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祟り神の恋
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「今年の桜もきれいだね、ナリヒト」
ミコトは巫女装束で池の周りを箒で掃きながら、池の中に浮かぶ小島に向かって話しかけた。小島の上に建てられた社から、ふうっとひとりの青年が現れる。
白い装束。風に揺れる銀の髪。
この神社に祀られている祟り神、ナリヒト親王。
かつて権力闘争に敗れて無念の死を遂げ、自分を死に追いやった者たちを祟って都に災いをもたらし、ここに祀られた祟り神。
「また春だな」
「うん。そして、明日から私はついに花の女子高生なのだ」
「女子高生?ああ、高校に行くのか」
「そうだよ。学校から帰ってくる時間が遅くなるから、ナリヒトと話せる時間も減るかも。寂しがって祟らないでね?」
ナリヒトは苦笑する。
「この私がミコトに会えないくらいで寂しがるわけがなかろう。何百年もたったひとりで、この小島に縛りつけられてきたのだぞ」
「そうかもしれないけど、ちょっとくらい寂しがってくれてもいいじゃん!冷たいなぁ、ナリヒト親王様は」
ミコトはそう言いながらも、大して気にはしていない様子で、「明日の準備したいから、じゃね」と軽い調子で去っていく。
ナリヒトはふっとため息をついた。
寂しい。
孤独に慣れきったあとに、自分の前に現れたミコト。自分を恐れず、「祟り神」ではなく「ナリヒト」と呼ぶミコト。彼女に出会ったことで、それまでの自分がどれだけ孤独だったのか痛感させられてしまった。
「もうひとりには戻りたくない」
けれど時は止まってくれない。
出会ったときは小学生だったミコトが高校生になっても、ナリヒトは死んだときの姿のまま。いつかミコトは彼を追い越し、死んで去っていく。
そしてナリヒトはまたひとりになる。
「…ひとりには戻りたくない」
孤独しか知らなければ、受け入れていられた。けれど春の光のような彼女のあたたかさと美しさに触れたあとで、どうやって冷たい孤独に耐えられるというのだろう。
彼女がいなくなったあと、この小島に閉じ込められたまま、どうやって過ごせば…
焦燥感が募る。
けれど焦燥感に反比例するように、「高校に入って帰ってくる時間が遅くなる」と言っていた通りに、ミコトがナリヒトと過ごす時間は減っていった。
「ミコト!」
久々に池周りの掃除に現れたミコトを、ナリヒトは思わず大きな声で呼んだ。そして、振り返った彼女の纏う雰囲気が変わったことを知る。
恋。
ミコトが恋を知ったのだ。
「…そうなのかもね」
散っていく桜の中、ほんのり赤い顔でそう笑うミコトは、芽吹いたばかりの花のように初々しく美しかった。
桜の花びらが一枚、静かに彼女の前を横切って、彼女は髪を耳にかけ直す。
その仕草が、彼女が大人への階段を登り始めたことを示していた。
嫌だ。置いていかないでくれ。
そう願った瞬間に、ナリヒトの身体が燃えるように熱くなる。
生きたまま焼かれたときの記憶が蘇る。あのときに感じた怒り、恨み、悲しみ、悔しさもすべて。
身体が熱に溶かされていくのを感じる。
「嫌だ…っ!」
ナリヒトはミコトへ向かう。
しめ縄がパラリと鳥居から落ちる。
「ひとりにしないでくれ…!」
彼女を熱で溶かして飲み込み、永遠に一緒にいたい。
ミコトの身体に触れると、今までに感じたことのない歓喜が、ナリヒトの身体を駆け巡った。
もうひとりじゃない。
「ミコト…」
「なに…?」
「すまない」
「なんで謝るの。ひとつになれて嬉しいんだよ」
ミコトはナリヒトの腕にそっと触れて、彼を見上げる。
「私が好きなのはナリヒトだよ。ナリヒトがもう寂しくないように、永遠に一緒にいる。あなたのいる場所へ連れて行って」
「ミコト…」
二人は口づけを交わしたまま溶け合う。
最後の花びらが散って池に落ちる。けれどもそれは、もう誰の目にも映らなかった。そこには静寂だけが残っていた。
ミコトは巫女装束で池の周りを箒で掃きながら、池の中に浮かぶ小島に向かって話しかけた。小島の上に建てられた社から、ふうっとひとりの青年が現れる。
白い装束。風に揺れる銀の髪。
この神社に祀られている祟り神、ナリヒト親王。
かつて権力闘争に敗れて無念の死を遂げ、自分を死に追いやった者たちを祟って都に災いをもたらし、ここに祀られた祟り神。
「また春だな」
「うん。そして、明日から私はついに花の女子高生なのだ」
「女子高生?ああ、高校に行くのか」
「そうだよ。学校から帰ってくる時間が遅くなるから、ナリヒトと話せる時間も減るかも。寂しがって祟らないでね?」
ナリヒトは苦笑する。
「この私がミコトに会えないくらいで寂しがるわけがなかろう。何百年もたったひとりで、この小島に縛りつけられてきたのだぞ」
「そうかもしれないけど、ちょっとくらい寂しがってくれてもいいじゃん!冷たいなぁ、ナリヒト親王様は」
ミコトはそう言いながらも、大して気にはしていない様子で、「明日の準備したいから、じゃね」と軽い調子で去っていく。
ナリヒトはふっとため息をついた。
寂しい。
孤独に慣れきったあとに、自分の前に現れたミコト。自分を恐れず、「祟り神」ではなく「ナリヒト」と呼ぶミコト。彼女に出会ったことで、それまでの自分がどれだけ孤独だったのか痛感させられてしまった。
「もうひとりには戻りたくない」
けれど時は止まってくれない。
出会ったときは小学生だったミコトが高校生になっても、ナリヒトは死んだときの姿のまま。いつかミコトは彼を追い越し、死んで去っていく。
そしてナリヒトはまたひとりになる。
「…ひとりには戻りたくない」
孤独しか知らなければ、受け入れていられた。けれど春の光のような彼女のあたたかさと美しさに触れたあとで、どうやって冷たい孤独に耐えられるというのだろう。
彼女がいなくなったあと、この小島に閉じ込められたまま、どうやって過ごせば…
焦燥感が募る。
けれど焦燥感に反比例するように、「高校に入って帰ってくる時間が遅くなる」と言っていた通りに、ミコトがナリヒトと過ごす時間は減っていった。
「ミコト!」
久々に池周りの掃除に現れたミコトを、ナリヒトは思わず大きな声で呼んだ。そして、振り返った彼女の纏う雰囲気が変わったことを知る。
恋。
ミコトが恋を知ったのだ。
「…そうなのかもね」
散っていく桜の中、ほんのり赤い顔でそう笑うミコトは、芽吹いたばかりの花のように初々しく美しかった。
桜の花びらが一枚、静かに彼女の前を横切って、彼女は髪を耳にかけ直す。
その仕草が、彼女が大人への階段を登り始めたことを示していた。
嫌だ。置いていかないでくれ。
そう願った瞬間に、ナリヒトの身体が燃えるように熱くなる。
生きたまま焼かれたときの記憶が蘇る。あのときに感じた怒り、恨み、悲しみ、悔しさもすべて。
身体が熱に溶かされていくのを感じる。
「嫌だ…っ!」
ナリヒトはミコトへ向かう。
しめ縄がパラリと鳥居から落ちる。
「ひとりにしないでくれ…!」
彼女を熱で溶かして飲み込み、永遠に一緒にいたい。
ミコトの身体に触れると、今までに感じたことのない歓喜が、ナリヒトの身体を駆け巡った。
もうひとりじゃない。
「ミコト…」
「なに…?」
「すまない」
「なんで謝るの。ひとつになれて嬉しいんだよ」
ミコトはナリヒトの腕にそっと触れて、彼を見上げる。
「私が好きなのはナリヒトだよ。ナリヒトがもう寂しくないように、永遠に一緒にいる。あなたのいる場所へ連れて行って」
「ミコト…」
二人は口づけを交わしたまま溶け合う。
最後の花びらが散って池に落ちる。けれどもそれは、もう誰の目にも映らなかった。そこには静寂だけが残っていた。
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