魔女のまにまに

ゆきち

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 この世界には2種類の生物がいる。

 魔法が使えるか、使えないか。

 人種、種族、動植物の区別なく、例外はない。

 魔法が使える側は「魔種」と呼ばれ、畏怖または尊敬されている。

 人類種においては、魔種はさらに通常の魔種と「エリュの瞳」と呼ばれる赤い瞳を持つ魔種に区別される。
 エリュの瞳は血統や種族、身分に関係なく、ごく稀に出生する。これまで女児のみが確認されているが、出生条件は解明されておらず、突然変異とされている。
 通常よりもはるかに膨大な魔力をその身に有し、非常に強力な魔法を扱うことができるため、大昔には指導者の資質とまで言われていた。
 しかし一方、歴史上の魔法による甚大な被害の大半はエリュの瞳によるものであり、現代においては人々に「悪魔の瞳」と揶揄され嫌悪され、地域によっては迫害の対象となっている。



「……そのはずなんですが」
「何の話ですか?」

 どこの国にも属さない「霧の森」と呼ばれる樹海の中にポツンと佇む小さな家。
 ここに住むのは、エリュの瞳と真っ赤な髪を持つ魔女、ラウラ・アルハルト。
 他人との関わりが煩わしくて、静かに過ごすために樹海の中に引っ越してきたのだったが……。

「師匠が淹れてくれる紅茶は美味しいですねぇ」
「師匠ではありません」
「どこの茶葉ですか?」
「市販の安いティーパックですよ」
「えっマジすか」

 当然のようにリビングでくつろぎ、許可した覚えもないのにラウラを師匠と呼ぶこの青年は、アルバート・ゲート。
 世界最高峰の魔法学院を有する帝国の、位の高い貴族家の出身で、その魔術学院を主席で卒業した将来有望な魔法剣士と聞いている。
 間違ってもこんな樹海の奥の、怪しげなエリュの瞳の家に入り浸るような人物ではないことは確かだ。

 突然家に押しかけてきて、弟子にして欲しいと土下座されたのは記憶に新しい。
 ラウラのどこが素晴らしいとか、どんな姿に感動したとか、つらつらと語られて目を白黒させているうちに、いつの間にか頻繁に通ってくることになり、勝手に師匠呼びになっていたのだった。

 正直ラウラは、自分に弟子を取るような能力があるとは思えなかった。帝国の魔法学院に在籍していたこともあったので彼の先輩であることは確かだが、言ってしまえばそれだけである。しかも中退しているため良いお手本ですらない。
 毎回師匠ではないと訂正していたのだが、彼の中ではすでに決定事項なのだろう。何を言われてもどこ吹く風。強く訂正するのも面倒になってきた今日この頃である。押し負けたとも言う。

「貴方は、この瞳が気持ち悪くないんですか?」
「えぇ? 気持ち悪いわけないでしょう。何度でも言いますけど、師匠の瞳ほど美しいものはありませんよ。どんな希少な宝石にも勝ります。いつまでも見ていたいです」
「帝国貴族は特に嫌ってると聞いていたんですけど……」
「実家からはとっくに籍を抜いたので、もう貴族じゃないから関係ないですね」
「!? それは初耳ですが?!」
「あれ、言ってませんでしたっけ?」

 気持ち悪くないと言われ少し嬉しい気もするが、明らかにお世辞なのは分かる。容姿が整っているだけに様になっているのが無性に腹が立つ。
 何を言っても飄々としていて突拍子もない。相手にするだけ無駄なのだ。
 本人が満足して帰ってくれるならそれでいいと、最近は考えていた。元、とはいえ貴族の血筋なのだから、機嫌を損ねたらどうなるかわからない。
 ラウラのような平民のエリュの瞳の話など、誰も信じないのだから。

 不意に、掛け時計の時間を告げる音が鳴り響く。

「さあ、そろそろお帰りください。明るく見えても、森の中は薄暗いですから」
「心配してくれるんですか? ありがとうございます! また明日来ますね!」
「…………」

 何故だか上機嫌な自称弟子を追い出し、ふう、と息を吐いた。



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