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7 妊娠は愛の存在を証明しますの
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「おめでとうございます、ご懐妊でございます」
医師から告げられ、私はそっとお腹を触る。
(赤ちゃん…?が、いるの?ここに…)
「エリー…!ありがとう、ありがとう...!」
自分の手が濡れるのを感じて、私ははっと顔を上げる。ヴィルジールの目から、涙がとめどなく溢れていた。
「ヴィ、ヴィル…?」
(大袈裟じゃないの?今まで子どものことは一度も口にしなかったのに…)
そう思う私をヴィルジールは抱きしめようとして、「いや、ぎゅっとしないほうがいいのか」とつぶやき、「でもやっぱり」と、いつもよりふんわりと私を抱きしめた。
「ふふ」
(感情が忙しいこと)
「…私が君を…君たちを守るよ」
「ええ。頼みましたわ、パパ」
「パパ…!私がパパ…!!」と言いながらまたボロボロ泣くヴィルジールを見て、私は彼の意外な一面を知ったようで嬉しくなる。
幼いころに「子煩悩で優しかった」という先王を失くしたヴィルジールにとっては、父親になることも、良き国王になることと同じくらい大切だったのかもしれない。
彼は私のお腹にそっと手をあてた。寝間着の上から、彼の手の温かさと頼もしさが伝わる。
私は彼の手に自分の手を重ねた。
ーーー
レーヌからついてきてくれたララも、アルトラに来てから世話になっている侍女たちも、私の懐妊を自分のことのように喜んでくれた。
ララが「レーヌにいるセヴランに手紙を書かないと」というので、私はパッとひらめく。
「ララがセヴランの恋人なの?」
そうであるならば、私は恋人同士を引き裂いてしまった。申し訳ない。
「ララは私についてきて。セヴランはレーヌに残って、領主代行になるブレーズを守ってあげて」と告げたとき、セヴランが一瞬だけ辛そうな表情を見せた理由も、これで説明できる。
けれど…
ララは目をぱちくりして笑い出す。
「あひゃひゃ…あ、ひゃひゃひゃ…ひ…あ、もうし…あ、ひゃひゃ…んふふふ」
「そんなに笑うこと?」
「だって…ああ…もう、エレオノーラ様が鈍感すぎて、セヴランが不憫すぎます。笑っちゃいけないのに、笑えるレベルです」
「あー...」と、ララは大きな可愛らしい目からこぼれた涙を拭いた。
「私から言うべきことではありませんが、エレオノーラ様が知りたいならお教えします。セヴランはずっとずっと…エレオノーラ様の護衛騎士になったときからずっと、エレオノーラ様のことしか見ておりません」
「それは当然そうでしょう。護衛騎士なのだから、よそ見されては困るわ」
「ですから、護衛騎士としてではない感情も含まれている、という意味で」
私はパッと口を押さえた。
「そういうこと?」
「ええ、そういうことです」
「全然気づかなかったわ」
セヴランは任務に忠実で、自分の職分をよく理解している騎士だ。だからこそ信頼してそばにおいていた。
彼なら、もしララの言う通り私に恋愛感情をもっていたとしても、それを表に出すことは、よしとしないだろう。
彼は私を名前で呼んだことすらない。いつも私は彼にとって「主君」だった。
「恋心を抱いているとエレオノーラ様に知られたら、きっと任を解かれるだろうと、よく言っていました」
「その通りね」
異世界転生モノでよくあるような「身分を超えて結ばれる恋」は、高潔な騎士である彼には、甘美でありながらも罪な果実にうつったはずだ。
「レーヌに残れと言われたとき、自分の気持ちを知られてしまったのかと思ったそうです」
「そうだったの…だからあんな顔をしていたのね」
私はため息をついた。
もし知っていても、私が彼を男性として好きになっていたとしても、私は彼の気持ちを受け入れなかっただろう。彼と結婚しても、レーヌ公爵領は守れなかったから。
「身分を超えて結ばれる恋」は、領主である私にとっても、毒入りの果実のようなものだ。
「知らせておいてなんですが、エレオノーラ様が気になさることはありません。セヴランも自分の恋が叶うなんて、思っていなかったでしょうから」
「そうね」
「そして彼は心からエレオノーラ様の幸せを願っています。だからきっと、この知らせも喜んでくれるでしょう」
「そうね、それもわかってるわ」
彼の献身を思い出しながら、私は自ら筆をとって、自分の懐妊を彼に伝えた。
「どうか祝福してほしい。そして私から解放されてほしい」と願いながら。
ーーー
「ヴィル、気になっていることがあるのですが」
忙しい公務の間を縫って、1日に何度も私の様子を確認しに来るヴィルジールに、私は聞いた。
「何かな?」
「ヴィルは、子どもがとても欲しかったのですよね?」
「もちろんだよ。君との子が来てくれることを望んでいた、心から」
「でしたら、なぜ結婚してから一度も、子どもや妊娠のことを口に出さなかったのですか?」
ヴィルジールは一緒に過ごす夜ですら、子どもや妊娠のことで私に何か言ったことはなかった。だから妊娠がわかったときの、彼の喜びようがとても不思議に想えたのだ。
「君はこの国の王妃として素晴らしい仕事をして多くの成果をもたらし、私にもたくさんの幸せをくれた。君にそれ以上を望むことは、欲深く思えたんだ」
「ヴィル…」
「それに私たちの夜が、子を成すための義務のようになるのも望まなかった。私が子を望むと話せば、君はきっと期待に応えようと頑張りすぎてしまうと思ったんだ」
(ああ、この人は私を理解している)
「でも君との夜は、義務ではなく、甘い楽しみにしたいから」
私は彼の言葉を噛みしめる。
甘く、それでいて筋が通っていて、思いやりがこもり優しい。
「ヴィルも、私にたくさんの幸せをくださいましたわ」
(生まれ変わって、ここに来て、良かった)
医師から告げられ、私はそっとお腹を触る。
(赤ちゃん…?が、いるの?ここに…)
「エリー…!ありがとう、ありがとう...!」
自分の手が濡れるのを感じて、私ははっと顔を上げる。ヴィルジールの目から、涙がとめどなく溢れていた。
「ヴィ、ヴィル…?」
(大袈裟じゃないの?今まで子どものことは一度も口にしなかったのに…)
そう思う私をヴィルジールは抱きしめようとして、「いや、ぎゅっとしないほうがいいのか」とつぶやき、「でもやっぱり」と、いつもよりふんわりと私を抱きしめた。
「ふふ」
(感情が忙しいこと)
「…私が君を…君たちを守るよ」
「ええ。頼みましたわ、パパ」
「パパ…!私がパパ…!!」と言いながらまたボロボロ泣くヴィルジールを見て、私は彼の意外な一面を知ったようで嬉しくなる。
幼いころに「子煩悩で優しかった」という先王を失くしたヴィルジールにとっては、父親になることも、良き国王になることと同じくらい大切だったのかもしれない。
彼は私のお腹にそっと手をあてた。寝間着の上から、彼の手の温かさと頼もしさが伝わる。
私は彼の手に自分の手を重ねた。
ーーー
レーヌからついてきてくれたララも、アルトラに来てから世話になっている侍女たちも、私の懐妊を自分のことのように喜んでくれた。
ララが「レーヌにいるセヴランに手紙を書かないと」というので、私はパッとひらめく。
「ララがセヴランの恋人なの?」
そうであるならば、私は恋人同士を引き裂いてしまった。申し訳ない。
「ララは私についてきて。セヴランはレーヌに残って、領主代行になるブレーズを守ってあげて」と告げたとき、セヴランが一瞬だけ辛そうな表情を見せた理由も、これで説明できる。
けれど…
ララは目をぱちくりして笑い出す。
「あひゃひゃ…あ、ひゃひゃひゃ…ひ…あ、もうし…あ、ひゃひゃ…んふふふ」
「そんなに笑うこと?」
「だって…ああ…もう、エレオノーラ様が鈍感すぎて、セヴランが不憫すぎます。笑っちゃいけないのに、笑えるレベルです」
「あー...」と、ララは大きな可愛らしい目からこぼれた涙を拭いた。
「私から言うべきことではありませんが、エレオノーラ様が知りたいならお教えします。セヴランはずっとずっと…エレオノーラ様の護衛騎士になったときからずっと、エレオノーラ様のことしか見ておりません」
「それは当然そうでしょう。護衛騎士なのだから、よそ見されては困るわ」
「ですから、護衛騎士としてではない感情も含まれている、という意味で」
私はパッと口を押さえた。
「そういうこと?」
「ええ、そういうことです」
「全然気づかなかったわ」
セヴランは任務に忠実で、自分の職分をよく理解している騎士だ。だからこそ信頼してそばにおいていた。
彼なら、もしララの言う通り私に恋愛感情をもっていたとしても、それを表に出すことは、よしとしないだろう。
彼は私を名前で呼んだことすらない。いつも私は彼にとって「主君」だった。
「恋心を抱いているとエレオノーラ様に知られたら、きっと任を解かれるだろうと、よく言っていました」
「その通りね」
異世界転生モノでよくあるような「身分を超えて結ばれる恋」は、高潔な騎士である彼には、甘美でありながらも罪な果実にうつったはずだ。
「レーヌに残れと言われたとき、自分の気持ちを知られてしまったのかと思ったそうです」
「そうだったの…だからあんな顔をしていたのね」
私はため息をついた。
もし知っていても、私が彼を男性として好きになっていたとしても、私は彼の気持ちを受け入れなかっただろう。彼と結婚しても、レーヌ公爵領は守れなかったから。
「身分を超えて結ばれる恋」は、領主である私にとっても、毒入りの果実のようなものだ。
「知らせておいてなんですが、エレオノーラ様が気になさることはありません。セヴランも自分の恋が叶うなんて、思っていなかったでしょうから」
「そうね」
「そして彼は心からエレオノーラ様の幸せを願っています。だからきっと、この知らせも喜んでくれるでしょう」
「そうね、それもわかってるわ」
彼の献身を思い出しながら、私は自ら筆をとって、自分の懐妊を彼に伝えた。
「どうか祝福してほしい。そして私から解放されてほしい」と願いながら。
ーーー
「ヴィル、気になっていることがあるのですが」
忙しい公務の間を縫って、1日に何度も私の様子を確認しに来るヴィルジールに、私は聞いた。
「何かな?」
「ヴィルは、子どもがとても欲しかったのですよね?」
「もちろんだよ。君との子が来てくれることを望んでいた、心から」
「でしたら、なぜ結婚してから一度も、子どもや妊娠のことを口に出さなかったのですか?」
ヴィルジールは一緒に過ごす夜ですら、子どもや妊娠のことで私に何か言ったことはなかった。だから妊娠がわかったときの、彼の喜びようがとても不思議に想えたのだ。
「君はこの国の王妃として素晴らしい仕事をして多くの成果をもたらし、私にもたくさんの幸せをくれた。君にそれ以上を望むことは、欲深く思えたんだ」
「ヴィル…」
「それに私たちの夜が、子を成すための義務のようになるのも望まなかった。私が子を望むと話せば、君はきっと期待に応えようと頑張りすぎてしまうと思ったんだ」
(ああ、この人は私を理解している)
「でも君との夜は、義務ではなく、甘い楽しみにしたいから」
私は彼の言葉を噛みしめる。
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