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【転生者・木曽川咲良の場合】サイコパスが異世界で聖女様の親友になる話
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木曽川咲良は自宅の一室で、毒を調合していた。
慎重にやっていたつもりだったのに、容器が割れていたらしい。
息苦しくなり、目の前が黒くなって、気づいたら、自分の部屋ではない部屋で横たわっていた。
まだうっすら黒い靄がかかる視界の中に、豪華なドレス姿の中年女性がいて、自分のことを「アリーセ」と呼び、「丈夫に産んであげられなくてごめんね」と泣いている。
(異世界転生ってやつ…?)
そこへ、無駄に豪華な服を着た中年男性が入ってきた。
「エルデガルド、喜べ。明日、新しい聖女様が我が家に来てくださることになった。アリーセが治るかもしれないぞ」
「まあ、あなた…!」
息苦しさはまだ続いている。
手を取り合って喜び、自分の身体をさすってくれる二人を、アリーセはぼんやり眺めていた。
ーーー
やってきた聖女は「ヒトミ」と名乗った。
西洋風の世界観に合わない名前であることから、咲良…アリーセはヒトミも転生者なのだと理解する。
アリーセの父親であるヴェルダー公爵の説明によると、ヒトミは歴代最高レベルの聖女らしい。
「善なるものを信じる力」が強いほど聖女の力も強くなるので、ヒトミはつまり「人のいいところを信じるお人よし」ということになる。それもずば抜けた。
ヒトミがアリーセの手を握り、アリーセの生命力を信じながら「良くなって」という願いを流し込むと、たちまちアリーセの顔色は良くなる。
こけていた頬はバラ色になり、パサついていた黒髪にはつやが戻り、薄い青色の目が潤んだ。目の前の黒い靄が晴れ、酸素マスクをつけたように息はしやすくなる。
「奇跡だわ…!」とヴェルダー公爵夫人は歓喜にむせび泣き、夫に支えられた。
「この人たちの娘は、もうこの身体の中にいないのに」と、アリーセは夫妻を見ながら考える。
(馬鹿な奴ら)
ただこの溺愛ぶりなら、今後不自由することはなさそうだ。内装も、窓から少しだけ見える庭も豪華だから、きっと金もある。
となれば、我が儘を言ってもたいていは聞いてくれるだろう。
ぼんやりと考えていると、「うわぁ…まじアイドルみたいに可愛いね!」とヒトミがアリーセの顔を覗き込んだ。
ピンク色の髪に、キラキラした緑の目。白い肌は透き通って、内側から発光しているように見える。
その瞬間、アリーセの身体に体温が戻ってきたような感覚になった。
(きれい…こんな人間がこの世にいるなんて)
ヒトミはアリーセの手を握り、「友達になってください!」と言った。
アリーセは少し声を震わせながら「はい」とだけ答えた。あまり長く話すと、ヒトミが穢れてしまいそうな気がする。
「嬉しい!この世界では初めての友達!」と、ヒトミは嬉しそうに笑う。
「アリーセ、今までやりたくてもできなかったこと、私と一緒にたくさんしようね」
(ああ…私はあなたと出会うためにこの世界に来たんだ)
ーーー
「アリーは何が食べたい?」
「ヒトミが食べたいもの」
「んんん、じゃあフルーツタルト!」
ヒトミとアリーセはすっかり仲良くなり、護衛付きとはいえ、二人で遊びに出かけるほどになっていた。
タルトが美味しいというカフェに入り、椅子に腰かけるとき、ヒトミはほんの少しふらついた。アリーセは見逃さない。
「どうしたの?」
「大丈夫…ちょっとふらっとしただけ」
「体調が悪いの?病気なの?」
「大丈夫だから」とヒトミは笑って見せるが、アリーセは引き下がらない。
聖女は自分の病気や怪我は治せない。だから聖女の体調不良は国家の一大事でもある。
「話すことで気持ちが楽になるかもしれないし、誰にも言わないから」
ヒトミは神殿から課される仕事が増えており、疲れが溜まる一方だと打ち明けた。
しかも最近は王侯貴族からの依頼が優先されていて、貴婦人からの「シワ改善」「シミ除去」など緊急度の低い依頼も多い。
「そういう依頼に力を使い過ぎてて、怪我とか病気とかで神殿を頼ってくれる人の治療が追いついてなくって…せっかく神殿まで来てくれたのに『今日はもう無理』って断るのがすごく申し訳なくてさ」
「そうなのね」といいながら、アリーセの目は鋭く光り、形のいい赤い唇はきゅっと引き結ばれた。
「あ、でも今日は疲れてないよ?アリーの行きたいお店、全部行こうね」
「ええ」
数日後、神殿は慌ただしかった。
神殿のトップだったポンメルン大神官が失踪したのだ。
しばらく経っても彼は見つからず、ヒトミに入ってくる王侯貴族からの依頼は減った。
(ポンメルンさんがお偉いさんたちからの依頼の窓口だったから…心配だけど、ちょっと身体は楽になったな)
「アリーセに、もう心配ないって言わなきゃ」
(話を聞いてもらったお礼もしたいな。アリーセは何を喜ぶだろ?)
ーーー
そのころアリーセはヴェルダー公爵が王都郊外の森の中に持つ別荘にいた。
暗い部屋の中、ポンメルンが大きな石臼を回し続けている。
3時間以上全身で取っ手を押しながら石臼の周りを歩き続けているので、かなり疲労している。
石臼は歯車に繋がっており、回転速度が落ちると天井に吊るされた大きな斧が落下するようになっている。
だからポンメルンは歩くのを止められない。
「助けてください…アリーセ嬢…」
「だめですわ」
「どうしてこんなことを…私はあなたに何もしていない…」
「ヒトミをこき使った罰ですわ。疲れとはどういうものか…ヒトミがどれほど辛かったか、身をもって知るのです」
アリーセは部屋の隅に腰かけ、優雅にお茶を飲みながら本を読む。
お茶の淹れ方はヒトミに習い、読んでいるのはヒトミがおすすめしてくれた本だ。
石臼が回る音が鈍くなり、アリーセは本から目をあげた。
ポンメルンは天井を気にしながら必死の形相で取っ手を押すが、ついに力尽きた。
斧が落ち、身体が切り刻まれる。
アリーセは時間を確認し、手元のノートに優雅な手つきで「3時間23分」とメモをした。
「後片付けが大事」
アリーセはヒトミがカフェでタルトの食べかすをささっと拭いていた姿を思い出しながら、つい先ほどまでポンメルンだった肉体を集めて、森に捨てた。
ーーー
「ヒトミ、顔色が良くなったわね」
「そう?最近お仕事のスケジュールが少し楽になったからかな」
「よかったわね」
アリーセは「楽になったのは私のおかげよ」などと言わない。自分がポンメルンを殺したことを知れば、優しいヒトミは怖がってしまうかもしれないから。
こっそりヒトミを守れれば、それでいいのだ。
「アリーは最近どうしてたの?」
「自分のやりたいことをしていたわ。ヒトミが私を健康にしてくれたおかげで、今までやりたかったのにできなかったことが、たくさんできているの」
アリーセは父から別荘をもらい、ヒトミに会ったりヒトミに害をなそうとする人物を排除するとき以外は、ほとんど別荘で拷問器具や毒の実験をしながら過ごしている。
前の世界にはなかった毒や、前の世界にはいなかった魔獣などもいて、探求は尽きない。
時折公爵邸に顔を出して「愛している」とさえ言っておけば、好きにさせてくれる両親なのがありがたかった。
アリーセはヒトミの手を握る。
「本当に感謝しているわ。あなたは私を救い、私に生きがいを与えてくれた」
「アリーセが友達でいてくれることで、私も救われてる!」
アリーセは照れ臭そうに笑うヒトミを、優しい目で見つめた。
(そう、私がヒトミを救うの)
ーーーー
画面を確認していた株式会社イセカイエージェントの中川は、ぶるっと身を震わせた。
「悪寒?」と吉川が声をかける。
「吉川さん…私、久々にヤバい転生者様を引き当てたみたいです」
「へえ」
吉川は画面を覗き込んだ。
「血みどろだね」
「面談したときは普通に見えたんですが」
「そうねぇ、生まれたときからヤバい人って、意外に隠すのが上手かったりするんだよね。人当たりがけっこう良かったりして」
「そうなんですね。当てはまるかもです」
吉川は顎に手を当てた。
「この人、まだ生きてるんだよね?」
「はい」
「一応異世界オーナー様に連絡しておいて、邪魔になったらすぐ排除できるようにシステムも組んでおこうか。中川さんならすぐできると思うけど、システム組みにくかったら教えて」
「はい、ありがとうございます」
吉川はいかにも人当たりのいい、兄貴分の顔で笑った。
慎重にやっていたつもりだったのに、容器が割れていたらしい。
息苦しくなり、目の前が黒くなって、気づいたら、自分の部屋ではない部屋で横たわっていた。
まだうっすら黒い靄がかかる視界の中に、豪華なドレス姿の中年女性がいて、自分のことを「アリーセ」と呼び、「丈夫に産んであげられなくてごめんね」と泣いている。
(異世界転生ってやつ…?)
そこへ、無駄に豪華な服を着た中年男性が入ってきた。
「エルデガルド、喜べ。明日、新しい聖女様が我が家に来てくださることになった。アリーセが治るかもしれないぞ」
「まあ、あなた…!」
息苦しさはまだ続いている。
手を取り合って喜び、自分の身体をさすってくれる二人を、アリーセはぼんやり眺めていた。
ーーー
やってきた聖女は「ヒトミ」と名乗った。
西洋風の世界観に合わない名前であることから、咲良…アリーセはヒトミも転生者なのだと理解する。
アリーセの父親であるヴェルダー公爵の説明によると、ヒトミは歴代最高レベルの聖女らしい。
「善なるものを信じる力」が強いほど聖女の力も強くなるので、ヒトミはつまり「人のいいところを信じるお人よし」ということになる。それもずば抜けた。
ヒトミがアリーセの手を握り、アリーセの生命力を信じながら「良くなって」という願いを流し込むと、たちまちアリーセの顔色は良くなる。
こけていた頬はバラ色になり、パサついていた黒髪にはつやが戻り、薄い青色の目が潤んだ。目の前の黒い靄が晴れ、酸素マスクをつけたように息はしやすくなる。
「奇跡だわ…!」とヴェルダー公爵夫人は歓喜にむせび泣き、夫に支えられた。
「この人たちの娘は、もうこの身体の中にいないのに」と、アリーセは夫妻を見ながら考える。
(馬鹿な奴ら)
ただこの溺愛ぶりなら、今後不自由することはなさそうだ。内装も、窓から少しだけ見える庭も豪華だから、きっと金もある。
となれば、我が儘を言ってもたいていは聞いてくれるだろう。
ぼんやりと考えていると、「うわぁ…まじアイドルみたいに可愛いね!」とヒトミがアリーセの顔を覗き込んだ。
ピンク色の髪に、キラキラした緑の目。白い肌は透き通って、内側から発光しているように見える。
その瞬間、アリーセの身体に体温が戻ってきたような感覚になった。
(きれい…こんな人間がこの世にいるなんて)
ヒトミはアリーセの手を握り、「友達になってください!」と言った。
アリーセは少し声を震わせながら「はい」とだけ答えた。あまり長く話すと、ヒトミが穢れてしまいそうな気がする。
「嬉しい!この世界では初めての友達!」と、ヒトミは嬉しそうに笑う。
「アリーセ、今までやりたくてもできなかったこと、私と一緒にたくさんしようね」
(ああ…私はあなたと出会うためにこの世界に来たんだ)
ーーー
「アリーは何が食べたい?」
「ヒトミが食べたいもの」
「んんん、じゃあフルーツタルト!」
ヒトミとアリーセはすっかり仲良くなり、護衛付きとはいえ、二人で遊びに出かけるほどになっていた。
タルトが美味しいというカフェに入り、椅子に腰かけるとき、ヒトミはほんの少しふらついた。アリーセは見逃さない。
「どうしたの?」
「大丈夫…ちょっとふらっとしただけ」
「体調が悪いの?病気なの?」
「大丈夫だから」とヒトミは笑って見せるが、アリーセは引き下がらない。
聖女は自分の病気や怪我は治せない。だから聖女の体調不良は国家の一大事でもある。
「話すことで気持ちが楽になるかもしれないし、誰にも言わないから」
ヒトミは神殿から課される仕事が増えており、疲れが溜まる一方だと打ち明けた。
しかも最近は王侯貴族からの依頼が優先されていて、貴婦人からの「シワ改善」「シミ除去」など緊急度の低い依頼も多い。
「そういう依頼に力を使い過ぎてて、怪我とか病気とかで神殿を頼ってくれる人の治療が追いついてなくって…せっかく神殿まで来てくれたのに『今日はもう無理』って断るのがすごく申し訳なくてさ」
「そうなのね」といいながら、アリーセの目は鋭く光り、形のいい赤い唇はきゅっと引き結ばれた。
「あ、でも今日は疲れてないよ?アリーの行きたいお店、全部行こうね」
「ええ」
数日後、神殿は慌ただしかった。
神殿のトップだったポンメルン大神官が失踪したのだ。
しばらく経っても彼は見つからず、ヒトミに入ってくる王侯貴族からの依頼は減った。
(ポンメルンさんがお偉いさんたちからの依頼の窓口だったから…心配だけど、ちょっと身体は楽になったな)
「アリーセに、もう心配ないって言わなきゃ」
(話を聞いてもらったお礼もしたいな。アリーセは何を喜ぶだろ?)
ーーー
そのころアリーセはヴェルダー公爵が王都郊外の森の中に持つ別荘にいた。
暗い部屋の中、ポンメルンが大きな石臼を回し続けている。
3時間以上全身で取っ手を押しながら石臼の周りを歩き続けているので、かなり疲労している。
石臼は歯車に繋がっており、回転速度が落ちると天井に吊るされた大きな斧が落下するようになっている。
だからポンメルンは歩くのを止められない。
「助けてください…アリーセ嬢…」
「だめですわ」
「どうしてこんなことを…私はあなたに何もしていない…」
「ヒトミをこき使った罰ですわ。疲れとはどういうものか…ヒトミがどれほど辛かったか、身をもって知るのです」
アリーセは部屋の隅に腰かけ、優雅にお茶を飲みながら本を読む。
お茶の淹れ方はヒトミに習い、読んでいるのはヒトミがおすすめしてくれた本だ。
石臼が回る音が鈍くなり、アリーセは本から目をあげた。
ポンメルンは天井を気にしながら必死の形相で取っ手を押すが、ついに力尽きた。
斧が落ち、身体が切り刻まれる。
アリーセは時間を確認し、手元のノートに優雅な手つきで「3時間23分」とメモをした。
「後片付けが大事」
アリーセはヒトミがカフェでタルトの食べかすをささっと拭いていた姿を思い出しながら、つい先ほどまでポンメルンだった肉体を集めて、森に捨てた。
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「ヒトミ、顔色が良くなったわね」
「そう?最近お仕事のスケジュールが少し楽になったからかな」
「よかったわね」
アリーセは「楽になったのは私のおかげよ」などと言わない。自分がポンメルンを殺したことを知れば、優しいヒトミは怖がってしまうかもしれないから。
こっそりヒトミを守れれば、それでいいのだ。
「アリーは最近どうしてたの?」
「自分のやりたいことをしていたわ。ヒトミが私を健康にしてくれたおかげで、今までやりたかったのにできなかったことが、たくさんできているの」
アリーセは父から別荘をもらい、ヒトミに会ったりヒトミに害をなそうとする人物を排除するとき以外は、ほとんど別荘で拷問器具や毒の実験をしながら過ごしている。
前の世界にはなかった毒や、前の世界にはいなかった魔獣などもいて、探求は尽きない。
時折公爵邸に顔を出して「愛している」とさえ言っておけば、好きにさせてくれる両親なのがありがたかった。
アリーセはヒトミの手を握る。
「本当に感謝しているわ。あなたは私を救い、私に生きがいを与えてくれた」
「アリーセが友達でいてくれることで、私も救われてる!」
アリーセは照れ臭そうに笑うヒトミを、優しい目で見つめた。
(そう、私がヒトミを救うの)
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画面を確認していた株式会社イセカイエージェントの中川は、ぶるっと身を震わせた。
「悪寒?」と吉川が声をかける。
「吉川さん…私、久々にヤバい転生者様を引き当てたみたいです」
「へえ」
吉川は画面を覗き込んだ。
「血みどろだね」
「面談したときは普通に見えたんですが」
「そうねぇ、生まれたときからヤバい人って、意外に隠すのが上手かったりするんだよね。人当たりがけっこう良かったりして」
「そうなんですね。当てはまるかもです」
吉川は顎に手を当てた。
「この人、まだ生きてるんだよね?」
「はい」
「一応異世界オーナー様に連絡しておいて、邪魔になったらすぐ排除できるようにシステムも組んでおこうか。中川さんならすぐできると思うけど、システム組みにくかったら教えて」
「はい、ありがとうございます」
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