32 / 89
第二章
27.「親切な」軍人さん
しおりを挟む「目を、放すなと、言った、だろうが」
雷鳴が轟くような低い怒声はアルヴィスには届かぬよう抑えられていたが、あからさまな怒りの気配には気づいたようだった。
こちらにゆっくりと歩み寄る気配を感じながら、エヴァンスはさらにセリウスの首を絞めつけている腕に力を籠める。
「すみませんッ。申し訳ありませんッ。絞まってます、本気で絞まってますから!!」
死ぬ、とエヴァンスの袖を何度も叩くが、その度に腕に込められる力が強さを増す。
「おう。殺す気で絞めてるんだから当然だろうが」
現役時代を彷彿とさせる鬼上官ぶりを露にしながらエヴァンスはぎゅうううとさらに締め上げた。
「死ぬ!!死にますから!!」、
死に平謝りするセリウスの様子に、許さないとばかりにエヴァンスはきつく相貌を細めた。
その時である。
「本当に仲がいいのねぇ」
「「ちがう!!」」
思わず揃った反論に、姿がはっきり確認できるほどの距離で立つアルヴィスが驚いたように目を丸くし、ややあってふんわりとほほ笑んだ。
口元に手を当てて、思わず零れた笑みそのままの柔らかな表情を浮かべている。
エヴァンスは仕方がないとばかりに惚けているセリウスから腕を外し、久々に動かして痛くなった両腕の動作を確認するようにぶらぶらさせながら、上から下までアルヴィスの様子を確認する。手袋を外している以外は特に異常なし、と確認しながらやや首をひねる。
同じことを感じたのだろうか。
芝生から立ち上がったセリウスが、土ぼこりを落としながら衣服を整える手を止め、小首をかしげている。微かに鼻をひくつかせ、何かに気づいたようにアルヴィスへと顔を近づける。
「っ!?」
鼻先が触れるほどの距離。
急に間近に迫った水色の瞳に、アルヴィスは小さく悲鳴を上げる。セリウスはすぐに顔を離したが、アルヴィスは突然のことに思考がついていけず顔を真っ赤にさせたまま固まってしまう。
「ウェルトバリカの香りがする」
セリウスの言葉に、エヴァンスも怪訝そうな顔で同意する。
「確かに……野営訓練でよく嗅いだ香りだ」
でもいったいどこから、と困惑顔の二人にアルヴィスは何を探しているのか気づいて、あ、と小さく声を零す。
二人の視線を受けたアルヴィスは、少し恥ずかしそうに踵に貼られた薬草を見せた。
「さっき、親切な軍人さんが」
親切な軍人さん、という言葉を耳にしながら、アルヴィスの緩やかな動きに視線を移動させる。ふわりと少しばかり持ち上げられたドレスの裾から露出した白い足首がセリウスの視界に映り込み、状況を把握するより先に顔が一気に赤く染まった。
「っ」
目を逸らしながら片手で顔を半分覆い、できるだけ視界に入れないようにするが、自分がひどく動揺してしまっているのがわかる。バクバクと心臓が痛いほどに音を立て、今にも口から飛び出てしまいそうだ。
いったい自分はどうしてしまったのだ。
何か変な病気にでもかかったのだろうかと、セリウスは胸を強く抑えた。
目の端に映った映像が頭から離れない。
柔らかな弧を描く足の甲、かすかに覗く青い血管、そのすべてが妙に鮮明に意識に刻み込まれていく。
「アルバートに会ったのか」
じろりとセリウスを睨みつけながらエヴァンスは吐息のような声を零した。
「アルバート?」
スカートの裾を元に戻しながらアルヴィスはエヴァンスを見上げた。
知らない名前だと一瞬思ったが、それが「親切な軍人さん」を指す名前だとすぐにわかり、ややあってこくりと頷いた。
「ふうん。珍しいこともあるもんだな」
エヴァンスは不思議そうな表情をしたが、そんなことよりどの程度の擦過傷なのだろうかとその場に屈みこんだ。
見れば、水分を多く含んだ緑色の葉が患部をしっかりと覆っているのがわかる。周囲の皮膚に赤みは見られるが、大した傷でもなさそうだ。
夜会用の靴が合わなかったのか、履きなれなかったのか、それともパートナーのペースを考えず相棒が無茶をして引きずり回したのか―――。
おそらくは最たる原因は最後のものだとは思われるが、なんにせよ彼女には悪いことをしてしまった。
「悪かったな」
「大丈夫。大したことはないから」
それより、新しい薬草を見つけたとばかりに彼女はとても嬉しそうに笑っている。
全く、とんだ薬草馬鹿だ、と独り言ちてエヴァンスは詫びのついでに年下の友人が欲しがりそうな情報を付け加えた。
「ウェルトバリカは、ちょっとした擦り傷ならつけておけば治る。王都周辺でよく見かけるありふれた植物の一種で、春の間は小ぶりな赤い花が咲く。花は摘み取って果実酒に入れると香りと色が移って面白い。葉と花をアルコールにつけて薬酒にして常備薬にする家庭もある。民間の治療薬として古くから利用されている薬草の一種で、煎じれば効果は薄いが解熱の作用もある。抗菌作用もあるから、葉っぱを摘み取って風邪の引き初めに飲んだり、うがい薬として日常的に使わる。野営訓練ではよく使う野草だ」
「なるほど……」
与えられた情報をすぐさま資料として書き残しておきたいのだろう。わずかに揺らいだアルヴィスの指先を一瞥してエヴァンスは苦笑した。
2
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」
公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。
忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。
「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」
冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。
彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。
一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。
これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる