騙してごめん!ド庶民の俺が、お金のために貴族令嬢の恋人役を引き受けたら

こじまき

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ド庶民の俺が、お金のために貴族令嬢の恋人役を引き受けた

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下町の花屋が俺の職場。そして職場に入荷した花を一通りチェックして、どの子にどの花を贈ろうか考えるのが俺の日課。誕生日、記念日、性格、目の色、髪の色、花言葉…すべてを総合的に判断して最適解を見つけていく。花を贈られて喜ばない女の子は、まあいない。花は俺のナンパの相棒だ。

カランカランと店のドアベルが鳴る。

「いらっしゃいませ」

客は身なりのいいじいさん。ここらでは見ない顔だが、どこぞの屋敷の執事か何かだろうか。じいさんは眼鏡の向こうから俺をじろじろ見ていて感じが悪いが、太い客になるかもしれないので、ここは愛想良く。

「何をお探しでしょうか?」

じいさんはぐいっと進み出て、俺の手を握る。

「あなたです。やっと見つけた」

どういうこと?こんなじいさんに運命的な愛の告白をされても、困るだけなんだけど。

困惑する俺に、じいさんは「どうか、どうかアリスお嬢様の恋人になっていただけませんか?」と涙ながらに頭を下げる。

なんでも、じいさん…セドリックさんが仕えているベッドフォード伯爵家のアリスお嬢様は、先日恋人を馬車の事故で亡くした。恋人の馬車は強盗に襲われたようで、崖に落とされて大破した状態で見つかったのだという。しかし遺体は見つかっていないため、お嬢様は彼の帰りを信じて「絶対に彼は帰ってくる」と一日中部屋の中で呟きながら待っているのだとか。

どうしてもお嬢様に元気になってほしいセドリックさんは、死んだ恋人にそっくりな男を見つけ出して、「恋人が生きていた」という嘘の芝居をすることを思いついた。そしてついに見つけたのが、その死人にそっくりだという、俺。

「事故で記憶を失ったふりをして、アリスお嬢様の前に現れてほしいのです。そして恋人のふりをしてください」

素人がちょっと聞いただけで、「死んだ男の家族が怪しむのでは」とか「恋人のふりをしたあと、別れを告げたら今度こそ彼女はどうなるのか」とか、いろいろずさんで危なそうな話ではある。

けれど普通に考えたらおかしな話を、必死で訴えなければならないほど、セドリックさんが追い詰められているということでもある。

セドリックさんは土下座しそうな勢いで頭を下げ、庶民では一生手にできないほどの金貨が入った袋を差し出す。さらに「お嬢様が元気になったら、成功報酬も差し上げます」と言われて、俺はつい花屋に退職届を出してしまった。

ーーー

セドリックさんに案内され、俺はベッドフォード伯爵邸へと足を踏み入れた。アリスお嬢様が四月生まれだと聞いて、アルストロメリアの花束を持参している。

「お嬢様はこの先の部屋にいらっしゃいます。アルバート様が記憶喪失の状態で見つかったということは事前にご報告申し上げておりますので、フィル殿はどうか自然に」

自然にと言われても、「まったく知らない男が記憶喪失になっている状態」の演技をするのに、自然も何もあったものじゃない。むしろ俺は死んだ男…タルボット男爵令息アルバート様のことを何も知らないのだから、そのままでいいのだと思うけれど。

金貨の重みを思い出し、深呼吸し、花束を身体の前に掲げる。

セドリックさんがノックをして、「タルボット男爵令息アルバート様をお連れいたしました」と声をかけ、扉が静かに開く。

白い光が溢れる部屋。カーテンの隙間から差す陽光に照らされて、彼女は立っていた。水色の髪に深い青の目。祈るように組まれている腕はあまりに細くて、透けるように白い。

息が止まった。あまりに儚くて、きれいで。

セドリックさんが何か言ってる。「アルバート様です」とか、「事故で記憶を」だとか。でも俺の耳には入ってこなかった。

「アルバート…なの?生きてたの?」

泣きそうな声に俺ははっとして、うなずく。戻れない一線を越えてしまったんだ。
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