからね。ギルドに報告するのに帰らなきゃいけない」
「ま、また、きてくれる?」
「こっちに用事があれば……かな」
「それ、は……」
そんな可能性は今後ほぼないと言ってもいいだろう。少女もこの村が辺境であるが故に殆ど訪れる人がいないことは知っているようだ。
実質今生の別れであることを悟った少女の瞳に、みるみる涙が溜まっていく。まずい、意地悪しすぎた。
「だったら、一緒に来るかい?」
「……え? い、いいの?」
「君さえ良ければだけど」
「行く!」
やや食い気味に返事が飛んでくる。元気が出たならいいことだ。パンを食べたら準備しよう、というとやっとパンを落としていたことに気付いたようで、少し恥ずかしそうに食べ始めた。
次の日、夜が明けてすぐに村を出発した。村長と村人には昨日のうちに挨拶をしている。その方がこの子に気を遣わせないだろうと思ったのだ。
そうして二人旅が始まったのだった。
話は戻るが、その時の少女は今ではすっかり呪いも解けて肉体が本来の年齢相応のものになっている。呪いが解けたことは純粋に嬉しい。本人の笑顔も増えたし、過去の自分の選択が間違ってなかったのだと思える。
しかし、しかしだ。ものすごく目に毒なのだ。何がって、コンスタンツェの身体が。
出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んでいる、とてつもなく美しいスタイルなのだ。
それが薄いネグリジェ一枚に包まれて俺のすぐ横にいる。拷問か?
これまで本当に小さい子供と思って接していたから、急な変化に正直気持ちがついて行けていない。俺が笑っていないととても不安がるから表面上はなんとかいつも通りに過ごしているが、理性がいつまで待つか分からない。
見た目が成人した途端に劣情を抱くなんて、自分が気持ち悪いし許せない。純粋に慕ってくれているであろう彼女に本心を知られたら、流石に軽蔑されるだろう。それは耐えられない。
俺のベッドに忍び込んでくるのも、過剰に思えるスキンシップも、全部あの酒場の女が余計なことを吹き込んだせいだ。コンスタンツェが本当に意味をわかってやっているとは思えない。
本当にどうしたらいいだろうか。今はまだ薬で欲を抑えられているが、本来は常用するものでもないし、使ったら使っただけ反動が来るから気をつけろと言われている。そうなった時、確実にコンスタンツェを傷つけてしまうだろう。それだけは何がなんでも避けないと……。
そして拠点の村に帰って数日後、限界を迎えた俺は物理的に距離を置くために、緊急家出に踏み切ったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
真面目な王子様と私の話
谷絵 ちぐり
恋愛
婚約者として王子と顔合わせをした時に自分が小説の世界に転生したと気づいたエレーナ。
小説の中での自分の役どころは、婚約解消されてしまう台詞がたった一言の令嬢だった。
真面目で堅物と評される王子に小説通り婚約解消されることを信じて可もなく不可もなくな関係をエレーナは築こうとするが…。
※Rシーンはあっさりです。
※別サイトにも掲載しています。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
【完結】初恋の彼に 身代わりの妻に選ばれました
ユユ
恋愛
婚姻4年。夫が他界した。
夫は婚約前から病弱だった。
王妃様は、愛する息子である第三王子の婚約者に
私を指名した。
本当は私にはお慕いする人がいた。
だけど平凡な子爵家の令嬢の私にとって
彼は高嶺の花。
しかも王家からの打診を断る自由などなかった。
実家に戻ると、高嶺の花の彼の妻にと縁談が…。
* 作り話です。
* 完結保証つき。
* R18
離婚を望む悪女は、冷酷夫の執愛から逃げられない
柴田はつみ
恋愛
目が覚めた瞬間、そこは自分が読み終えたばかりの恋愛小説の世界だった——しかも転生したのは、後に夫カルロスに殺される悪女・アイリス。
バッドエンドを避けるため、アイリスは結婚早々に離婚を申し出る。だが、冷たく突き放すカルロスの真意は読めず、街では彼と寄り添う美貌の令嬢カミラの姿が頻繁に目撃され、噂は瞬く間に広まる。
カミラは男心を弄ぶ意地悪な女。わざと二人の関係を深い仲であるかのように吹聴し、アイリスの心をかき乱す。
そんな中、幼馴染クリスが現れ、アイリスを庇い続ける。だがその優しさは、カルロスの嫉妬と誤解を一層深めていき……。
愛しているのに素直になれない夫と、彼を信じられない妻。三角関係が燃え上がる中、アイリスは自分の運命を書き換えるため、最後の選択を迫られる。
顔も知らない旦那様に間違えて手紙を送ったら、溺愛が返ってきました
ラム猫
恋愛
セシリアは、政略結婚でアシュレイ・ハンベルク侯爵に嫁いで三年になる。しかし夫であるアシュレイは稀代の軍略家として戦争で前線に立ち続けており、二人は一度も顔を合わせたことがなかった。セシリアは孤独な日々を送り、周囲からは「忘れられた花嫁」として扱われていた。
ある日、セシリアは親友宛てに夫への不満と愚痴を書き連ねた手紙を、誤ってアシュレイ侯爵本人宛てで送ってしまう。とんでもない過ちを犯したと震えるセシリアの元へ、数週間後、夫から返信が届いた。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
※全部で四話になります。
【10話完結】 忘れ薬 〜忘れた筈のあの人は全身全霊をかけて私を取り戻しにきた〜
紬あおい
恋愛
愛する人のことを忘れられる薬。
絶望の中、それを口にしたセナ。
セナが目が覚めた時、愛する皇太子テオベルトのことだけを忘れていた。
記憶は失っても、心はあなたを忘れない、離したくない。
そして、あなたも私を求めていた。
女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る
小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」
政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。
9年前の約束を叶えるために……。
豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。
「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。
本作は小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる