ウオッチャー

河野守

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序章 蒼き監視者

第1話

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 ……なんで私が、こんな目に……。
 小島《こじま》幸子《さちこ》は暗い表情で、心の中でそう呟いた。
 彼女が今いるのは、走行中のマイクロバス。窓のカーテンは全て閉じており、車内は薄暗い。幸子の他には十歳前後の幼い子供達が二十人ほどおり、皆不安な表情だ。
 幸子は席の間の通路に、恐る恐る視線を向ける。
 そこに立つのは二人の男。一人はひょろっとした痩せ型の若者、もう一人は背の低い小太りの中年。彼らは裾の長い真っ黒な服を着ている。
 一見、神父が着るカソックに見えるが、彼らは
 理由は単純明快。
 彼らの肩からぶらさがっている、ロシア製自動小銃カラシニコフ。
 そのような凶器を、聖職者が持っているはずがない。運転手の男も、通路の男達と同じ格好をしている。
 今の状況を一言で説明すると、、である。
 幸子は隣に座る女の子をあやしながら、こんな事件に巻き込まれた自身の不運を呪った。
 今までの人生を思い返してみれば、自分はとにかく運が悪かった。
 幼稚園生の時は信号無視の車に轢かれ、小学校の時は泥棒に新品のランドセルを盗まれた。中学生の時は業者の発注ミスで、自分だけ入学式にスーツ姿だった。他にも挙げればキリがない。
 数々の不幸に見舞われるので、友人達から付けられた渾名が
 そんな幸薄い彼女が、今年入学した大学のキャンパスを歩いていると、構内の掲示板に目が留まった。それは児童館のアルバイト募集の張り紙。幸子は帰宅すると、張り紙の連絡先に電話し、面接の約束を取り付けた。幸子の将来の夢は小学校の教師。このアルバイトで子供と接する経験を積んでおけば役に立つ、そう考えた。
 採用の連絡が来たのは、面接から二日後。次の土曜日から来てくれと言われた。
 初出勤の日、幸子は軽く自己紹介をした後、子供達の遊び相手をしたり、勉強を教えることに。
 仕事内容は重労働ではあったが、子供達の笑顔を見ることができて、幸子は満足だった。
 しかし、そんな騒がしくも楽しい時間は、すぐに終わりを告げる。
 児童館の開館から一時間後。
 幸子が二人の女の子から「遊んでー」と腕を引っ張られていると、突然外から女性の大声。
「あなた方は誰ですか! 勝手に敷地に入らないでください!」。
 その直後に、パンと乾いた音。女性の声が聞こえなくなり、代わりに子供達の甲高い悲鳴が上がる。
 何事だとスタッフ達が顔を見合わせていると、幸子達がいる遊技場の扉が開かれた。
 入ってきたのは三人の男。彼らの手には、ドラマの中でしか見ない自動小銃。
 男達の突然の登場に、スタッフと子供達は固まる。
 三人の中から、一人が歩み出る。三十代半ばの精悍な顔立ちをした男で、彼は自らを山本と名乗った。
「突然の訪問、お許してください」
 山本は、深々と頭を下げる。ゆっくりと頭を上げた彼は、こう続けた。
「我々には成し遂げるべき使命があります。そのために子供達をお借りしたい」
 これは、まさかか。
 嫌な考えがスタッフ達の頭に過ぎる。小さな子供が多く集まる児童館は、テロの標的としてはまさにうってつけ。
 凍りつくスタッフ達の沈黙を許可と受け取ったのか、山本達は子供達を二十名ほど選び、外へと連れて行く。子供達は戸惑い、縋るような眼差しをスタッフに向ける。
 しかし、相手は武器を持ったテロリスト。大人達は黙って見ていることしかできない。
 アルバイトの初日に、テロリストが来るなんて……。
 幸子は自身の運の無さを、内心で嘆いた。
 だが、彼女の不幸はさらに続く。
 最後に部屋を出ようとした山本が、「ああ、そうだ」と振り向いた。
「子供達の付き添いとして、大人の方を一人連れて行きたい。……そちらの若い女性」
 山本は一人のスタッフを指差す。指名されたのは幸子。
「……え、私、ですか……?」
「はい。あなたです。一緒に来てください」
 幸子は本音を言うと、断りたかった。好き好んでテロリストについていく人間はいない。しかし、児童館の館長の女性から「彼らの言う通りにして!」と強く懇願された。
 山本達の機嫌を損ねれば、子供達に危害を加えるかもしれない。館長はそう考えたのだ。
 幸子は震える声で「……わかりました」と答え、重い足取りで山本達についていく。
 児童館の外に出ると、マイクロバスが正面玄関前に止まっていた。山本達が用意した物で、子供達はすでに乗せられたようだ。
 幸子は、車体の近くで倒れている女性に気が付く。彼女は幸子と同じく、今日から入ったアルバイトの女子大生。女子大生は苦悶の表情で太ももを抑えており、エプロンは血で真っ赤に染まっていた。
 先ほどの銃声は、彼女を撃った時のもの。山本達に抵抗したため、撃たれたのだろう。
 咄嗟に駆け寄ろうとした幸子の肩を、山本が掴む。
「心配は無用です。急所は外しています。我々も不要な犠牲は出したくありませんので」
 さあ、乗ってくださいと山本に促され、同僚を心配しながらも幸子はマイクロバスに乗車。
 幸子が空いている席に座ると、テロリストの一人、小太りの男がスマートフォンを渡すように指示。GPSを警戒してのことだろう。
 小太りの男が幸子と子供達のスマートフォンを捨てて戻ってくると、山本はマイクロバスを発進させる。
 これが、幸子と子供達が誘拐された経緯である。
 幸子は今にも泣き出したいが、唇を噛み必死に堪える。もし、自分がここで泣き叫べば、子供達は不安になってしまう。年長者として、気丈に振る舞わなければ。
 それに希望はある。
 白昼堂々の集団誘拐。今頃児童館から通報を受けた警察が動いているはず。
 日本の警察は優秀だ。きっとうまく交渉してくれて、自分達は無傷で解放されるだろう。
 だが、と、すぐに思い知らされる。
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