私、貧乏貴族となんて結婚しないから!

こじまき

文字の大きさ
15 / 19

15 危険でも貧乏でもよかった

しおりを挟む
レナードに贈るチーフに刺繍を施していたヴィクトリアは、目を休めようとふと窓の外を見た。

その瞬間、ベソスガーデンの片隅にパリッとした服装の男性の姿をとらえた。彼女の動きが止まる。

(嘘…あれは…まさか…あの人は…)

相手に気づかれないように、息をひそめて窓のそばに立ち、目を見開いて見つめる。

(間違いないわ)

ヴィクトリアはやりかけの刺繍を放り出し、ドレスの裾をつまんで部屋を飛び出して、階段を駆け下りる。

「お嬢様!?」というアビゲイルとユリアの声が後を追ってくるが、振り返りもしない。リビングにいた伯爵夫妻に「どうした?」と呼び止められても、止まらない。玄関をバタンと開けて外に飛び出す。

ドアの音でヴィクトリアに気づいた男性は、そそくさとその場を離れようとする。

(待って…待って!)

「お父様!」

男性は立ち止まり、ゆっくりとヴィクトリアのほうへ向き直った。

清潔な服装に、白髪頭に、ひげ。すっかり老けてはいるが、元トライシャム伯爵ジェームズその人だ。

「バレてしまったか。久しぶりだね、リア」
「…」

ヴィクトリアはなんといっていいのかわからない。

借金漬けになって失踪し、どこかで野垂れ死にでもしたのだろうと思っていた父が目の前にいる。

あの地獄のような寄宿学校に自分を置いていなくなってしまった父が、ここにいる。

ぎゅっと握った拳がブルブルと震えてくる。

「…い…今まで何を?」
「外国で細々と商売や投資を。それで、運よく、生活に困らないくらいの収入は得られるようになってね。この国へ戻ってこられた。しばらく北部のホリープールにいたんだ」
「どうしてここへ?」
「リアがここにいると知らせてくださった方がいてね。どうしても、リアを一目見たくて。綺麗な大人の女性になったね。お前のお母様にそっくりだよ」

ダービートン伯爵も、ヴィクトリアを追って表へ出てきた。目を丸くしている。

「本当にジェームズなのか?信じられない、生きていたなんて」
「アリステア、リアのこと、心から礼を言う。私の宝物を立派に育ててくれた。こんなに美しい娘になっていたなんて」

「やめてよ、お父様!」とヴィクトリアが大声で叫び、握手していた二人の父はびくりとして彼女を見る。

「宝物だなんて口ばっかり!宝物なら、どうして私を捨てて逃げたの?」
「夜逃げするのにリアを連れていくのは危険だと思ったんだよ。お金もなく、何日も食べないことはざらだったし、動物や山賊に襲われたこともあった。逃げる途中で死ぬかもしれない、危険な旅だった。学校にいれば少なくとも死ぬことはない、と…」
「死ぬより辛かったわ、お父様!そうよ、死ぬより辛かった。私がどんな思いで…」
「リア…」

ヴィクトリアの目から涙が溢れてくる。

「死ぬほど寂しかったのよ!孤独だった。危険でも貧乏でもよかったの。愛する家族と一緒にいたかった。お父様が迎えに来てくれていたら…そばで愛してくれてさえいたら…」

(貧しくてもよかった?…そうよ、貧しくてもよかった。愛する人から捨てられて、一人ぼっちになったことが何より辛かったのよ)

「貧しいのが辛かったんじゃないわ。一人になったことが辛かったの。お父様」

トライシャム伯爵ジェームズは躊躇いがちにヴィクトリアに近づき、涙を流す娘をそっと抱きしめる。

「リア、辛く寂しい思いをさせてすまなかった。愛してるよ、私の天使。どんな償いでもする」
「お父様…」

もう一人の父、ダービートン伯爵アリステアも、ヴィクトリアを抱きしめる。

「ヴィクトリア、やっと自分の本当の気持ちに気づいたね」
「ええ、お父様」

(そう。貧しくてもいいの。愛する人のそばにいたい)

「十年もかかりました」とヴィクトリアは少し笑う。

「今からでも遅くない」
「ええ。公爵邸へ戻ります。レナード様にお話しなくては」

「お嬢様」とアビゲイルとユリアもヴィクトリアの手を握る。

「行ってくるわね」
「ええ、私たちもここで応援しております」
「ありがとう」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

You Could Be Mine ぱーとに【改訂版】

てらだりょう
恋愛
高身長・イケメン・優しくてあたしを溺愛する彼氏はなんだかんだ優しいだんなさまへ進化。 変態度も進化して一筋縄ではいかない新婚生活は甘く・・・はない! 恋人から夫婦になった尊とあたし、そして未来の家族。あたしたちを待つ未来の家族とはいったい?? You Could Be Mine【改訂版】の第2部です。 ↑後半戦になりますので前半戦からご覧いただけるとよりニヤニヤ出来るので是非どうぞ! ※ぱーといちに引き続き昔の作品のため、現在の状況にそぐわない表現などございますが、設定等そのまま使用しているためご理解の上お読みいただけますと幸いです。

男として王宮に仕えていた私、正体がバレた瞬間、冷酷宰相が豹変して溺愛してきました

春夜夢
恋愛
貧乏伯爵家の令嬢である私は、家を救うために男装して王宮に潜り込んだ。 名を「レオン」と偽り、文官見習いとして働く毎日。 誰よりも厳しく私を鍛えたのは、氷の宰相と呼ばれる男――ジークフリード。 ある日、ひょんなことから女であることがバレてしまった瞬間、 あの冷酷な宰相が……私を押し倒して言った。 「ずっと我慢していた。君が女じゃないと、自分に言い聞かせてきた」 「……もう限界だ」 私は知らなかった。 宰相は、私の正体を“最初から”見抜いていて―― ずっと、ずっと、私を手に入れる機会を待っていたことを。

碧眼の小鳥は騎士団長に愛される

狭山雪菜
恋愛
アリカ・シュワルツは、この春社交界デビューを果たした18歳のシュワルツ公爵家の長女だ。 社交会デビューの時に知り合ったユルア・ムーゲル公爵令嬢のお茶会で仮面舞踏会に誘われ、参加する事に決めた。 しかし、そこで会ったのは…? 全編甘々を目指してます。 この作品は「アルファポリス」にも掲載しております。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

5分前契約した没落令嬢は、辺境伯の花嫁暮らしを楽しむうちに大国の皇帝の妻になる

西野歌夏
恋愛
 ロザーラ・アリーシャ・エヴルーは、美しい顔と妖艶な体を誇る没落令嬢であった。お家の窮状は深刻だ。そこに半年前に陛下から連絡があってー  私の本当の人生は大陸を横断して、辺境の伯爵家に嫁ぐところから始まる。ただ、その前に最初の契約について語らなければならない。没落令嬢のロザーラには、秘密があった。陛下との契約の背景には、秘密の契約が存在した。やがて、ロザーラは花嫁となりながらも、大国ジークベインリードハルトの皇帝選抜に巻き込まれ、陰謀と暗号にまみれた旅路を駆け抜けることになる。

愛情に気づかない鈍感な私

はなおくら
恋愛
幼少の頃、まだ5歳にも満たない私たちは政略結婚という形で夫婦になった。初めて顔を合わせた時、嬉し恥ずかしながら笑い合い、私たちは友達になった。大きくなるにつれて、夫婦が友人同士というのにも違和感を覚えた私は、成人を迎えるその日離婚をするつもりでいた。だけど、彼は私の考えを聞いた瞬間豹変した。

処理中です...