ゆきち創作短編集

ゆきち

文字の大きさ
9 / 11

人魚姫

しおりを挟む
 ある日、日光浴をしようと、セイレーンのエイシアちゃんは海から顔を出しました。
 ぷかぷかと浮いていると、遠くに大きな船があることに気が付きました。

「船とか、久しぶりに見た」

 エイシアちゃんは、船に近づいてみることにしました。
 甲板の隙間から、こっそり様子を窺うと、船の中はパーティーをしていました。にぎやかな音楽の中、きれいに着飾った人たちが踊ったり、おしゃべりしたり。

 しばらく目の前の光景を眺めていたエイシアちゃん。
 ふと、1人の青年が甲板に近づいてきました。
 エイシアちゃんは慌てて海に戻り、甲板を見上げました。そこにいた青年は、他の人とはなんだか雰囲気が違いました。なんとその人は、このパーティーの主役である王子だったのです。

(なんてすてきな人だろう)

 エイシアちゃんは王子に一目ぼれしてしまいました。
 王子を自分のものにしたいと思ったエイシアちゃんは、海の中で作戦を立てることにしました。

 さて、夜になって、エイシアちゃんは再び船の近くに顔を出しました。そして、すぐさま得意のお唄を唄い始めました。
 すると、海の様子が変わってきました。雲がたくさん出てきて雷が鳴り、波が高くなりだしたのです。
 嵐はどんどん強くなり、とうとう船は横倒しになってしまいました。船に乗っていた人たちは海に投げ出されてしまいました。
 けれど、エイシアちゃんにとってはそんなこと、知ったことではないのです。

 エイシアちゃんは、海に沈んでいく人たちの中からお目当ての人を探し出し、浜辺に運びました。 

「しっかりして!私の王子様!」

 王子はなかなか目を覚ましません。なんとか目覚めさせようとがんばっていると、いつの間にか朝になっていました。
 その時、こちらに近づいてくる若い娘がいました。驚いたエイシアちゃんは、近くの岩に身を隠しました。
 娘は、王子を見てびっくり。慌てて人を呼びました。
 その声のおかげなのか、王子はちょうど目を覚ましました。

 エイシアちゃんは、しまった!と思いました。案の定、王子はその娘を命の恩人だと勘違いしてしまったのです。

「作戦が台無しだわ!」

 エイシアちゃんはしょんぼりして海に戻りました。が、すぐにピンときました。

「そうだわ、直接お城に行けばいいのよ!」

 どうやら想い人はこの国の王子のようです。エイシアちゃんはすぐに準備を始めました。

 さっそく海の魔女のところに行ったエイシアちゃん。

「おばあちゃん、足生やすお薬ちょうだい!」
「あんたはいつも突然だねぇ」

 エイシアちゃんと魔女のおばあちゃんはとっても仲良しなのです。
 無事に薬をもらえたエイシアちゃんは、王子のいるお城に向かいました。

 エイシアちゃんは薬の副作用で口がきけません。しかし、王子はエイシアちゃんをひと目みて気に入り、妹のように可愛がりました。
 けれど、王子はエイシアちゃんをそれ以上の存在としてみてくれません。それどころか、命の恩人と思いこんでいる例の若い娘に心を奪われている様子です。

 なかなか思い通りにいかないエイシアちゃん。
 どうしたものかと考えているうちに、なんと、王子と娘は結婚式をあげることになってしまいました。
 これにはエイシアちゃんも大慌て。

(王子様を助けたのは本当は私なのよ!)

 そう叫びたかったけれど、悔しいことに、今のエイシアちゃんは声が出せないのです。

 どうすることもできないまま、王子と娘は船に乗り込み、結婚式の披露宴が開かれます。

(これじゃあ、人魚姫そのまんまだわ!)

 「人魚姫」の物語では、王子と結婚できなかった姫は、次の日の朝、海の泡になってしまうのです。
 けれどもエイシアちゃんはセイレーン。人魚姫とはちょっと違います。
 だってエイシアちゃんが欲しいのは"王子様"ではなく、"王子様の魂"なのですから。結婚できなくても泡にはなりません。

 エイシアちゃんは、厳密には"自分を好きになってくれた王子様の魂"が欲しいのです。
 でも、王子はあの娘に夢中。だからオプション無しの"王子様の魂"で我慢です。

 さて、得意のお唄が唄えないとなると、どうやって王子の魂を手に入れようかとエイシアちゃんは考えます。華やかな披露宴をよそに、船の手すりにもたれているばかりでした。

 そのとき、波の上にエイシアちゃんのお姉さんたちが姿を見せました。
 久しぶりに会うお姉さんたちにエイシアちゃんはびっくり。

「何やってるのよ。ほら、このナイフをあげるから、サクッと殺っちゃいなさい」
(さすがお姉様!ありがとう!)

 エイシアちゃんはお姉さんたちに手を振り、ナイフが見つからないように気をつけながら披露宴の人ごみの中に消えていきました。

 エイシアちゃんは、娘が王子から離れた瞬間を見計らい、王子のそばに行きました。
 そして、王子に口付けをしたのと同時に、心臓にナイフを突き刺しました。そのまま王子の魂を食べてしまったのです。

 一瞬のことでしたから、人々が王子が殺されたのに気が付いたのは、エイシアちゃんが王子から離れて船の手すりに寄りかかった時でした。
 船に乗ってる人たちはみんな大騒ぎ。娘はショックのあまり、気を失ってしまいました。

 成り行きを見つめる上機嫌なエイシアちゃん。しばらくすると、人々はエイシアちゃんを指差してなにやら叫んでいます。
 それもそのはず。エイシアちゃんはすでにもとの姿に戻っていたのです。
 騒ぎ立てる人々をよそに、エイシアちゃんはにこにこしています。そして、得意のお唄を唄い始めました。
 すぐに風が吹き始め、嵐は瞬く間に船を襲いました。

「じゃあね~、ばいばーい!」

 そしてエイシアちゃんはそのまま海に帰っていきました。
 船は激しい波風に煽られて転覆してしまいました。
 でも、乗っていた人たちの誰がどうなろうと、エイシアちゃんにはもう知ったことではないのでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

乳首当てゲーム

はこスミレ
恋愛
会社の同僚に、思わず口に出た「乳首当てゲームしたい」という独り言を聞かれた話。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...