異世界犯罪対策課

河野守

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第二章 ストーカーは異世界人?

第五話

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異犯対が奇妙なストーカーの相談を受けた翌日、その早朝。明善は須賀川署の駐車場の端っこにいた。
「ふああ、眠い」
 明善は大きく欠伸し、目に溜まった涙を手で拭う。
 彼の目の前にはブルーシートが広げられ、その上には巻田がストーカーからもらったプレゼントがずらりと並んでいる。早朝から一体明善が何をしているのかというと、プレゼントが危険なものでないか、一つ一つ丹念に調べているところだ。
 異世界由来の品物というのは、非常に面倒である。一見小さなガラクタでも、特殊、または危険な魔法等が付与されていたりする。
 以前、生物学者を自称する異世界人がこちらの世界で不法に生物を捕縛していたことがあった。世界間の生物の輸出入は生態系に影響を及ぼしてしまうため、ご法度。明善達異犯対はその異世界人を捕まえ、彼が生物を格納していたとやらを押収した。そこまでは良かった。だが、異犯対の部屋で押収品を確認している時。落合が何気なく触っていたその箱を開けてしまったのだ。落合の触り方が偶然、箱の開錠方法だったのだ。虫や犬、猫、雀、鯉などさまざまな生物が一斉に箱から出てきて、署内はてんわやんわ。もちろん、それらの生物達は大事な証拠品。必ず捕まえなくてはいけない。署員達は署内を駆け回る生物達を必死に追いかけ回した。ネットで捕獲したり、チュールで物陰に隠れた犬や猫を誘き寄せたりした。そして、多大な苦労の末、一日掛けてようやく全てを捕まえることができたのである。大柳署長は「わざとじゃないし」と笑って許してくれたが、松本副署長は大激怒。大目玉を食い、異犯対の面子は反省文を書かされた。それ以降、異世界の品物は証拠品が紛失する恐れがある場合を除き、なるべく外で確認しろと言われた。
 なので、明善は外でプレゼントを検査している。早朝からやっているのは、気温が低いから。流石に炎天下ではやりたくない。
「なんで、検査役が俺だけなんだろ」
 明善は検査が終わった金色の首飾りをブルーシートに置き、そうぼやいた。やっと三分の一が終わったところであり、検査すべきプレゼントはまだまだ残っている。検査役は明善だけであり、これらを全て一人で検査しなくてはいけない。
 なぜ検査役が明善一人だけなのか。
 その理由は明善自身がよく知っている。理由は明快。明善だけが異能を打ち消すことができるからだ。危険な魔法が作動しても、明善なら消すことができる。だが、落合と愛美はそうはいかない。下手をすれば、死んでしまう。だから、明善しか検査役はできないのだ。現在は二人は他の課の応援で真面目に公務に励んでいる。決してサボっているわけではない。だが、たくさんのプレゼントを一人で検査しなくてはいけないので、ついぼやいてしまう。
「おはよう、暁」
 明善が振り向くと、サイバー犯罪対策課の相山が団扇で顔を仰ぎながら立っていた。彼の長い前髪は汗で額にくっついている。
「今なにをしてるの?」
「実はさ、昨日ストーカーの相談で女性が来てさ、どうもそのストーカーが異世界人らしいんだ。これらは送られてきたプレゼント。危険なものがあるかもしれないから、検査してる」
「大変そうだね。……ああ、そうだ。報告がある」
「報告?」
「ホルスの件。使われていたスマートフォンのこと」
 先日のホルスが企てた事件において、ホルスはこちらの世界のスマートフォンを購入して使用していた。使用していたと言っても、こちらの世界の住人に貸与し、代わりに使ってもらっていたのだが。そのスマートフォンはヤタガラス商会という謎の組織から購入したもの。通信キャリアとの契約には身分証明書が必要だが、ヤタガラス商会は偽造したものを使用し、不正に契約していた。
「あれか。何か進展あった?」
「少しだけ。ホルスの異世界人が使っていたスマートフォンとそのSIMカード、あれは元々は大手通信キャリアが販売していたものなんだ。ここからがちょっとややこしくてさ、そのキャリアと契約したのはヤタガラス商会じゃなかった」
「どゆこと?」
「キャリアと直接契約したのは、あるレンタル会社」
「レンタル会社?」
 相山は押収したスマートフォンとSIMカードについて、通信キャリアに問い合わせた結果、それらは元々は県内のとあるレンタル会社が契約したものだとわかった。そのレンタル会社は大量のスマートフォンとSIMカードを契約し、それらを個別の客にさらに貸すという商売をしていた。
「へー、SIMカードのレンタル会社が存在するんだ。それは知らなかった」
「まあ、今はスマートフォンは一人一台所有しているし、法人で大量に契約する際もキャリアと直接契約する場合が多い。レンタル会社の存在自体あまり知られていない。それでね、今回のレンタル会社はね、かなり悪質だった」
「悪質? どういうこと?」
「犯罪者相手に商売していたってこと」
 昨日、相山は捜査二課とともにそのレンタル会社に家宅捜索に入った。会社が保管している身分証明書のコピーを見たのだが、それらは偽造だった。中には同じ顔写真のものが何枚もあるなど、一眼でわかるお粗末なものもあった。
「そのレンタル会社は主に詐欺グループなどに貸し出していたんだ。通信キャリアには貸与した人物の身分証明書を提出しなくてはいけないんだけど、レンタル会社が偽造して渡していた」
「話が見えてきた。要はヤタガラス商会は足がつかないよう、その違法なレンタル会社からスマートフォンなどをレンタルしていた。そして、さらにそれを異世界人に渡していたのか」
「その通り」
「それでさ、ヤタガラス商会は追えそう?」
 相山は首を横に振る。
「残念ながら、それは難しい。そのレンタル会社は客との接触を極力避けていた。貸与していたSIMカードの管理もずさんで、誰にどれを貸したか、まったくわからない」
「身分証明書の顔写真は?」
「まったくの別人。レンタル会社がネットから適当に画像を拾ってた」
「自分の顔を使うわけないか。レンタル代の支払いからは追えないの? 口座とか?」
「それも無理。代金は現金一括払いで、口座やクレジットカードは使っていなかった。現金の指紋を照合したけど、警察のデータベースに該当なし。そもそも商会の人間の指紋があるかすらも怪しい。監視カメラの画像を解析しようとしたけれど、そのレンタル会社の事務所周辺にはまったく無かった」
 相山の話を聞いた明善は落胆。
「……そうか。あ、あれは? コミュ二ティのサイト」
 明善が言うサイトとは、我妻和奏が招待されたとある会員限定のWEBサイトだ。最初ホルスの住人は我妻にメールの誤送信を装って接触した後、そのサイトに招待し接点を持った。そのサイト上でのやりとりで関係を深めた後、自分達が異世界人であることを明かし、ホルスの世界に行くよう唆した。実際にやりとりをしたのは、異世界人が魔法で操っていた我妻の同級生であるのだが。
 ホルスの異世界人の証言では、どうやらそのサイトもヤタガラス商会が用意したらしい。
 その明善の疑問に、相山は両手でバツ印を作ってみせる。
「そのサイトもさ、海外のサーバーのウエブサイトで追うのが大変。時間はかなりかかるよ。それに例えサイト作成者、サーバーの契約者がわかっても、偽造や偽名を使っていると思う。馬鹿正直に自分達の情報は残さないでしょ、ヤタガラス商会っていうのは」
「それもそうだな。今までの行動を見ると……」
 相山の言う通り、ヤタガラス商会は自分達へつながる証拠は残さないだろう。そこら辺は徹底している組織のようだ。
「報告ありがとう。何か新しいことが判明したら教えて」
「できるところまではやってみるよ。それと今日も暑くなるから、無理しないように」
「わかってる」
「じゃあ、俺、サイバー犯罪対策の部屋に行くから」
「あいよ」
 相山と別れた明善は、プレゼントの検査を再開。
 ようやく半分の検査が終わったところで、市内にお昼を告げるチャイムが鳴る。
「昼飯にするか」
 広げていたプレゼントを一度署内に移動させた後、近所のコンビニへ。
 クーラーが効いた異犯対の部屋でザル蕎麦をするっていると、明善のスマートフォンに着信が入った。
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