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「乙女☆プリズム夢の王国」特典ストーリーの世界

トゥルーエンドを迎えて

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 だが、和やかな思い出話はそこまでだった。
 父テレンスの語る内容はどんどん不穏になっていく。

「私はアーサー様を慕っていたから、彼と王家の正統のことを知った後は、自分が万が一にも彼の妨げにならぬよう、同世代随一の魔力を持ちながら、ろくに魔力の訓練を行わなかった。
特に戦闘魔法の類だ。王太子より実力が上だと周囲に示さないよう慎重に動いていた」

 そうだ。この父は、魔物の出る領地に婿養子で嫁ぎながら、戦いは妻にやらせて自分は遊び惚けていた男なのだ。
 少なくとも以前までエスティアの目にはそう見えていた。

「……まあ、実際は好きだった魔法薬作りや確率変動魔法の研究に没頭して、他がおろそかになったに過ぎないのだが」
「お父様」

 ちょっとガクッときた。シリアスな話ではなかったのか。
 だが油断するにはまだ早かった。

「そうしたら今度は、戦えないのに魔力だけは最強の私を実家も王家も持て余すようになった。そこで、在学中に、同世代で最も高い戦闘能力を誇ったカタリナ先輩との婚姻を、見かねた先王から王命で下された」
「………………」
「嬉しかったよ。口うるさかったが憧れの先輩だったから。カタリナ先輩のパラディオ伯爵家は聖女の家で、古い時代からずっと政治や権力から遠い。卒業後、アーサー様やロゼット様のいる王都から離れるのは寂しかったけど」

 ただ、と父テレンスの声音が変わった。

「私とカタリナ先輩の婚約が決まって結婚した後、親父のマーリンは、モリスン子爵家の王家の正統を、聖女を出すパラディオ伯爵家に移すことに決めたんだ。王になるつもりはないが、王家の正統だけは保存するつもりで」

 どうやらこの辺りからが本題らしい。

「それで先に婿入りしていた私に、生まれた娘のエスティアと甥のアルフォートを結婚させるよう命じてきた。無事に二人の子供が産まれたら〝賢者の石〟を授けてやると言って」
「どういうことですか? 賢者の石とは」

 この先は何となくわかった。賢者の石は伝説の魔石の一種と言われたもので、様々な魔法薬の原料とされる。

「お前の母、カタリナは光と闇以外の全属性持ちの強力な魔法使いだ。だが全属性持ちゆえに人より魔力消耗しやすい。……賢者の石があれば万能薬エリクシルを作れる。蓄積した疲労と消耗を根本から全回復させられる究極のポーションで、従来の魔力ポーションを大量に飲み続けるより安全なんだ」
「でもお母様は亡くなってしまわれましたね。それに、これまで聞いたお話と、お父様がこれまで私に酷い態度を取り続けたことの関係がよくわかりません」

 ぐぅっと父テレンスが小さく唸った。
 何だかこの様子だと本人は誤魔化したかったようだが、エスティアは自分が納得できる回答を得られるまで妥協する気はなかった。

 話を聞いてみれば、納得できることは多かった。
 だが、娘のエスティアからしてみれば、なぜあんなにも自分に対してこの父の態度があんなに悪かったのだと訝しむ気持ちがある。

「このパラディオ伯爵家に関するシナリオを書いたのはカタリナだ。私を王家の正統と担ぎ上げようとする勢力がいても、人間性に問題があれば王家に戻すなどとんでもないと諦めるだろうと言って」
「お母様が、シナリオを書いた……?」

 この男の態度の悪さが向けられていたのは娘のエスティアだけではない。妻のカタリナに対してもだった。
 顔を合わせるたび喧嘩して一方的に罵声を浴びせていた父の姿に、エスティアは子供の頃から胸を痛めていた。

「証拠がある。実際にどう私が振る舞うべきか彼女が書いた手記だ」

 懐から取り出した分厚めの手帳を差し出してきた。
 随分と年季が入っている。端が擦り切れて紙も変色していたが、書かれていた内容はふつうに読めた。


『☆テレンス君は元々ツンデレだから、ちょっとあたおかっぽく地雷山盛り神経過敏さを演出したら、周りは腫れ物を触るように〝お触り厳禁〟って放置してくれるんじゃないかな☆』


 最初に目に入ったのがそんな文章で、思わずエスティアは手帳を閉じた。
 父テレンスを見ると、わざとらしく顔を背けられた。

「………………」

 恐る恐る再度手帳を開く。
 間違いない。母の筆跡だ。

 そこには父テレンスが言った通りの〝シナリオ〟が細かく記入されていた。
 以前、父テレンスが語った『両親不仲の始まり』エピソードまで書かれてある。

「その。もしや、アルフォートのあのろくでなし具合もこの計画の一部なのですか?」
「残念ながらその通りだ。あいつが今のモリスン子爵家でマーリンの次に魔力が高いから、その」

 そこでようやく、父テレンスは娘エスティアを真正面から見た。
 そして居住まいを正して、エスティアに向かって頭を下げた。

「これまでのお前に対する己の振る舞いを謝罪する。数ヶ月前、怪我をさせたことも。今さら伝えられてもお前には迷惑だろうが……」

 他人からエスティアに情報が漏れてしまった。もう誤魔化して茶番を続ける必要はないと判断して、すべてを明かし、謝罪を決めたのだろう。



 しかし、真実の全体像を知らされたエスティアには葛藤があった。

(話を聞けばやむを得ない事情があったのだとわかる。これまでの酷い態度も謝ってくれた。〝テレンス君〟は前世の推しだからすべてが判明したならもう追放は撤回してしまいたい。でも)

「お父様。これまでのこと、事情があったことは理解しました。でも。そこまで明確な目的を持って関係者たちが立ち回っていながら、なぜ私のお母様はあんなに早く亡くなってしまったのですか?」

 エスティアの疑問は父テレンスの一番痛いところを突いたようだった。
 父の美しい顔が苦悩に歪んだ。

「……私が、戦えないから。お前もまだまだ幼くて、戦力にはならない。それでもギリギリ、私の作った魔力ポーションで回復しながらやってこれたはずだった」

 その話の先は聞かずともわかった。

「国内に瘴気被害が広がるに連れて、魔力が枯渇するのとポーションで回復するのとが間に合わなくなったんですね」
「……そうだ。次はお前、エスティアの番だ……。カタリナのような四属性持ちではないし、モリスン子爵家の血を引いているからカタリナより耐久度は高いだろうが、お前一人ではまた同じことになる。だから私は」
「お母様が亡くなった後もご実家のマーリンお祖父様との約束を継続したんですね」
「ああ。あれでも甥っ子は実力は本物だ。お前だけが魔物討伐に働かなくて済む。負担が減る。その間にマーリンから与えられた賢者の石で私が万能薬エリクシルを作ればそれですべて丸く収まるはずだった……が」

 この辺りでもうエスティアはお腹いっぱいな気分だった。
 決してアフタヌーンティーのお菓子類を食べすぎたわけではない。

「ふふ、もう今さらそんなこと聞かされたって」



 だが、もう遅い、と最終通告を告げられるほど、エスティアも冷酷なわけではなかった。

「お父様。あなたがたの戦いはたぶん、まだ終わってないのです」
「……なに?」

 訝しげに父テレンスが娘と同じ緑色の瞳でエスティアを見る。

「アーサー国王陛下やロゼット王妃殿下、セドリックのお母様ギネヴィア王姉、お父様のご実家のマーリンお祖父様。まだまだ他にもおられますね。カーティスやヒューレット君のお父様たちだって無関係ではないでしょう」
「……それは」

(そう、お母様たちの世代の攻略対象)

「子供たちである私たちは、あなたがたの思惑にこれ以上巻き込まれるのは御免被ります」

(自分たちに関わる問題なら、自分たちで解決するのが筋だわ。私たちには皆ちゃんと、その能力があるもの。いつまでも親におんぶに抱っこにぶら下がりじゃない)

「お父様。もし再びパラディオ伯爵家に戻りたいならば、すべてを解決してきてください。そのときにまた、改めて話をしましょう」

 つまり、彼の実家モリスン子爵家の当主マーリンとの約束の件や、王家の正統問題を。
 前者はともかく後者の解決は大変だ。何せ関係者が多すぎる。

 にっこり笑って、さようなら、とエスティアは言った。

 戦う手段を持っていないテレンスが一人で王家を取り巻く陰謀に立ち向かうのは難しい。
 だが彼はやるしかない。尊敬してあいしていた妻カタリナの忘れ形見エスティアの元に戻りたいならば、どれだけ苦難の道でもやり通すしかない。

 それが娘が父に与えた試練であり許しだと、彼にも理解できたはずだ。

「わかった。私もこの後出る。世話になったな」
「お見送りだけはしましょう。……最後に見る父の背中になるかもしれませんから」

 ぐうぅっと父テレンスが小さく唸り、拳が握り締められた。
 煽った分、頑張って生き残ってくれたら良いのだが。



 それからテレンスは数年後、以前、娘の聖杯探索を助けた功績を名目に、パラディオ伯爵家からの追放を撤回され、再び娘エスティアと暮らすようになった。
 今の彼なら、もうエスティアと仲違いすることもないだろう。

 だがエスティアはこれまで長年、父テレンスから顧みられなかった恨みがある。
 事情があったとはいえ、冷たい態度を取られ続けてきた年月を無かったことにはできなかった。
 冷えきっていた親子関係が回復するにはまだまだ時間がかかりそうだ。



 ちなみにセドリックは灰色の羽竜に乗って飛んでいった日からきっちり三十日後に再びパラディオ伯爵家に姿を現し、エスティアに求婚した。

「え、ええと。ヨシュアさんからのアドバイス通りにしてきたってこと?」

 父テレンスから、セドリックがあの竜殺しの魔法剣士からステータス改竄を受けてくるようアドバイスを貰っていたことは聞いていた。
 搦め手だがセドリックの境遇を解決するには良い手段だと思う。

 ところが。

「いいや。〝西の魔王〟殿からは逆に説教を頂戴してしまった」
「説教? どんな?」

 首を傾げたエスティアに、ふっと笑ってセドリックは跪き手を取った。

「パラディオ女伯爵エスティアよ。ずっと君が好きだった。私のような名ばかりの王族で不義の子では苦労させることになる。私だけでなく君まで後ろ指さされることもあるだろう。だが、私はどうしても君と同じ道を歩みたい。どうか我が妻に、そして私を貴女の伴侶にしてもらえないだろうか?」

 あ、とエスティアは気づいた。
 これまで実はセドリックから自分に対して、聖杯のときを除くと、ここまではっきり彼が〝不義の子〟であると聞かされたことはなかった。
 それは母カタリナやその親友でセドリックの母、隣国王姉ギネヴィアから伝えられていた話だ。

「それが、西の魔王様に会ってあなたが出した結論?」
「ああ。『愛した相手を信じて、己の真実だけでぶつからずしてどうする!』と。私の抱えていた不安に対しても、共に人生を歩きたい相手と分かち合い乗り越えてゆくべきだと、……三日三晩かけて説教されたよ」

 ちょっとだけ説教されたときのことを思い出したのか、青ざめながらも彼にもう迷いはない。

(良い助言だわ。彼には誤魔化しや詐欺のような真似は似合わないもの)

 返事を、と薄青の瞳に見上げられた。
 そんなの決まってるではないか。

「求婚をお受けします。カルダーナ王族のセドリック様。……ふふ、私から言うつもりだったのに、先に言われてしまったわね」

 エスティアは最初から、セドリックの立場が変わろうと変わるまいと彼だけがずっと好きだった。

(でも女の子って、男の人からの告白に憧れるものよね)

 立ち上がったセドリックの大きな手を握りながら、エスティアは彼を見上げた。
 いつも厳格そうに顰めっ面の多い顔が、照れ臭そうに緩んでいる。
 最後に見たときより、どことなく自信に溢れ余裕があるように見えた。



「初恋の王弟殿下と結ばれるなんて、ハッピーエンドだわ」

 まだまだ問題は山積みだがエスティア的にはグッドなトゥルーエンディングだ。
 まだまだ先は長いが、満足のいく結果になったと思っている。



終わり。







※最後までお付き合いありがとうございました。あと一話、おまけ続きます。
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