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16 私にとって何より大切なこと
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ゆったりと腰掛けているレナードに、覚悟を決めたヴィクトリアが向き合う。
「レナード様、お願いがあって参りました」
「聞こう」
ヴィクトリアはレナードとの結婚を却下してもらえるよう、こっそりギルバートに頼むことはしなかった。自分で直接レナードに話をつけに行ったのだ。父ジェームズ、そしてアリステアも同席している。
「婚約を破棄したいだって?」
「ええ、レナード様」
「なぜかな」
「私がレナード様を愛していないからです」
「ははは」とレナードは笑う。
「それは承知の上だ。貴族の結婚なんてそんなものだろう。ヴィクトリアも最初からそのつもりで私を選んだのではなかったのかな」
「はい、そうなのですが…そう思っていたのですが…気づいたのです。愛する人のそばにいたいと。それが私にとって何より大切なことでございます」
「どんなお叱りでもお受けいたします」というヴィクトリアを、「我が家といたしましても、公爵のお気のすむよう誠心誠意、出来る限りのお詫びをさせていただきます」とダービートン伯爵も頭を下げる。もちろんジェームズも。
ヴィクトリアの真っ直ぐな目に、「まいったまいった。君のその意志の強い瞳はやはり美しいな。自分のものにできないのが断念だよ」とレナードは頭を掻く。
「ああ…賭けは私の負けだ。大負けだよ」
「賭け?」
「ギルバートから"いつかこうなる"と言われていたんだよ。私もヴィクトリアを妻にできる自信があったので、それなら賭けをしようと提案したんだがね。読みが完全に外れたな」
「レナード様、では、あの…」
「ああ、婚約はなかったことにしよう」
「力ずくでどうにかできないことはないが、中年男が美しい若い娘に固執するほど見苦しいものはない。みんなからそんな目で見られるのはごめんだ」とレナードは肩を竦めた。
公爵の潔い引き際に、ヴィクトリアも二人の父も「さすがだ」と感動すら覚える。
「レナード様、ありがとうございます」
「こちらこそ。君と過ごした時間は楽しかったよ」
「ええ…ええ、私も」
「その言葉を信じてもいいのか…」とレナードは苦笑して、「それにしても、ギルバートに多額の借金ができてしまったよ」と肩を竦めた。
「そのことなら心配ご無用です、公爵」とギルバートが現れた。
「何の条件もなしにヴィクトリアとの婚約を解消していただけるならば、負けは帳消しです」
「ああ、そういうことか。わかったわかった。全て王太子殿下の仰せのままに」
「最後にお尻を叩かせてくれる?」と耳元で笑いながら囁かれてヴィクトリアがたじろいだところで、ギルバートが第三の保護者のように、公爵からヴィクトリアを引き剥がす。
「冗談だよ。心残りだが」
「公爵、本当に冗談だけにしてください。私は親友から彼女が辛い思いをしないようにと頼まれていますので」
公爵邸を出たところで、ギルバートはヴィクトリアに話しかけた。
「ルロイと結婚するのか?」
「彼が許してくれれば、私はそう望んでおります」
「彼もそう望んでいる。二人の結婚式には私も出るよ。けれどまだ先になりそうだな」
「え…?」
「聞いてないのか?ルロイは軍に志願して戦地にいるんだよ」
ヴィクトリアには初耳だった。努めてルロイのことを考えないように、結婚の準備に忙しくしてきたからだ。アリステアもアビゲイルもユリアも、ヴィクトリアに配慮してルロイの話題は出さなかった。
「君が公爵と婚約して、ルロイは最初は領地の開発に没頭して君のことを忘れようとしていた。けれどあいつが本気を出したら、難しい課題でもすぐにクリアしてしまう。ノーフォーク伯爵領の銀鉱山で、まだ掘られていなかった鉱脈を見つけたらしくてね。これでノーフォーク伯爵家はまた上向くだろう」
「さようでございますか」
「ま、それも匿名の大金が届いて借金が片付いたという不思議な事件があって、時間的猶予ができたからこその話だが」
ギルバートは送り主が誰かも、その金がどこから来たのかにも気づいている。左手の薬指をトントンと叩きながら、「不思議な事件」のところを強調した。
ヴィクトリアは、ギルバートがレナードに言った「無条件での婚約解消」とは、婚約指輪やあれやこれやの返却を求めないという意味だったのだと気づいて、「殿下、ありがとうございます」と応えた。
もし返却を求められたら、いくらダービートン伯爵家でもすぐには用意できない額になっていたはずだ。
「うん?何のことかな?それで、ああ、何だっけ?あ、鉱脈が見つかって経済的な問題が解決してしまったので、今度は軍というわけだ。それも、自ら志願して、誰もが避けたがる北へ。ルロイは自暴自棄気味だな」
ルロイがいるのが、今最も危険な北の前線だと聞かされ、ヴィクトリアは小さく汗をかく。
(先日お父様が「北では、将校も何人も戦死している」とおっしゃっていた)
「そう…だったのですか…」
「手紙を書いてやるといい。きっと喜ぶ。喜びすぎて、敵を殲滅して早々に帰ってくるかもな」
青くなって心配そうな顔をしているヴィクトリアに、ギルバートは「ルロイならきっと大丈夫だから」と励ましの言葉をくれる。
「さ、帰ってルロイに手紙を書きなさい」
「何から何まで本当にありがとうございます、殿下」
「いいんだ。私も親友には幸せになってもらいたい」
「こうなると信じていたよ」とギルバートはヴィクトリアを見送った。
ヴィクトリアはギルバートに言われた通りルロイに手紙を書いた。
レナードとの婚約を破棄すること、ルロイを愛していること、そして、許してくれるならルロイと結婚したい、と。
そして封筒に祈りを込めてキスをした。
「レナード様、お願いがあって参りました」
「聞こう」
ヴィクトリアはレナードとの結婚を却下してもらえるよう、こっそりギルバートに頼むことはしなかった。自分で直接レナードに話をつけに行ったのだ。父ジェームズ、そしてアリステアも同席している。
「婚約を破棄したいだって?」
「ええ、レナード様」
「なぜかな」
「私がレナード様を愛していないからです」
「ははは」とレナードは笑う。
「それは承知の上だ。貴族の結婚なんてそんなものだろう。ヴィクトリアも最初からそのつもりで私を選んだのではなかったのかな」
「はい、そうなのですが…そう思っていたのですが…気づいたのです。愛する人のそばにいたいと。それが私にとって何より大切なことでございます」
「どんなお叱りでもお受けいたします」というヴィクトリアを、「我が家といたしましても、公爵のお気のすむよう誠心誠意、出来る限りのお詫びをさせていただきます」とダービートン伯爵も頭を下げる。もちろんジェームズも。
ヴィクトリアの真っ直ぐな目に、「まいったまいった。君のその意志の強い瞳はやはり美しいな。自分のものにできないのが断念だよ」とレナードは頭を掻く。
「ああ…賭けは私の負けだ。大負けだよ」
「賭け?」
「ギルバートから"いつかこうなる"と言われていたんだよ。私もヴィクトリアを妻にできる自信があったので、それなら賭けをしようと提案したんだがね。読みが完全に外れたな」
「レナード様、では、あの…」
「ああ、婚約はなかったことにしよう」
「力ずくでどうにかできないことはないが、中年男が美しい若い娘に固執するほど見苦しいものはない。みんなからそんな目で見られるのはごめんだ」とレナードは肩を竦めた。
公爵の潔い引き際に、ヴィクトリアも二人の父も「さすがだ」と感動すら覚える。
「レナード様、ありがとうございます」
「こちらこそ。君と過ごした時間は楽しかったよ」
「ええ…ええ、私も」
「その言葉を信じてもいいのか…」とレナードは苦笑して、「それにしても、ギルバートに多額の借金ができてしまったよ」と肩を竦めた。
「そのことなら心配ご無用です、公爵」とギルバートが現れた。
「何の条件もなしにヴィクトリアとの婚約を解消していただけるならば、負けは帳消しです」
「ああ、そういうことか。わかったわかった。全て王太子殿下の仰せのままに」
「最後にお尻を叩かせてくれる?」と耳元で笑いながら囁かれてヴィクトリアがたじろいだところで、ギルバートが第三の保護者のように、公爵からヴィクトリアを引き剥がす。
「冗談だよ。心残りだが」
「公爵、本当に冗談だけにしてください。私は親友から彼女が辛い思いをしないようにと頼まれていますので」
公爵邸を出たところで、ギルバートはヴィクトリアに話しかけた。
「ルロイと結婚するのか?」
「彼が許してくれれば、私はそう望んでおります」
「彼もそう望んでいる。二人の結婚式には私も出るよ。けれどまだ先になりそうだな」
「え…?」
「聞いてないのか?ルロイは軍に志願して戦地にいるんだよ」
ヴィクトリアには初耳だった。努めてルロイのことを考えないように、結婚の準備に忙しくしてきたからだ。アリステアもアビゲイルもユリアも、ヴィクトリアに配慮してルロイの話題は出さなかった。
「君が公爵と婚約して、ルロイは最初は領地の開発に没頭して君のことを忘れようとしていた。けれどあいつが本気を出したら、難しい課題でもすぐにクリアしてしまう。ノーフォーク伯爵領の銀鉱山で、まだ掘られていなかった鉱脈を見つけたらしくてね。これでノーフォーク伯爵家はまた上向くだろう」
「さようでございますか」
「ま、それも匿名の大金が届いて借金が片付いたという不思議な事件があって、時間的猶予ができたからこその話だが」
ギルバートは送り主が誰かも、その金がどこから来たのかにも気づいている。左手の薬指をトントンと叩きながら、「不思議な事件」のところを強調した。
ヴィクトリアは、ギルバートがレナードに言った「無条件での婚約解消」とは、婚約指輪やあれやこれやの返却を求めないという意味だったのだと気づいて、「殿下、ありがとうございます」と応えた。
もし返却を求められたら、いくらダービートン伯爵家でもすぐには用意できない額になっていたはずだ。
「うん?何のことかな?それで、ああ、何だっけ?あ、鉱脈が見つかって経済的な問題が解決してしまったので、今度は軍というわけだ。それも、自ら志願して、誰もが避けたがる北へ。ルロイは自暴自棄気味だな」
ルロイがいるのが、今最も危険な北の前線だと聞かされ、ヴィクトリアは小さく汗をかく。
(先日お父様が「北では、将校も何人も戦死している」とおっしゃっていた)
「そう…だったのですか…」
「手紙を書いてやるといい。きっと喜ぶ。喜びすぎて、敵を殲滅して早々に帰ってくるかもな」
青くなって心配そうな顔をしているヴィクトリアに、ギルバートは「ルロイならきっと大丈夫だから」と励ましの言葉をくれる。
「さ、帰ってルロイに手紙を書きなさい」
「何から何まで本当にありがとうございます、殿下」
「いいんだ。私も親友には幸せになってもらいたい」
「こうなると信じていたよ」とギルバートはヴィクトリアを見送った。
ヴィクトリアはギルバートに言われた通りルロイに手紙を書いた。
レナードとの婚約を破棄すること、ルロイを愛していること、そして、許してくれるならルロイと結婚したい、と。
そして封筒に祈りを込めてキスをした。
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