異世界犯罪対策課

河野守

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第五章 異世界不法就労

第二話 天狗の仕業

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「転落死、か」
 明善はそう呟いた後、東洞に向き直る。
「どこか別の場所で死亡した後、ここに運ばれたという可能性は?」
 別の場所で突き落とした後、犯行現場を偽装するために、ここに遺体を移動させた。ありえないことはではない。
 明善の疑問に、東洞は頭を横に振る。
「その可能性は低い」
 そうきっぱり否定した東洞は、遺体の頭部を指差す。その頭部は赤く濡れており、地面にも大きな血溜まりの跡ができている。
「もし別の場所からここに移動させたなら、この血の量はありえない。地面に流れた血はもっと少ないはずだ」
「確かに言われてみれば」
「実際は検視しないとわからないが。ただ、別の場所で殺害された可能性は低いと考えてくれ」
 東洞の言う通り、出血の量から動かしたとは考えにくい。それに遺体を移動させるならここではなく、人目につかない場所を選ぶはず。わざわざ山頂に移動させるなど、手間のかかることはしないだろう。何か別の目的があるならともかく。
 遺体の死因がこの場所での転落死だとすると、何かしらの超常の力が働いている可能性がある。だから、東洞は明善をわざわざここに呼んだのだ。
「犯人の情報とかはありますか?」
「いや、今のところはなし。第一発見者は早朝にここら周囲の散歩を日課としている人間だが、その人も怪しい人物は見なかったそうだ。ここら辺は監視カメラなども皆無。それで情報収集のため、今から聞き込みに行くところだ。お前も手伝ってくれるか?」
「もちろん」
 明善が頷いたその時である。
 突如大きな声が聞こえてきた。
「天狗だ!」
 明善が振り向くと、茂みの中に一人の男性老人が立っていた。その老人は見た目からかなりの高齢であり、齢八十はとうに超えているだろう。老人は杖の先端を遺体に向ける。
「天狗だ。そいつは天狗に殺されたんだ!」
 東洞は慌てて老人に駆け寄る。
「おじいさん、ダメだよ勝手に入っちゃ!」
 東洞の注意を無視し、ひたすら天狗の仕業だと繰り返す。説得が無理だと感じた東洞は近くにいた制服警官達を呼び、半ば強制的に老人を締め出した。警官達に連れて行かれる間も、天狗天狗と連呼していた。
 東洞はその様子を呆れたような態度で見送る。
「山道の入り口は規制してたんだけどな。別の場所から入ってきたのか。それにしても天狗、ね。何を言っているんだ、あのじーさんは」
 一方の明善は口元に手を当て、天狗という言葉を頭の中で反芻する。
「天狗……」
「なんだ、暁? まさか真に受けたのか? 言葉は悪いけど、あのじーさんはボケてるぞ」
 東洞の言う通り、さきほどの老人は加齢により、脳の機能が大分低下しているようだ。だが、明善にはどうもただの妄言とは思えない。世界中には様々な伝承伝説が存在する。ドラゴン、巨人、人魚、カッパ。一昔前まではただの都市伝説や創作だと言われていたが、異世界との交流が深まるに連れ、それらは異世界から迷い込んだ生物だということがわかってきた。
 明善は事件の捜査を行う際、どんなに荒唐無稽な証言であっても基本的には信じる。こちらの世界の常識が全く通じないのが、異世界なのだ。もしかしたら先ほどの老人の言葉は、あながち間違っていないのかもしれない。を知っていたのではないか。追い返す前に、一度老人から話を聞いておくべきだったと明善は後悔。
 まあ、この村の住人のようだし、後で聞き込みすればいいか。
 東洞はブルーシートを遺体に被せた後、立ち上がる。
「これから被害者が経営していた工場に行くんだが、お前も来るか?」
「はい」
 今の情報だけは加害者は異世界人なのか、どの世界の住人で、どのような力を持っているわからない。今はとにかく情報が必要だ。
「それじゃ行くぞ」
 明善と東洞は山を降りて、工場に向かった。


 被害者の大河健太が経営していた工場は、彼の遺体があった場所から徒歩で二十分ほど離れた場所だった。かなり古びた工場であり、東洞の話だと五十年前から精密機械の部品を製造しているようだ。工場の一角が事務所を兼ねており、訪ねた明善達はそこに通された。事務所の窓から工場の様子を見ることができ、作業員達の忙しなく働いている姿が窺える。彼らは皆真面目に働いているが、社長の訃報をすでに聞いているのだろう、どこか暗い表情だった。
 明善が出されたお茶を飲みながら作業員を観察していると、事務所の扉が開き一人の男性が慌ただしい様子で入ってきた。
 作業着を着た眼鏡の男性は宮地と名乗った。この工場の副社長である。
「いやー、すいません。刑事さん達を待たせてしまって」
 申し訳なさそうに頭を下げる宮地に、東洞は「大丈夫です」と答える。
「こちらこそ、社長がお亡くなり大変だというのに時間を頂いて」
「刑事さん達も仕事ですし、仕方ないですよ。それに社長のため、事件解決のために喜んで協力しますよ」
「ありがとうございます。では早速ですが、大河社長は誰かに恨みを買っているとか、何かトラブルを抱えたりしていませんでしたか?」
 その東洞の問いに、宮地は即答。
「いいえ。大河社長はとても温厚な人でして、とてもトラブルなど」
「そうですか。では次の質問ですが、昨日の彼の予定などはご存知ないですかね?」
「昨日は日曜日でして。いくら社長といえども、休日の予定を会社は把握していません」
「わかりました」
 その後も東洞は宮地に質問を繰り返す。一通りの質問を終えたところで、今度は明善が挙手。
「宮地さん、自分からも質問よろしいでしょうか?」
「はい、なんでしょう?」
「御社は海外の方を多く雇っているのですか?」
 明善はそう言い、窓から見える工場内部に視線をやる。工場では日本人とは違う容姿の人間が多く働いていた。
「ええ、社長の方針でして。国際貢献の一つとして海外の方を雇い、技術などを教えているんですよ。彼らは大変働き者でして、我々も助かっています。何せこの田舎では、人が中々集まらないものですから」
「なるほど」
「あの、それが何か?」
「いえいえ、個人的な興味です。お気になさらず」
「はあ」
 宮地は不思議そうな表情を浮かべる。
 東洞がメモを取っていた手帳を、パンとわざとらしく大きな音を立てて閉じた。
「では、我々の質問は以上です。何かあったら、またご連絡しますのでご協力お願いします」
 そう言い残し、東洞と明善の二人は工場を出た。
 工場から少し離れたところで、東洞は明善に問いかける。
「なあ暁、さっきの質問なんだが」
「海外の人間が働いているというやつですね?」
「ああ。意図はなんだ?」
「ちょっと違和感があったんですよ。作業員の中に何名か、どうも引っかかる人間がいまして」
 明善は時間を見つけては異締連からの資料を読み込み、各世界の人間の人相などを覚えるようにしている。工場には中東系や北欧系など様々な人種がおり、特に東南アジア系が多く見られた。明善が疑問を持ったのが、その人種である。言葉に表すのが難しいが、数名の人相が気になった。なんというか、目鼻立ちが微妙に違うのだ。
 そのことを説明すると、東洞は「なるほどね」と納得したような表情。
「つまり、あの工場には異世界人が紛れ込んでいる可能性があるということだな」
「はい。確証は持てませんが」
「普段から異世界人に接しているお前が引っかかったんだ。調べる価値はあるな。俺の方で確認してみる」
「お願いします」
「ああ。それでこれからはどうする?」
「ちょっと気になることがあるので、聞き込みをしたいなっと」
「気になること?」
「殺害現場にいたおじいさん、彼が言っていた天狗ですよ」
「あれか。まあ、そちらはに任せるよ」
 二人は別れ、明善は聞き込みを開始。集落の家を一軒一軒訪ね、天狗のことを聞いた。すでに各家庭には警察官が訪ねており、同じ警察官の明善が来た時はなぜ警察官がまた来たのかと、皆不思議そうな顔をしていた。さらに明善が天狗のことについて質問してきたものだから、驚くのも無理はない。住人の中には「本当に警察ですか」と、警察手帳の開示を求めてきた者もいる。
 明善が聞き込みを開始して二時間ほど立った。時刻はすでに正午近い。一度切り上げようかと考えていると、畑仕事をしている住人を発見。女性と男の子がおり、見た感じ親子のようだ。
「あれ、あの人……」
 畑の縁に一人の老人が座っていることに気がついた。その老人はさきほど殺害現場にいた老人だ。
 明善は老人に近づき、声をかける。
「あの、おじいさん」
「あん? あんた、誰だ?」
 怪訝な表情を浮かべる老人に、明善は警察手帳を提示。
「警察です。ちょっとお話しよろしいですか? 先ほど、あの山頂で天狗だと仰っていましたね? あれ、どういうことですか?」
「どういうことって、そのままだ。あの山には天狗がいる。人間じゃない物怪もののけが。言っておくが、嘘じゃないぞ。わしも何度か見た」
 老人はそう明瞭に答えた。東洞はこの老人がボケていると言っていたが、明善の質問にも的確に答えている。彼の発言はある程度信頼してもいいようだ。
 そこで明善はある部分が気になった。
と言いましたか? 他にも誰か天狗を見た人が?」
 深堀しようとしたところで、「どうしましたかー」と声をかけられた。声の主は畑仕事をしていた女性。明善は女性に警察手帳を見せ、事情を説明。事情を知った女性は、明善に慌てて頭を下げる。
「祖父が警察の方の邪魔をするなんて、申し訳ございません!」
「気にしなくてください。それよりもちょっと聞きたいことがありまして。お爺さんが天狗を見たと言っているんですよ。そのことについて、詳しくお話しを聞きたいんです。何かご存知だったりしますかね?」
「天狗、ですか? それが何か事件と関係でも?」
「まあ、あまり詳しいことは言えないのですが、関係している可能性がありまして」
「そう、ですか。だったら、息子に聞いた方がいいですね。悠太ゆうた!」
 その声に、畑で草むしりをしていた男の子が駆け寄ってきた。
「こちら、警察の方。天狗のことを知りたいって」
「天狗?」
「ほら、あれ。あんたが撮影したっていう動画」
「あー、あれね。ちょっと待って」
 そう言い、悠太はスマホを取り出して明善に見せた。
「刑事さん、これ。この動画」
「動画?」
 明善は画面を凝視。そして、愕然。
 それは山を撮影した動画。次第にズームアップしていき、とある場所に注目。山の上空、人影らしきものが宙に浮かんでおり、自由に空を飛んでいるのだ。
「なんだ、これ……」
 山々の間を飛び回る姿は、動画に映る人影は山に住む妖怪、まさに天狗だ。
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