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1軒目 ―女神イーリスの店―
6杯目。「ジン」ダブル。(1)
しおりを挟む黒服に黒サングラスのガーゴイルの従業員二人に連れ去られ、泥酔大魔女が消えると、辺りはまた元のような静けさを取り戻した。
シオルネーラが手も付けず放置されたままの焼き鳥を、イーリスが旨そうにうっとりと口にしている。口の端から油がつぅ、と輪郭に沿って流れ、「あらいやだ」と親指でぬぐっている。
「おいひいわねぇ。うちの焼き鳥」
もごもごと食みながら、半分だけ残っている芋焼酎を水のように煽ると、ぷはぁ、と小さく息をする。一連の行動が終わると、従業員に水を依頼してからようやく主任に向き直る。
「主任ちゃん。大丈夫?びっくりしたわよね。大きなケガはない??」
「まあ、その。魂とか無事だったら、器とかどうにでもなるんで」
「そうよねぇ。その不気味なタコっぽい姿、いつでも再生できるもんねぇ」
言いながら、主任の体があっという間にボコボコ音を立てて何事もなかったかのように元に戻る。
イーリスはその様子を楽しそうに眺めながら、焼き鳥をもうひと口頬張り、再び芋焼酎をぐっと煽った。
「ほんとに、何回見てもすごいわねぇ、主任ちゃんの再生能力。毎度毎度、毎回ビックリするわぁ」
「まあ、慣れればなんてことないな」
「なるほど。そうよねぇ、タコは軟体動物で神経がないから痛みも感じないし、って違うわーい。魔王やないかーい。文化大革命!」
うぇーい、パーティーターイム、とグラスをチーンと傾けて最後まで飲み干すイーリス。
「相変わらずだなぁ」
主任が少し照れくさそうに笑いながら答える。
「でも、まあ、仕事の一環よね、私たちにとっては。器がなくなっても魂がある限りは永劫再生。問題ない問題ない」
主任は少し黙り込み、肩をすくめる。
ほどなくしてウェイターが銀の盆に三人分の水を乗せてやって来た。一つはイーリス、ひとつは主任、そしてもう一つは不在の友人のために。
イーリスははウェイターが持ってきた銀の盆に乗った用紙に何か書きつけると、鋭い視線でお仕置きルームを顎で指した。
ウェイターは恭しく頭を垂れ、近くで散らかった店内を掃除していたもう一人の女性のウェイターに声をかけると、引きずるようにして店の奥に引っ込んでいく。
通称「お仕置きルーム」と呼ばれる、店の最奥に存在する「女神の懺悔の部屋」はめったに開かれることのない特別な部屋だ。それなのに、ほぼ常連のようにその部屋を使用しているのはやはりシオルネーラだ。
「困ったものよねぇ、シオルちゃんったら。この間は店の天井を焦がすし、その前はシャンデリアを溶かしちゃったし」
修繕費がかさむのよねぇ。
言いながら、大して困っていないことは明らかである。
そしてママは何かに気づいたように、主任の隣の空席―――右側の席に目をやった。
「主任ちゃん。ヤスはどうしたの?」
尋ねられた主任は、ギクッと体を強張らせた。
その様子を見て、何も言わずとも察したイーリスは「ふぅ~ん」と時を止めたような返事をしながら、じっとヤスの席を見つめた。
そこへウェイターがやってきた。
「ジンダブル。お待たせいたしました」
「あ、ちょっとこっちにちょうだい。私の注文」
「うえ!?」
満面の笑みで黄金の髪の美女が片手を上げる。
部下である従業員は顔をやや引きつらせ、一度主任の方を見た。
声音は優しいのに、どこか凄みのある言葉でイーリスが言い放つ。
「何してるの? ぐずぐずしないで、さっさとちょうだいな?」
ウェイターは一瞬戸惑い、主任をちらりと見るも、すぐに小さなグラスを彼女の前に置いた。
や否や、イーリスはそれを二つとも順番に口の中に放り込む。
「ぷは――――――」
一息ついた後、彼女はグラスを放り投げるようにテーブルに置き、軽くため息をついた。
「やっぱり、あんまりおいしくないわね」
グラス二つを一気に煽った感想がこれだった。
ウェイターはすぐにグラスを下げようとしたが、イーリスはその動きを止めるかのように、何かを耳打ちする。
漏れ聞こえたところによれば、
「終末の天使の叫びを持ってきなさい」
ということだった。
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