破壊のオデット

真義あさひ

文字の大きさ
21 / 53

消耗しない人生を〜グレイシア・パーフェクト・ショコラ・パルフェをいただきながら〜

しおりを挟む
 生徒会長のウェイザー公爵令嬢グリンダは、オデットと仲良くなってから放課後、王都の高級チョコレートで有名なガスター菓子店のカフェへ彼女を連れて行った。
 オデットは知らなかったようだが、ここアケロニア王国の王族は代々、ガスター菓子店のショコラの熱烈なファンなのである。

 百年前、オデットが奴隷商に誘拐されたのは、今と同じ学園の1年生のとき、まだ1学期の頃だ。
 場の勢いで髪やら唇やらに口づける仲にはなっても、これから互いの詳しい趣味嗜好を知ってもっと親しくなっていこうという矢先にオデットが行方不明になってしまったのだ。

「『オデットとこのショコラを食したかった』という当時の王姉殿下の溜め息と呟きの記録が残っておりますの。あなたが生き返ったと知ったときから、いつかここに連れてきて差し上げたいと思ってましたのよ」

 グリンダの語るかつての王女殿下の言葉に、オデットは泣きそうになった。
 自分は愛されていた。もう逢えないけれど、その事実だけで自分はこれからも生きていける。



 泣きたい理由はもうひとつあった。

「学園で暴れた罰だと言って、お小遣いを減らされてしまったの。横暴だわ」

 カフェには、当時よくお忍びで通っていたという、現女王と同じ名を持つ王姉殿下の名前を冠した『グレイシア・パーフェクトショコラ・パルフェ』なる高価なパフェがあった。
 お値段はまさかの小金貨1枚(約1万円)。
 今、オデットの財布の中には小銀貨3枚(約3千円)と少し。足りない。

「あの野郎ども。覚えてるといいのだわ」

 そのうち家を追い出してやろうかしら、などと物騒なことをオデットが呟いている。

 現当主のヨシュアとその叔父ルシウスは、オデットに甘いだけの男たちではなかった。
 しっかりお仕置きもしてくるからたちが悪い。



 そんな彼女がメニューのラインナップと値段を難しい顔をして凝視する様子を眺めながら、ふとグリンダはさりげなく自分の悩みを打ち明けた。

「あのね。わたくしには婚約者がいるのだけど」
「へえ。恋人かしら?」
「……いいえ。政略の婚約よ。他国の王族の方なの。家とこの国のためにね、子供の頃から。でも遊び相手が何人もいて、不貞の噂ばっかり聞くの」
「へえ」

 オデットの銀色の花咲く湖面の水色の瞳は、メニューから離れない。気のない相槌だ。

「学園を卒業したら結婚なの。でもそんな方と上手くやっていけるかなって、悩んでて」

 オデットがメニューから顔を上げた。
 その形の良い眉をしかめて、


「あなた、男なんかで消耗してるの?」


 言うだけ言って、またメニューに視線を落とした。
 グリンダは心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受けた。
 その心臓が壊れそうなほどバクバクと鼓動が早鐘を打ちだす。

 深呼吸してからグリンダは店員を目で呼び、そのまま小金貨1枚する『グレイシア・パーフェクトショコラ・パルフェ』と紅茶を二人分、注文した。

「もう。言ってるじゃない、私それ払うお金持ってないって」
「いいのよ。あなたの今の言葉、胸に響いたから。今日はご馳走させて」

 実際は響いたなんてものではない。
 むしろヒビが入って壊れたぐらいのインパクトがあった。

 きっとオデットは、女性で悩んでいる男性がいたら今の感じで「女なんかで消耗してるの?」と言うだろうし、家族関係で悩む者には「家族なんかで消耗してるの?」、職場の人間関係で悩む者には「上司のことなんかで消耗してるの?」と同様に言うに違いない。

 今までグリンダを心配してくれる者はいたが、そんなことをハッキリ言ってくれた人間はいなかった。

 しかも、このオデットは百年前の女性だ。
 今はかなりマシになっているが、このアケロニア王国も昔は相当に男尊女卑で女性の立場も弱かったと聞いている。

(百年前、オデットを知った王女殿下には、さぞや彼女が眩しく見えたことでしょうね)



「こ、これがグレイシア様も食べたショコラパルフェ……!」

 その麗しの瞳をキラキラと輝かせて、やってきた花瓶サイズで金箔が振りかけられた大型パフェを一口一口、オデットが味わいながら食している。

「ふふ。オデット、私もあなたが好きになりましたわ」



 後日、ウェイザー公爵令嬢グリンダは、婚約者の国で催された自分たちの婚約披露パーティーに参加した際、相手の浮気相手から悪役令嬢と謗られて断罪されかけた。

 だが、心の中のダイヤモンドのメイスを肩にかけるオデットの笑顔に励まされて、華麗に相手を叩きのめし断罪し返して、無事に婚約破棄することができた。

 きっちり相手から多額の慰謝料をもぎ取ったところは、オデットより上手だったぐらいだ。



 後に、オデットは侯爵に陞爵したリースト侯爵家を継いで女侯爵となり、グリンダは実家の公爵家を出て、リースト女侯爵オデットの腹心として彼女の家に就職した。

 ふたりはたいそう仲が良く、秘密の愛人関係にあるのではないかと社交会で噂されるようになるのだが、真相は彼女たちしか知らない。


しおりを挟む
感想 39

あなたにおすすめの小説

『めでたしめでたし』の、その後で

ゆきな
恋愛
シャロン・ブーケ伯爵令嬢は社交界デビューの際、ブレント王子に見初められた。 手にキスをされ、一晩中彼とダンスを楽しんだシャロンは、すっかり有頂天だった。 まるで、おとぎ話のお姫様になったような気分だったのである。 しかし、踊り疲れた彼女がブレント王子に導かれるままにやって来たのは、彼の寝室だった。 ブレント王子はお気に入りの娘を見つけるとベッドに誘い込み、飽きたら多額の持参金をもたせて、適当な男の元へと嫁がせることを繰り返していたのだ。 そんなこととは知らなかったシャロンは恐怖のあまり固まってしまったものの、なんとか彼の手を振り切って逃げ帰ってくる。 しかし彼女を迎えた継母と異母妹の態度は冷たかった。 継母はブレント王子の悪癖を知りつつ、持参金目当てにシャロンを王子の元へと送り出していたのである。 それなのに何故逃げ帰ってきたのかと、継母はシャロンを責めた上、役立たずと罵って、その日から彼女を使用人同然にこき使うようになった。 シャロンはそんな苦境の中でも挫けることなく、耐えていた。 そんなある日、ようやくシャロンを愛してくれる青年、スタンリー・クーパー伯爵と出会う。 彼女はスタンリーを心の支えに、辛い毎日を懸命に生きたが、異母妹はシャロンの幸せを許さなかった。 彼女は、どうにかして2人の仲を引き裂こうと企んでいた。 2人の間の障害はそればかりではなかった。 なんとブレント王子は、いまだにシャロンを諦めていなかったのだ。 彼女の身も心も手に入れたい欲求にかられたブレント王子は、彼女を力づくで自分のものにしようと企んでいたのである。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています

鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。 けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。 指示を出さない。 判断を奪わない。 必要以上に関わらない。 「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。 それなのに―― いつの間にか屋敷は落ち着き、 使用人たちは迷わなくなり、 人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。 誰かに依存しない。 誰かを支配しない。 それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。 必要とされなくてもいい。 役に立たなくてもいい。 それでも、ここにいていい。 これは、 「何もしない」ことで壊れなかった関係と、 「奪わない」ことで続いていった日常を描く、 静かでやさしい結婚生活の物語。

義務ですもの。

あんど もあ
ファンタジー
貴族令嬢の義務として親の決めた相手に嫁いだが、夫には愛する人がいた。夫にないがしろにされても、妻として母として嫁としての義務を果たして誠実に生きたヒロインの掴んだ、ちょっと歪んだ幸せとは。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

処理中です...