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15 危険でも貧乏でもよかった
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レナードに贈るチーフに刺繍を施していたヴィクトリアは、目を休めようとふと窓の外を見た。
その瞬間、ベソスガーデンの片隅にパリッとした服装の男性の姿をとらえた。彼女の動きが止まる。
(嘘…あれは…まさか…あの人は…)
相手に気づかれないように、息をひそめて窓のそばに立ち、目を見開いて見つめる。
(間違いないわ)
ヴィクトリアはやりかけの刺繍を放り出し、ドレスの裾をつまんで部屋を飛び出して、階段を駆け下りる。
「お嬢様!?」というアビゲイルとユリアの声が後を追ってくるが、振り返りもしない。リビングにいた伯爵夫妻に「どうした?」と呼び止められても、止まらない。玄関をバタンと開けて外に飛び出す。
ドアの音でヴィクトリアに気づいた男性は、そそくさとその場を離れようとする。
(待って…待って!)
「お父様!」
男性は立ち止まり、ゆっくりとヴィクトリアのほうへ向き直った。
清潔な服装に、白髪頭に、ひげ。すっかり老けてはいるが、元トライシャム伯爵ジェームズその人だ。
「バレてしまったか。久しぶりだね、リア」
「…」
ヴィクトリアはなんといっていいのかわからない。
借金漬けになって失踪し、どこかで野垂れ死にでもしたのだろうと思っていた父が目の前にいる。
あの地獄のような寄宿学校に自分を置いていなくなってしまった父が、ここにいる。
ぎゅっと握った拳がブルブルと震えてくる。
「…い…今まで何を?」
「外国で細々と商売や投資を。それで、運よく、生活に困らないくらいの収入は得られるようになってね。この国へ戻ってこられた。しばらく北部のホリープールにいたんだ」
「どうしてここへ?」
「リアがここにいると知らせてくださった方がいてね。どうしても、リアを一目見たくて。綺麗な大人の女性になったね。お前のお母様にそっくりだよ」
ダービートン伯爵も、ヴィクトリアを追って表へ出てきた。目を丸くしている。
「本当にジェームズなのか?信じられない、生きていたなんて」
「アリステア、リアのこと、心から礼を言う。私の宝物を立派に育ててくれた。こんなに美しい娘になっていたなんて」
「やめてよ、お父様!」とヴィクトリアが大声で叫び、握手していた二人の父はびくりとして彼女を見る。
「宝物だなんて口ばっかり!宝物なら、どうして私を捨てて逃げたの?」
「夜逃げするのにリアを連れていくのは危険だと思ったんだよ。お金もなく、何日も食べないことはざらだったし、動物や山賊に襲われたこともあった。逃げる途中で死ぬかもしれない、危険な旅だった。学校にいれば少なくとも死ぬことはない、と…」
「死ぬより辛かったわ、お父様!そうよ、死ぬより辛かった。私がどんな思いで…」
「リア…」
ヴィクトリアの目から涙が溢れてくる。
「死ぬほど寂しかったのよ!孤独だった。危険でも貧乏でもよかったの。愛する家族と一緒にいたかった。お父様が迎えに来てくれていたら…そばで愛してくれてさえいたら…」
(貧しくてもよかった?…そうよ、貧しくてもよかった。愛する人から捨てられて、一人ぼっちになったことが何より辛かったのよ)
「貧しいのが辛かったんじゃないわ。一人になったことが辛かったの。お父様」
トライシャム伯爵ジェームズは躊躇いがちにヴィクトリアに近づき、涙を流す娘をそっと抱きしめる。
「リア、辛く寂しい思いをさせてすまなかった。愛してるよ、私の天使。どんな償いでもする」
「お父様…」
もう一人の父、ダービートン伯爵アリステアも、ヴィクトリアを抱きしめる。
「ヴィクトリア、やっと自分の本当の気持ちに気づいたね」
「ええ、お父様」
(そう。貧しくてもいいの。愛する人のそばにいたい)
「十年もかかりました」とヴィクトリアは少し笑う。
「今からでも遅くない」
「ええ。公爵邸へ戻ります。レナード様にお話しなくては」
「お嬢様」とアビゲイルとユリアもヴィクトリアの手を握る。
「行ってくるわね」
「ええ、私たちもここで応援しております」
「ありがとう」
その瞬間、ベソスガーデンの片隅にパリッとした服装の男性の姿をとらえた。彼女の動きが止まる。
(嘘…あれは…まさか…あの人は…)
相手に気づかれないように、息をひそめて窓のそばに立ち、目を見開いて見つめる。
(間違いないわ)
ヴィクトリアはやりかけの刺繍を放り出し、ドレスの裾をつまんで部屋を飛び出して、階段を駆け下りる。
「お嬢様!?」というアビゲイルとユリアの声が後を追ってくるが、振り返りもしない。リビングにいた伯爵夫妻に「どうした?」と呼び止められても、止まらない。玄関をバタンと開けて外に飛び出す。
ドアの音でヴィクトリアに気づいた男性は、そそくさとその場を離れようとする。
(待って…待って!)
「お父様!」
男性は立ち止まり、ゆっくりとヴィクトリアのほうへ向き直った。
清潔な服装に、白髪頭に、ひげ。すっかり老けてはいるが、元トライシャム伯爵ジェームズその人だ。
「バレてしまったか。久しぶりだね、リア」
「…」
ヴィクトリアはなんといっていいのかわからない。
借金漬けになって失踪し、どこかで野垂れ死にでもしたのだろうと思っていた父が目の前にいる。
あの地獄のような寄宿学校に自分を置いていなくなってしまった父が、ここにいる。
ぎゅっと握った拳がブルブルと震えてくる。
「…い…今まで何を?」
「外国で細々と商売や投資を。それで、運よく、生活に困らないくらいの収入は得られるようになってね。この国へ戻ってこられた。しばらく北部のホリープールにいたんだ」
「どうしてここへ?」
「リアがここにいると知らせてくださった方がいてね。どうしても、リアを一目見たくて。綺麗な大人の女性になったね。お前のお母様にそっくりだよ」
ダービートン伯爵も、ヴィクトリアを追って表へ出てきた。目を丸くしている。
「本当にジェームズなのか?信じられない、生きていたなんて」
「アリステア、リアのこと、心から礼を言う。私の宝物を立派に育ててくれた。こんなに美しい娘になっていたなんて」
「やめてよ、お父様!」とヴィクトリアが大声で叫び、握手していた二人の父はびくりとして彼女を見る。
「宝物だなんて口ばっかり!宝物なら、どうして私を捨てて逃げたの?」
「夜逃げするのにリアを連れていくのは危険だと思ったんだよ。お金もなく、何日も食べないことはざらだったし、動物や山賊に襲われたこともあった。逃げる途中で死ぬかもしれない、危険な旅だった。学校にいれば少なくとも死ぬことはない、と…」
「死ぬより辛かったわ、お父様!そうよ、死ぬより辛かった。私がどんな思いで…」
「リア…」
ヴィクトリアの目から涙が溢れてくる。
「死ぬほど寂しかったのよ!孤独だった。危険でも貧乏でもよかったの。愛する家族と一緒にいたかった。お父様が迎えに来てくれていたら…そばで愛してくれてさえいたら…」
(貧しくてもよかった?…そうよ、貧しくてもよかった。愛する人から捨てられて、一人ぼっちになったことが何より辛かったのよ)
「貧しいのが辛かったんじゃないわ。一人になったことが辛かったの。お父様」
トライシャム伯爵ジェームズは躊躇いがちにヴィクトリアに近づき、涙を流す娘をそっと抱きしめる。
「リア、辛く寂しい思いをさせてすまなかった。愛してるよ、私の天使。どんな償いでもする」
「お父様…」
もう一人の父、ダービートン伯爵アリステアも、ヴィクトリアを抱きしめる。
「ヴィクトリア、やっと自分の本当の気持ちに気づいたね」
「ええ、お父様」
(そう。貧しくてもいいの。愛する人のそばにいたい)
「十年もかかりました」とヴィクトリアは少し笑う。
「今からでも遅くない」
「ええ。公爵邸へ戻ります。レナード様にお話しなくては」
「お嬢様」とアビゲイルとユリアもヴィクトリアの手を握る。
「行ってくるわね」
「ええ、私たちもここで応援しております」
「ありがとう」
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