2 / 84
2 第一村人に名前を奪われました
しおりを挟む
ぐううっとお腹が鳴る。とりあえず何か食べなくてはいけないけど、ここにはおそらくりんごしかない。小屋の外に立てかけてあった脚立を果樹園まで運び、りんごをもいでその場で食べる。新鮮なりんご、美味しい。美味しいけれども!!
りんごを頬張りつつ拳を握りしめて震え、創造神への怒りを新たにしていると、「おや、お嬢さん」と脚立の下で声がした。見下ろすと、白髪のおばあさんが一人。彼女が第一村人である。
「あの小屋に越してくると言っていた、クラウスおんじの姪御さんかね?どこだったか別の領地から来た…」
そういえばマニュアルに付け足しのように書いてあった。私は先月亡くなったクラウスおんじの姪で、名前はサチ、独身で年齢は二十四歳だと。名前と年齢は死んだときと同じ設定で維持されている。そこは希望通りなんだよね。むしろそこは変わってくれてもよかったんだけど。優先順位低いよ?
「そうです、はじめまして。名前はサチです」
「ん?サッティ?」
「サ・チ!」
「サミィ?」
「サー、チー!!」
「ああ、サティかい。耳が遠いもんでごめんねぇ」
「…ううん、大丈夫ですよ」
もうサティでいい。昔そんな商業施設があったような。もはや名前も変わってしまったけど、サッチーとかスッチーとかサッチャーじゃないだけマシだと思わなきゃやっていけない。これで今のところちゃんと反映されている希望条件は、おそらくこの異世界の独身女には足かせにしかならない「二十四歳」という年齢だけ。
「このあたりは年寄りばかりだから、若い人が来てくれて嬉しいよ。若い連中は男も女も、みんな王都やカウンティタウン(伯爵領の中心都市)で出稼ぎだからねぇ」
「そうなんですね」
「ああそうさ。あんたは独り身だと聞いてるが、この辺には若い男なんぞ残っとらんよ?ここにいたら結婚が遠のくが、本当にいいのかい?」
「…」
良くない!全然良くない!!優しい旦那様と子だくさん…!!優しい旦那様と子だくさんなのよ、私が一番実現したかった条件は。本当に創造神を恨むしかない。
名前が変わり、第一村人との会話に打ちのめされた私を待っていたのは、第一村人おばあちゃんの夫である第二村人おじいちゃんからの、「このあたりのりんごは、もう明日明後日くらいで全部収穫しないと、終わっちまうぞ」という一言だった。
美味しいりんごを無駄にはできない。しかし収穫作業は大変だ。私はチートのはずだから「りんごが全部もげて、きれいにかごに入れ!」と念じてみたけど、何も起こらない。格闘漫画の主人公が必殺技を放つような姿勢でりんごの木に向けて腕を伸ばして動かない私。数秒後におじいちゃんが「何してる?」と聞き、私は真っ赤になりながら諦めた。
これで「チート」も反映されていないことが発覚した。もはや私が見たあの人が本当に創造神だったのかすら、怪しくなってくる。
私は翌日もその翌日も、必死に手動でりんごをもいでカゴにつめていく。なぜこんなことに。チートじゃなかったのか。いやそもそも、異世界に来てまでなぜこんな必死に働いている。異世界転生と言えば「高位貴族の悪役令嬢」「誰かの妃」「聖女」あたりが相場で、汗水たらして労働するなんて見たことない。なぜ私はこんな田舎でりんごを収穫せにゃならんのだ。
でもおじいちゃんは収穫を手伝ってくれて、「りんごだけでは力が出ないだろう」とおばあちゃんがご飯をご馳走してくれる。野菜と自家製ベーコンのスープがすごく美味しくて、温かくて、安心できて、涙が出そうになる。そんな私の様子を見て、なぜかおばあちゃんもおじいちゃんも目に涙を溜めている。
「病気で亡くなった孫娘に似ていてねぇ」
お返しに私は、二人の洗濯や掃除を手伝う。
「高いところの掃除とかは危ないから、やりたいときはいつでも呼んでくださいね」
「こんなによくしてくれて、ありがとねぇ、ありがとねぇ」
「おばあちゃんだっておじいちゃんだって、私によくしてくれたじゃないですか。ご近所さんなんだから、助け合いましょ」
何度もお礼を言ってくれるおばあちゃんとおじいちゃんにようやくバイバイして小屋に戻ったら、小屋の中がまぶしすぎるくらいの光に満ちていた。この光は知ってる。創造神さんだ。
「サチさん、ここは不満?不満なら別の世界に移してあげるよ」
ねえ、第一村人と第二村人ともう関わっちゃって御馳走にもなっちゃって、「ご近所さんなんだから、助け合いましょ」とか言っちゃって、「死んだ孫に似てる」とか言われちゃったあとに、その質問はずるくない?
「ここでいいです」
「そか。気に入ってもらえてよかった。君ならここで上手くやっていけると思ったんだ」
「あ、待って!私のチート能力は…」
その瞬間、創造神さんはニコッと笑い、光はスッと消えた。私の質問は山と森を駆け抜ける風にかき消されてしまった。
りんごを頬張りつつ拳を握りしめて震え、創造神への怒りを新たにしていると、「おや、お嬢さん」と脚立の下で声がした。見下ろすと、白髪のおばあさんが一人。彼女が第一村人である。
「あの小屋に越してくると言っていた、クラウスおんじの姪御さんかね?どこだったか別の領地から来た…」
そういえばマニュアルに付け足しのように書いてあった。私は先月亡くなったクラウスおんじの姪で、名前はサチ、独身で年齢は二十四歳だと。名前と年齢は死んだときと同じ設定で維持されている。そこは希望通りなんだよね。むしろそこは変わってくれてもよかったんだけど。優先順位低いよ?
「そうです、はじめまして。名前はサチです」
「ん?サッティ?」
「サ・チ!」
「サミィ?」
「サー、チー!!」
「ああ、サティかい。耳が遠いもんでごめんねぇ」
「…ううん、大丈夫ですよ」
もうサティでいい。昔そんな商業施設があったような。もはや名前も変わってしまったけど、サッチーとかスッチーとかサッチャーじゃないだけマシだと思わなきゃやっていけない。これで今のところちゃんと反映されている希望条件は、おそらくこの異世界の独身女には足かせにしかならない「二十四歳」という年齢だけ。
「このあたりは年寄りばかりだから、若い人が来てくれて嬉しいよ。若い連中は男も女も、みんな王都やカウンティタウン(伯爵領の中心都市)で出稼ぎだからねぇ」
「そうなんですね」
「ああそうさ。あんたは独り身だと聞いてるが、この辺には若い男なんぞ残っとらんよ?ここにいたら結婚が遠のくが、本当にいいのかい?」
「…」
良くない!全然良くない!!優しい旦那様と子だくさん…!!優しい旦那様と子だくさんなのよ、私が一番実現したかった条件は。本当に創造神を恨むしかない。
名前が変わり、第一村人との会話に打ちのめされた私を待っていたのは、第一村人おばあちゃんの夫である第二村人おじいちゃんからの、「このあたりのりんごは、もう明日明後日くらいで全部収穫しないと、終わっちまうぞ」という一言だった。
美味しいりんごを無駄にはできない。しかし収穫作業は大変だ。私はチートのはずだから「りんごが全部もげて、きれいにかごに入れ!」と念じてみたけど、何も起こらない。格闘漫画の主人公が必殺技を放つような姿勢でりんごの木に向けて腕を伸ばして動かない私。数秒後におじいちゃんが「何してる?」と聞き、私は真っ赤になりながら諦めた。
これで「チート」も反映されていないことが発覚した。もはや私が見たあの人が本当に創造神だったのかすら、怪しくなってくる。
私は翌日もその翌日も、必死に手動でりんごをもいでカゴにつめていく。なぜこんなことに。チートじゃなかったのか。いやそもそも、異世界に来てまでなぜこんな必死に働いている。異世界転生と言えば「高位貴族の悪役令嬢」「誰かの妃」「聖女」あたりが相場で、汗水たらして労働するなんて見たことない。なぜ私はこんな田舎でりんごを収穫せにゃならんのだ。
でもおじいちゃんは収穫を手伝ってくれて、「りんごだけでは力が出ないだろう」とおばあちゃんがご飯をご馳走してくれる。野菜と自家製ベーコンのスープがすごく美味しくて、温かくて、安心できて、涙が出そうになる。そんな私の様子を見て、なぜかおばあちゃんもおじいちゃんも目に涙を溜めている。
「病気で亡くなった孫娘に似ていてねぇ」
お返しに私は、二人の洗濯や掃除を手伝う。
「高いところの掃除とかは危ないから、やりたいときはいつでも呼んでくださいね」
「こんなによくしてくれて、ありがとねぇ、ありがとねぇ」
「おばあちゃんだっておじいちゃんだって、私によくしてくれたじゃないですか。ご近所さんなんだから、助け合いましょ」
何度もお礼を言ってくれるおばあちゃんとおじいちゃんにようやくバイバイして小屋に戻ったら、小屋の中がまぶしすぎるくらいの光に満ちていた。この光は知ってる。創造神さんだ。
「サチさん、ここは不満?不満なら別の世界に移してあげるよ」
ねえ、第一村人と第二村人ともう関わっちゃって御馳走にもなっちゃって、「ご近所さんなんだから、助け合いましょ」とか言っちゃって、「死んだ孫に似てる」とか言われちゃったあとに、その質問はずるくない?
「ここでいいです」
「そか。気に入ってもらえてよかった。君ならここで上手くやっていけると思ったんだ」
「あ、待って!私のチート能力は…」
その瞬間、創造神さんはニコッと笑い、光はスッと消えた。私の質問は山と森を駆け抜ける風にかき消されてしまった。
217
あなたにおすすめの小説
追放された地味探索者、実は隠された伝説級スキルの持ち主でした~気付いたら無自覚に最強ハーレムを築いていた件~
fuwamofu
ファンタジー
地味で目立たない探索者アレンは、仲間に「足手まとい」と罵られパーティを追放された。だが実は彼のスキル【探索眼】は、古代英雄の力を見抜く唯一の能力だった!
鉱山の奥で偶然出会った少女を救ったことから、運命が動き出す。
魔王軍、古代遺跡、神々の争い——すべての鍵を握るのは「ただの探索者」だった男。彼は気付かぬうちに、世界を救い、そして多くの少女たちの心をつかんでいく。
地味だけど最強、無自覚だけどモテまくり。これは世界を変えた謙虚な英雄の物語である。
異世界ママ、今日も元気に無双中!
チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。
ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!?
目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流!
「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」
おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘!
魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!
【完結】そして異世界の迷い子は、浄化の聖女となりまして。
和島逆
ファンタジー
七年前、私は異世界に転移した。
黒髪黒眼が忌避されるという、日本人にはなんとも生きにくいこの世界。
私の願いはただひとつ。目立たず、騒がず、ひっそり平和に暮らすこと!
薬師助手として過ごした静かな日々は、ある日突然終わりを告げてしまう。
そうして私は自分の居場所を探すため、ちょっぴり残念なイケメンと旅に出る。
目指すは平和で平凡なハッピーライフ!
連れのイケメンをしばいたり、トラブルに巻き込まれたりと忙しい毎日だけれど。
この異世界で笑って生きるため、今日も私は奮闘します。
*他サイトでの初投稿作品を改稿したものです。
【本編完結】転生令嬢は自覚なしに無双する
ベル
ファンタジー
ふと目を開けると、私は7歳くらいの女の子の姿になっていた。
きらびやかな装飾が施された部屋に、ふかふかのベット。忠実な使用人に溺愛する両親と兄。
私は戸惑いながら鏡に映る顔に驚愕することになる。
この顔って、マルスティア伯爵令嬢の幼少期じゃない?
私さっきまで確か映画館にいたはずなんだけど、どうして見ていた映画の中の脇役になってしまっているの?!
映画化された漫画の物語の中に転生してしまった女の子が、実はとてつもない魔力を隠し持った裏ボスキャラであることを自覚しないまま、どんどん怪物を倒して無双していくお話。
設定はゆるいです
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
溺愛少女、実はチートでした〜愛されすぎて大忙しです?〜
あいみ
ファンタジー
亡き祖父母との約束を守るため、月影優里は誰にでも平等で優しかった。
困っている人がいればすぐに駆け付ける。
人が良すぎると周りからはよく怒られていた。
「人に優しくすれば自分も相手も、優しい気持ちになるでしょ?」
それは口癖。
最初こそ約束を守るためだったが、いつしか誰かのために何かをすることが大好きになっていく。
偽善でいい。他人にどう思われようと、ひ弱で非力な自分が手を差し出すことで一人でも多くの人が救われるのなら。
両親を亡くして邪魔者扱いされながらも親戚中をタライ回しに合っていた自分を、住みなれた田舎から出てきて引き取り育ててくれた祖父祖母のように。
優しく手を差し伸べられる存在になりたい。
変わらない生き方をして二十六歳を迎えた誕生日。
目の前で車に撥ねられそうな子供を庇い優はこの世を去った。
そのはずだった。
不思議なことに目が覚めると、埃まみれの床に倒れる幼女に転生していて……?
人や魔物。みんなに愛される幼女ライフが今、幕を開ける。
異世界転生日録〜生活魔法は無限大!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
☆感想の受付開始しました。
【あらすじ】
異世界に転生したルイは、5歳の高熱を境に、記憶を取り戻す。一度は言ってみたい「ステータス・オープン」で、ステータスを見れることに気付いた。スキル「生活魔法∞(無限大)」を発見。その意味を知るルイは、仄かに期待を抱いた。
それと同時に、今世の出自である農家の四男は、長男大事な両親の態度に、未来はないと確信。
家族に隠れて、ステータスにあったスキルの一つ「鑑定」を使い、村のお婆(薬師)相手に、金策を開始。
十歳の時に行われたスキル鑑定の結果を父に伝えたが、農家向きのスキルではなかったルイは「家の役には立たない」と判断され、早々に家を追い出される。
だが、追放ありがとう!とばかりに、生活魔法を知るべく、図書館がある街を目指すことにしたルイ。
最初に訪れた街・ゼントで、冒険者登録を済ませる。だがそのギルドの資料室で、前世の文字である漢字が、この世界の魔法文字だという事実を知ることになる。
この世界の魔法文字を試したルイは、魔法文字の奥深さに気づいてしまった。バレないように慎重に……と行動しているつもりのルイだが、そんな彼に奇妙な称号が増えて行く。
そして、冒険者ギルドのギルドマスターや、魔法具師のバレンと共に過ごすうちに、バレンのお師匠様の危機を知る。
そして彼に会いにいくことになったが、その目的地が、図書館がある魔法都市アルティメットだった。
旅の道中もさることながら、魔法都市についても、色々な人に巻き込まれる運命にあるルイだったが……それを知るのは、まだ先である。
☆見切り発車のため、後日変更・追記する場合があります。体調が不安定のため、かける時に書くスタイルです。不定期更新。
☆カクヨム様(吉野 ひな)でも先行投稿しております。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる