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本当の私
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フィリップ様は死んだ。私を守って。
キンバリーも死んだ。あの場に駆け付けた王都の警備兵に斬られて。斬ったのは警備兵だけど、彼女を壊してしまったのは私だ。
「彼らは自業自得だ」と誰に何度言われても、目を閉じたら、血に染まった石畳が浮かんでくる。あの光景を作り出したのは私だ。
二人の死を悼んで何の飾りもない黒い服を着ると、黒が赤を覆い隠して、心が少しだけ落ち着く気がした。
また「哀悼のモード」だとか「アイリス式ミニマリズム」だとか、黒いドレスや黒い帽子が大流行し始めたけど、もう金輪際流行を提供するつもりはない。
私はもう、自分を偽るために服を着ることはないだろうから。
「奥様」
ローレンスの声。いつも通り無表情で、姿勢も寸分の狂いがない。けれど目はほんの少しだけ寂しそうだ。彼の目の色を読むことにも慣れてしまった。
「もう奥様じゃないわ」
フィリップ様との間に子どものいない私は、今日、シンクレア伯爵家に戻る。
「短い間だったけれど世話になったわね、ローレンス」
「また誰かと…」
「ん?」
「また誰かと結婚されるのですか」
「父次第だけど、そうなるでしょうね。シンクレア伯爵家は困窮しているから、誰か…フィリップ様と同じような、血統だけ欲しいお金持ちと結婚することになると思うわ」
けれど次は再婚だもの。相手も再婚の、もしかしたらおじいさんかもしれない。
ローレンスは苦しそうな顔をした。そんな顔をしないでほしい。いつだって変わらない、あなたの無表情が好きだから。
「心配しないで。また夫ガチャに失敗するかもしれないけど、今度はもう少しましな逃げ方を考えるから」
「そうではなくて…」
ローレンスは私の手を握る。そっと握っているようでいて、抜こうと思っても抜けない。彼の手が温かくて、本気で抜く気になれないから、かもしれないけれど。
彼の気持ちが伝わってくる。泣きたくなる。
いつからだろう。もうわからないけれど、私も同じ気持ちよ。
「ローレンス、私…」
私は彼の手をちょっと引っ張る。ローレンスが屈んで、私たちの唇が触れた。
「迎えに行きます。待っていてもらえませんか」
ーーー
あれから三年が経った。私はまだシンクレア伯爵邸にいた。王都のアイリス風ブームもすっかり落ち着き、私は「あの人は今どこにいてなにしてるの」状態で、王妃様のお茶会に呼ばれることもなくなった。
そして今日、ずっとずっと待っていた馬車が伯爵邸の馬車寄せについて、私は階段を駆け下りたい気持ちをどうにか抑えて、下へ降りる。
昔と変わらぬ無表情。目だけが、ほんの少し柔らかく笑っている。
「ローレンス」
「迎えに来ました。私の奥様」
ローレンスはフィリップ様が残してくれたお金をもとに事業を始めて成功させ、フィリップ様の死後空席になっていたハミルトン男爵位を賜り、私にプロポーズした。
あらためてなぜ私みたいな女のことを好きになったのか聞いたら、彼は少し考えて「一目惚れかもしれません」と答えた。
「フィリップ様とキンバリーに蔑ろにされても、負けない…そう決意したときの表情があまりにきれいで」
私は安堵と喜びが混じった気持ちで、彼が差し出した手を取る。彼は本当の私を見て、好きになってくれたのだと思って。
「二人して、念願の領地送りになりましょう」
「そうね」
黒い服を脱ぎ捨てて、久しぶりに袖を通した大好きな薄いピンクのドレス。その裾を、春の光がやわらかく照らしていた。
キンバリーも死んだ。あの場に駆け付けた王都の警備兵に斬られて。斬ったのは警備兵だけど、彼女を壊してしまったのは私だ。
「彼らは自業自得だ」と誰に何度言われても、目を閉じたら、血に染まった石畳が浮かんでくる。あの光景を作り出したのは私だ。
二人の死を悼んで何の飾りもない黒い服を着ると、黒が赤を覆い隠して、心が少しだけ落ち着く気がした。
また「哀悼のモード」だとか「アイリス式ミニマリズム」だとか、黒いドレスや黒い帽子が大流行し始めたけど、もう金輪際流行を提供するつもりはない。
私はもう、自分を偽るために服を着ることはないだろうから。
「奥様」
ローレンスの声。いつも通り無表情で、姿勢も寸分の狂いがない。けれど目はほんの少しだけ寂しそうだ。彼の目の色を読むことにも慣れてしまった。
「もう奥様じゃないわ」
フィリップ様との間に子どものいない私は、今日、シンクレア伯爵家に戻る。
「短い間だったけれど世話になったわね、ローレンス」
「また誰かと…」
「ん?」
「また誰かと結婚されるのですか」
「父次第だけど、そうなるでしょうね。シンクレア伯爵家は困窮しているから、誰か…フィリップ様と同じような、血統だけ欲しいお金持ちと結婚することになると思うわ」
けれど次は再婚だもの。相手も再婚の、もしかしたらおじいさんかもしれない。
ローレンスは苦しそうな顔をした。そんな顔をしないでほしい。いつだって変わらない、あなたの無表情が好きだから。
「心配しないで。また夫ガチャに失敗するかもしれないけど、今度はもう少しましな逃げ方を考えるから」
「そうではなくて…」
ローレンスは私の手を握る。そっと握っているようでいて、抜こうと思っても抜けない。彼の手が温かくて、本気で抜く気になれないから、かもしれないけれど。
彼の気持ちが伝わってくる。泣きたくなる。
いつからだろう。もうわからないけれど、私も同じ気持ちよ。
「ローレンス、私…」
私は彼の手をちょっと引っ張る。ローレンスが屈んで、私たちの唇が触れた。
「迎えに行きます。待っていてもらえませんか」
ーーー
あれから三年が経った。私はまだシンクレア伯爵邸にいた。王都のアイリス風ブームもすっかり落ち着き、私は「あの人は今どこにいてなにしてるの」状態で、王妃様のお茶会に呼ばれることもなくなった。
そして今日、ずっとずっと待っていた馬車が伯爵邸の馬車寄せについて、私は階段を駆け下りたい気持ちをどうにか抑えて、下へ降りる。
昔と変わらぬ無表情。目だけが、ほんの少し柔らかく笑っている。
「ローレンス」
「迎えに来ました。私の奥様」
ローレンスはフィリップ様が残してくれたお金をもとに事業を始めて成功させ、フィリップ様の死後空席になっていたハミルトン男爵位を賜り、私にプロポーズした。
あらためてなぜ私みたいな女のことを好きになったのか聞いたら、彼は少し考えて「一目惚れかもしれません」と答えた。
「フィリップ様とキンバリーに蔑ろにされても、負けない…そう決意したときの表情があまりにきれいで」
私は安堵と喜びが混じった気持ちで、彼が差し出した手を取る。彼は本当の私を見て、好きになってくれたのだと思って。
「二人して、念願の領地送りになりましょう」
「そうね」
黒い服を脱ぎ捨てて、久しぶりに袖を通した大好きな薄いピンクのドレス。その裾を、春の光がやわらかく照らしていた。
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