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1軒目 ―女神イーリスの店―
7杯目。オアイソ。
しおりを挟むてれてれと煙草の香りを漂わせ、上機嫌でカウンターに戻ってきたヤスは、友人に向けた片手をむなしく下ろし、小首を傾げて不思議そうに言った。
「なんだよな~。ホテルまで送ってもらおうと思ったのに」
ちえっと毒づいて、ヤスは布の服の下の肩に触れた。
自分の席に戻ると、イスに腰掛けて賑わう店内の入り口をぼんやりと眺める。
「なんだ。つまんねぇヤツ」
ぶすくれて、ヤスは唇をとんがらせた。気分が晴れない。
ヤスは机の上にタバコとスマホを投げおくと、注文していないものが置いてあるのに気づいた。
焼き鳥だ。
「お、うまそ。誰の注文か知らないが、ありがたくいただこう」
焼き鳥は冷え切っていたが、甘辛いたれが肉と一緒に口の中で転がり、肉汁がじわっと溢れ出す。
「うまいな、これ! って、ああ、誰もいないんだったか。アーア、つまんねえ酒だぜ。ついでにちょっとした武勇伝でも聞かせてやろうと思ったのにさ。誰から電話がかかって来たのか、とか教えてやろうと思ったのに」
ぶつくさと文句を言っていると、これまで沈黙を守っていた誰かが口を開いた。
すぐ真横から声がかかる。
「――――へぇ。武勇伝ねぇ。ぜひ聞かせてもらいたいものだわ」
まだ若い艶っぽい女の声に、ヤスはにこやかな笑顔で顔を向けた。
「もちろん! あなたのように麗しいお嬢さんにはぜひ聞かせても聞かせ足りないような物語があるのデスヨ――――――あ」
言葉が途切れる。
「それでぇ? 何がどんな風に、武勇伝で物語なのか、詳細に聞かせてもらえるかしら?? ホテルっていったい何のことなのか、とか。ねぇ・・・ヤス」
にこにこにっこり。
カウンターに肘をついて嫣然と微笑する姿は、ヤスにとってはかつての女神。だが今や、その目は狂気を孕んだものに変わっていた。
巨峰のように豊かな胸をすこし揺らし、彼女はあまりにも不気味な微笑みを浮かべ、ヤスを見つめる。
「さぁ。オアイソついでに、お姉さんに、とっくと教えてご覧なさぁい」
お姉さんと言えるのは外見だけなのではないデショウカ?などとは決して口にしてはいけない。
言葉の響きは温かいが、その身体から放たれる空気はまるで冷徹な刃のようだ。
風もないのに髪の毛が逆立ち、満面の笑みを浮かべながらも、どこか恐怖を連想させる威圧感が漂っている。
店内の間接照明やシャンデリアから、心なしか火花が散り始め、光が大きくなったり小さくなったりして明滅していた。
その瞬間、ヤスは悟った。恐怖の時間が始まったのだ――――。
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