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第1章 若きテロリストの脱走
第5話
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日常生活を送っていれば、いつの間にか人の名前を覚えることがある。
芸能人、アイドル、アナウンサー、お笑い芸人、政治家、大企業の社長、凶悪犯など。
アイドルにまったく興味のない旭もニュースや新聞を見て、今大人気のアイドルを覚えた。
篠津川達也。この名前を知っている日本国民は多い。
日本史上最悪の、少年テロリストの一人として。
その名前を聞いた旭は眼を見開き、口をぽかんと開けていた。数秒間、そんな大変間抜けな表情をしていた旭は我に返り、明日香に確認。
「……明日香さん。あの篠津川達也、さんですよね?」
「そうだ」
明日香は短く首肯。旭は明日香の横顔を見つめるが、彼女の表情はいたって真面目だ。
どうやら、冗談ではないらしい。
篠津川達也と言えば、『ブラックサンデー』における、最も有名な未成年テロリストの一人。
旭の記憶では、達也の罪状はこの県で起きた県立市民ホールの爆破。当時は休日で小中学生の合唱大会が開かれており、達也はアルバイトのスタッフとして参加していた。仕事をこなす傍ら、市民ホール内に爆弾を設置し起爆。市民ホールは全壊し、死者は百二十一名に上った。警察と消防隊が到着した時、達也は偶然その場に居合わせた高校のクラスメイト達に拘束されていた。クラスメイトの証言、市民ホールの監視カメラの映像から、達也はテロの実行犯として逮捕される。警察はこのテロ事件に対し犯行声明を出していた、リベルタスというテログループのメンバーと断定。
『ブラックサンデー』の中でもテロリストが十七歳の高校生であり、しかも多くの小中学生が死亡したこの事件は日本全国を大きく騒がせ、各メディアは報道を過熱させていった。
一体、どういうことだ。
旭は戸惑いを隠せない。目の前にいるのは、凶悪なテロリストの妹。その妹に、兄についての依頼があると言われたのだ。
旭はコーヒーを一口含んだ。苦味を舌で感じ、落ち着きを取り戻す。
「あなたは篠津川達也さんの妹さん、なんですよね?」
「はい」
「あの、苗字が違うのですが」
「田村は母の旧姓です。事件が起きた後、両親が離婚して苗字が変わったんです。当時小さかった私を守るためと言っていました」
そう答える香織の表情は暗い。
事件当時、達也の家族は相当なバッシングを世間から受けていた。凶悪なテロリストを生み育てた責任があると。当時の記憶は、彼女にとって思い出したくないものなのだろう。
「それで田村さんはお兄さんについて、何を依頼したいのでしょうか?」
旭の疑問に「そこからの詳細は私が説明する」と、明日香が引き継ぐ。
「順を追う。達也さんは東京特別刑務所に収監されていた。だが、一昨日、刑務所から脱走した」
「……脱走?」
刑務所の毎朝の点呼で、刑務官が達也を呼んだ。だが、何度名前を呼んでもドアを叩いても、反応なし。不審に思った刑務官が扉の覗き窓から中を確認すると、独房はもぬけの殻だった。
明日香の話を聞いた旭は愕然。
「脱走ってどういうことですか? 確かあの刑務所は警備が厳重なはず」
「だから順番に話すと言っただろう。黙って聞け。達也さんが脱走したと思われる時刻、彼の部屋の監視カメラが細工されていて、彼の就寝中の姿が流されていた。偽装工作だな」
「偽装工作?」
「ああ。そして、当日夜勤の男性刑務官が一人、行方不明となっている」
「刑務官が、行方不明?」
「それだけじゃない」
明日香は一枚の紙を取り出し、テーブルに広げる。
「何ですか? これは」
「達也さんの部屋に手紙が置いてあった。これはそのコピーだ」
刑務官達は独房の机に、一枚の手紙が置いてあることに気がついた。
手紙にはこう書かれていた。
篠津川達也さんが無実であることを、我々は知っている。証拠を持っている。私は八年前に彼の人生を台無しにした者達、真の悪を決して許さない。近いうちに真実を白日の元に晒す。
その手紙は外から持ち込まれたもの。指紋を調べた結果、姿を消した刑務官のものと一致した。警察は刑務官を探しているが、現在も見つかっていない。
「兄の脱走のことは、すぐに私達家族に知らされました。警察がうちに来たんです」
その際、刑事達から手紙のコピーを見せられ、香織達家族は何か事情を知らないかと聞かれた。応対した香織の父親は横に首を振る。刑事達はそれ以上追求せず、「何かわかったら、知らせてください」と去っていった。
横で話を聞いていた香織は事態がうまく飲み込めず、大いに混乱した。
家族として自分がどうすればいいのか考えていると、あることを思い出す。
八年前、兄の裁判の時、ウォッチャーの久瀬誠と会い、「何か困ったことがあったら、頼ってください」と連絡先を貰っていたのだ。香織はすぐに久瀬に電話を掛けた。久瀬は香織のことを覚えており、達也の脱獄もすでに把握。
香織は兄の居場所、そして手紙に書いてあった無実の証拠の捜索を、久瀬に依頼した。
その依頼が、旭に回ってきたのである。
芸能人、アイドル、アナウンサー、お笑い芸人、政治家、大企業の社長、凶悪犯など。
アイドルにまったく興味のない旭もニュースや新聞を見て、今大人気のアイドルを覚えた。
篠津川達也。この名前を知っている日本国民は多い。
日本史上最悪の、少年テロリストの一人として。
その名前を聞いた旭は眼を見開き、口をぽかんと開けていた。数秒間、そんな大変間抜けな表情をしていた旭は我に返り、明日香に確認。
「……明日香さん。あの篠津川達也、さんですよね?」
「そうだ」
明日香は短く首肯。旭は明日香の横顔を見つめるが、彼女の表情はいたって真面目だ。
どうやら、冗談ではないらしい。
篠津川達也と言えば、『ブラックサンデー』における、最も有名な未成年テロリストの一人。
旭の記憶では、達也の罪状はこの県で起きた県立市民ホールの爆破。当時は休日で小中学生の合唱大会が開かれており、達也はアルバイトのスタッフとして参加していた。仕事をこなす傍ら、市民ホール内に爆弾を設置し起爆。市民ホールは全壊し、死者は百二十一名に上った。警察と消防隊が到着した時、達也は偶然その場に居合わせた高校のクラスメイト達に拘束されていた。クラスメイトの証言、市民ホールの監視カメラの映像から、達也はテロの実行犯として逮捕される。警察はこのテロ事件に対し犯行声明を出していた、リベルタスというテログループのメンバーと断定。
『ブラックサンデー』の中でもテロリストが十七歳の高校生であり、しかも多くの小中学生が死亡したこの事件は日本全国を大きく騒がせ、各メディアは報道を過熱させていった。
一体、どういうことだ。
旭は戸惑いを隠せない。目の前にいるのは、凶悪なテロリストの妹。その妹に、兄についての依頼があると言われたのだ。
旭はコーヒーを一口含んだ。苦味を舌で感じ、落ち着きを取り戻す。
「あなたは篠津川達也さんの妹さん、なんですよね?」
「はい」
「あの、苗字が違うのですが」
「田村は母の旧姓です。事件が起きた後、両親が離婚して苗字が変わったんです。当時小さかった私を守るためと言っていました」
そう答える香織の表情は暗い。
事件当時、達也の家族は相当なバッシングを世間から受けていた。凶悪なテロリストを生み育てた責任があると。当時の記憶は、彼女にとって思い出したくないものなのだろう。
「それで田村さんはお兄さんについて、何を依頼したいのでしょうか?」
旭の疑問に「そこからの詳細は私が説明する」と、明日香が引き継ぐ。
「順を追う。達也さんは東京特別刑務所に収監されていた。だが、一昨日、刑務所から脱走した」
「……脱走?」
刑務所の毎朝の点呼で、刑務官が達也を呼んだ。だが、何度名前を呼んでもドアを叩いても、反応なし。不審に思った刑務官が扉の覗き窓から中を確認すると、独房はもぬけの殻だった。
明日香の話を聞いた旭は愕然。
「脱走ってどういうことですか? 確かあの刑務所は警備が厳重なはず」
「だから順番に話すと言っただろう。黙って聞け。達也さんが脱走したと思われる時刻、彼の部屋の監視カメラが細工されていて、彼の就寝中の姿が流されていた。偽装工作だな」
「偽装工作?」
「ああ。そして、当日夜勤の男性刑務官が一人、行方不明となっている」
「刑務官が、行方不明?」
「それだけじゃない」
明日香は一枚の紙を取り出し、テーブルに広げる。
「何ですか? これは」
「達也さんの部屋に手紙が置いてあった。これはそのコピーだ」
刑務官達は独房の机に、一枚の手紙が置いてあることに気がついた。
手紙にはこう書かれていた。
篠津川達也さんが無実であることを、我々は知っている。証拠を持っている。私は八年前に彼の人生を台無しにした者達、真の悪を決して許さない。近いうちに真実を白日の元に晒す。
その手紙は外から持ち込まれたもの。指紋を調べた結果、姿を消した刑務官のものと一致した。警察は刑務官を探しているが、現在も見つかっていない。
「兄の脱走のことは、すぐに私達家族に知らされました。警察がうちに来たんです」
その際、刑事達から手紙のコピーを見せられ、香織達家族は何か事情を知らないかと聞かれた。応対した香織の父親は横に首を振る。刑事達はそれ以上追求せず、「何かわかったら、知らせてください」と去っていった。
横で話を聞いていた香織は事態がうまく飲み込めず、大いに混乱した。
家族として自分がどうすればいいのか考えていると、あることを思い出す。
八年前、兄の裁判の時、ウォッチャーの久瀬誠と会い、「何か困ったことがあったら、頼ってください」と連絡先を貰っていたのだ。香織はすぐに久瀬に電話を掛けた。久瀬は香織のことを覚えており、達也の脱獄もすでに把握。
香織は兄の居場所、そして手紙に書いてあった無実の証拠の捜索を、久瀬に依頼した。
その依頼が、旭に回ってきたのである。
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