私、貧乏貴族となんて結婚しないから!

こじまき

文字の大きさ
4 / 19

4 あなたと結婚なんてするわけない

しおりを挟む
情事のあと、ヴィクトリアはジト目でルロイを睨む。大人の男らしい色気を纏い始めているとはいえ、ルロイはルロイだ。

彼はノーフォーク伯爵家の長男。

ヴィクトリアが十歳のときにダービートン伯爵の養女になって以来、王都屋敷が隣同士の幼馴染として過ごしてきた。

いつもルロイがヴィクトリアのことをからかったりいたずらをしかけたりして、喧嘩ばかりしていた仲だ。

新しいドレスをおろした日に限って泥水を溜めた落とし穴に落とされたり、「綺麗にしてやる」といって髪の毛を切られたり、誰もが「綺麗だ」と評価するヴィクトリアのことを「不細工」と言ったり、いつもヴィクトリアが泣かされていた。

「ルロイなんて大嫌い」と何度言ったことか。

それでも気づけばまた一緒に遊んでいるような腐れ縁だった。

お互いが十四歳のときに、成績優秀だったルロイはギルバートと一緒に留学することになり、今日が六年ぶりの再会だ。

「最初から私だってわかってたの?」
「わかってた。偽名を言った時にニヤッとしたから、ギル狙いだろうなっていうのもわかってた。勘違いしてるんだろうって」
「最悪の悪ふざけだわ…なんで殿下の服着てるのよ。髪だってあなた本当は黒でしょう」
「服はギルに借りた。髪は染めてる。仮面舞踏会だからな。ちなみにギルは来てないぞ。ドタキャンしやがった」
「はあ?信じられない。後悔してもしきれない」
「なんで?俺たち身体の相性最高だったろ」

「良かっただろ?」と爽やかに笑いかけられて、ヴィクトリアは否定できない。

初めてだったのに、痛かったのはほんの一瞬で、意識が飛びそうなほどの快感だった。

「家柄も釣り合ってる。既成事実もできたことだし、このまま結婚しよう。幼馴染だからお互いのことよくわかってるし、結婚相手としては理想的だろ」
「冗談じゃないわ!」
「リアもヤッてる途中で結婚生活のこと想像したろ。いや、性活?毎晩こんなに楽しめるんだぞ」

ヴィクトリアはぐっと言葉に詰まる。

「それは…殿下だと勘違いしてたからよ!」

そしてふいっと顔を背けた。

「私はあなたみたいな貧乏人とは結婚しないわ。絶対にね」

ノーフォーク伯爵家は元々は裕福だったが、ルロイがギルバートとともに留学している間に領地が不作に見舞われたり、それを取り返そうとした伯爵が儲け話に騙されてさらに借金を作ってしまったりして、今は借金漬けだ。

「お金持ちの侯爵以上としか結婚しないって決めてるんだから」
「もう処女じゃなくなったのに、嫁ぎ先なんてあるのか」
「処女じゃなきゃ結婚できないなんて昔の話でしょ。マルグリッド殿下みたいに、男遊びの末に外国の国王と結婚される王女様もいらっしゃるのだし。でももし相手が生娘をお望みなら、演技はいくらだってできるわ」
「女は怖いね」

ふっとルロイは息を吐いた。

「そんなに金が重要か?他にもっと大切なものがあるだろ」

間髪入れず、何のためらいもなく、「お金が最も重要よ」とヴィクトリアが答える。

「お金がないと苦労する。家族が離れ離れになって、子どもは辛い思いをするの。貧乏は本当に辛いわ。お金のない伯爵家なんて、何かあったら簡単に取り潰しになってもおかしくない。そしたら路頭に迷うわ。だから安定している家に嫁がないと」
「リア、お前がどれだけ辛い思いをしてきたか…」
「わかるなんて言わないで!わかりようがないわ、あの生活は」

口を引き結びながらヴィクトリアがルロイを睨む。

ヴィクトリアはもともとは、裕福なトライシャム伯爵家の一人娘だった。

けれど、お嬢様たちが集う寄宿学校で学んでいたとき、父親が事業に失敗して失踪。

学費が払えなくなり退学するところだったのだが、すでに母が亡くなっていて他に彼女を引き取れる親戚もなく、寄宿学校の下働きをすることで学校においてもらっていたのだ。

食事、洗濯、掃除から教員たちの身の回りの世話まで、命じられれば何でもやった。

美しかった手は荒れ果て、髪はぼさぼさ、顔もがさがさ、そして彼女を「美しいヴィクトリア様」と称賛していた同級生には手のひらを返すように蔑まれて過ごした。

父親の戦友だったダービートン伯爵が彼女の窮状に気づいて助け出してくれるまでの一年間、孤独と絶望の中で過ごしてきたのだ。

(二度とあんな思いはしたくない、自分の子どもにもさせたくない)

「あなたにはわからない」

(同じ貧乏でも、あなたには親がいて、兄弟がいて、素晴らしい仕事もあるじゃない)

ルロイはヴィクトリアを抱きしめてから、まっすぐ彼女の目を見て言った。

「わかるとは言わない。けれど、二度と辛い思いはさせないと誓うから。一生俺がリアを守ってやる」

その真剣な表情と嘘のない言葉にヴィクトリアの胸がトクンと鳴る。

(ルロイのこんな顔を見るのは初めて。大人の男性になったのね。王太子殿下にも負けないくらいハンサムだわ…)

けれど、ヴィクトリアはブンブン首を振ってときめきを振り払った。

「だめよ。私はスペックで相手を選ぶ。あなたは条件を満たしてない。家柄も財産もね。いくら顔と身体が良くてもお断りよ」
「リア…」
「もう失礼するわ。今日の悪ふざけのことは口外しないでね!絶対よ!喋ったら殺すから」

「脅しじゃないわ、本気で殺すからね!」と念押しして出て行ったヴィクトリアを見送り、ルロイはそっと呟く。

「悪ふざけでこんなことするか。十年間ずっと好きだったんだぞ。それに身体も最高だなんて、夢かよ…諦められるわけないだろ」

ーーー

まだ快楽が残って疼く身体を引きずって屋敷に戻ったヴィクトリアは、「いかがでしたか?」というアビゲイルとユリアの視線をうるさそうに外す。

「不首尾に終わったみたいね」
「仮面舞踏会の話題は振らないでおきましょう」

そう目で合図した二人は、「お嬢様、ルロイ様が留学からお戻りになったそうですよ」と知らずに爆弾を投下した。

「そっ…そうなの!知らなかったわ。ルロイったら挨拶にも来ないんだから、相変わらず失礼な男よね」
「それが、お嬢様が出られた後にお越しになったのですよ」
「そう…だったの…」
「お嬢様と会えなくて残念そうになさっておいででした」

ユリアがうっとりとした表情でヴィクトリアに話しかける。

「お嬢様もお会いになったら驚かれますわ。おチビちゃんでいたずらっ子だったルロイ様とは別人のようでしたの。背が伸びて男らしくなられて、それはそれはハンサムで。旦那様とも国際情勢や政治など難しいお話をなさっておられましたわ。もうすっかり素敵な紳士ですわよ」

(紳士ですって!?あり得ないわ…ルロイは猛獣よ。そりゃあ確かに、かっこよくなってはいたけれど)

「ええ、本当に。それに王太子殿下の側近なのですって。社交界でもきっと人気が出るでしょうね」とアビゲイルもユリアに同意した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

You Could Be Mine ぱーとに【改訂版】

てらだりょう
恋愛
高身長・イケメン・優しくてあたしを溺愛する彼氏はなんだかんだ優しいだんなさまへ進化。 変態度も進化して一筋縄ではいかない新婚生活は甘く・・・はない! 恋人から夫婦になった尊とあたし、そして未来の家族。あたしたちを待つ未来の家族とはいったい?? You Could Be Mine【改訂版】の第2部です。 ↑後半戦になりますので前半戦からご覧いただけるとよりニヤニヤ出来るので是非どうぞ! ※ぱーといちに引き続き昔の作品のため、現在の状況にそぐわない表現などございますが、設定等そのまま使用しているためご理解の上お読みいただけますと幸いです。

男として王宮に仕えていた私、正体がバレた瞬間、冷酷宰相が豹変して溺愛してきました

春夜夢
恋愛
貧乏伯爵家の令嬢である私は、家を救うために男装して王宮に潜り込んだ。 名を「レオン」と偽り、文官見習いとして働く毎日。 誰よりも厳しく私を鍛えたのは、氷の宰相と呼ばれる男――ジークフリード。 ある日、ひょんなことから女であることがバレてしまった瞬間、 あの冷酷な宰相が……私を押し倒して言った。 「ずっと我慢していた。君が女じゃないと、自分に言い聞かせてきた」 「……もう限界だ」 私は知らなかった。 宰相は、私の正体を“最初から”見抜いていて―― ずっと、ずっと、私を手に入れる機会を待っていたことを。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

5分前契約した没落令嬢は、辺境伯の花嫁暮らしを楽しむうちに大国の皇帝の妻になる

西野歌夏
恋愛
 ロザーラ・アリーシャ・エヴルーは、美しい顔と妖艶な体を誇る没落令嬢であった。お家の窮状は深刻だ。そこに半年前に陛下から連絡があってー  私の本当の人生は大陸を横断して、辺境の伯爵家に嫁ぐところから始まる。ただ、その前に最初の契約について語らなければならない。没落令嬢のロザーラには、秘密があった。陛下との契約の背景には、秘密の契約が存在した。やがて、ロザーラは花嫁となりながらも、大国ジークベインリードハルトの皇帝選抜に巻き込まれ、陰謀と暗号にまみれた旅路を駆け抜けることになる。

愛情に気づかない鈍感な私

はなおくら
恋愛
幼少の頃、まだ5歳にも満たない私たちは政略結婚という形で夫婦になった。初めて顔を合わせた時、嬉し恥ずかしながら笑い合い、私たちは友達になった。大きくなるにつれて、夫婦が友人同士というのにも違和感を覚えた私は、成人を迎えるその日離婚をするつもりでいた。だけど、彼は私の考えを聞いた瞬間豹変した。

百合好き令嬢は王子殿下に愛される ~男に興味はないはずでした~

九條葉月
恋愛
百合好きな令嬢・リリー。彼女は今日も学園に咲く百合模様を観察していた。 彼女は本来『悪役令嬢』であり、第二王子の婚約者となって破滅する運命だったのだが……。幸運にも第二王子の婚約者にはならず、破滅ルートを回避することができていた。今のところは。 平穏な日々を過ごす中、ずっと見守っていた百合が成就し歓喜するリリー。そんな彼女に声を掛けてきたのは第二王子・エドワードであった。 初対面のはずなのになぜか積極的で、『友人』になろうと提案してくるエドワード。そんな彼の様子に何かが変わりだしたと直感するリリーだった。

処理中です...