ゲームランカーのスパダリ彼氏

真義あさひ

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第一章「最強ランカーのリアル彼氏はスパダリ覚醒する」高瀬怜司編

僕が捨てられる可能性

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 怜司はタブレット、テレビ、両方の画面を前に動けなかった。
 どちらにも衝撃的なニュースが映し出されている。

『緊急ニュース! ヴァーチャルゲーム〝Legend of Infinity〟の有名ランカー二条泰然のゲーム恋人の数は……なんと12人!』

『最新の恋人は、去年のアカデミー主演男優賞にノミネートされたハリウッド俳優、ジェイク・マクナゲット!』

「何だこれ……」

 怜司は呆然と画面を見つめたまま動けない。
 タブレットのほうは動画配信もされている。だが何度再生しても、信じがたい光景がそこにはあった。

 アーカイブ配信には、泰然が笑顔でジェイクに肩を抱かれ、ファンからの熱狂的なコメントが続いている。

『泰然様がジェイクと!?推しが世界的スターと恋人ってヤバすぎ』
『リアル彼氏、終了のお知らせww』
『リアル彼氏、生きてる?今どんな気持ち?』

「……誰だよ、お前たちは」

 怜司は呻いた。
 自分の恋人が、世界中の人々から「誰かのもの」として祝福されていることに、言葉にできない恐怖を感じた。

(僕が泰然の恋人だ。何が終了だ)

 泰然はプロゲーマーとして名を馳せ、最近ますます人気が上昇している。
 一方、怜司はごく普通の銀行勤めのエンジニア。泰然のような派手な世界には到底なじめない。

 昨日だってそうだ。
 甘い夜を過ごしたはずなのに、翌朝、泰然は怜司を置き去りにしてゲームに没頭していた。
 話しかければ返事はある。でも、その返事はいつだって画面越しの泰然から発せられる、心ここにあらずなものだった。

『二条泰然は世界的人気のメタバースゲーム〝Legend of Infinity〟でトップクラスの実力者であり、現在最も注目されるプレイヤー。今回、ハリウッド俳優ジェイク・マクナゲットとゲーム内で恋人契約を結んだことで、ファンたちから祝福の声が殺到しています』

「祝福? 誰が……誰を?」

 怜司の声が震える。

「いや、待て……もっと詳しく調べてからだ。

 混乱したまま、怜司は他のメディアのニュースも検索してみた。しかしどのメディアも同じ内容だった……

 溜め息をつきながら、泰然の配信チャンネルのアーカイブを再生した。
 そこには、怜司の心を抉る光景が広がっていた。

 如何にもアメリカのナイスガイといった、筋骨隆々の金髪青目の男が、泰然の肩に太い腕を回している。

「なあ泰然、オレ様と恋人契約しようぜ!」
「え? 別に構わないが」
「やった! これで俺たちは最強のバディだな!」

 視聴者たちが沸騰している。

『ジェイクって去年アカデミー賞ノミネートされたあの映画の主役の!?』(投げ銭30000円)
『国際カップル爆誕おめでとう!』(投げ銭8888円)
『うっわ。泰然のリアル彼氏ってまだ生きてる?』
『リアル恋人オワタww』
『推しが世界的な男に取られた……』(投げ銭100円)
『ジェイク、ガチ惚れしてる顔してるぞwww』

 多数の視聴者コメントにも怜司は打ちのめされた。
 何だ? なぜ自分が、見も知らぬ他人に何度も何度も〝終わった扱い〟されなければならない?

(この僕こそが、本物の泰然の恋人なのに……!)

 画面の中の泰然は軽く笑い、金髪の大男――ジェイク・マクナゲットを見上げた。

「ジェイク。お前、LOI本気でやる気になったんだな。前はゲームなんか馬鹿にしてただろう?」
「おう! お前のために死ぬほど練習したんだから!」
「へえ」
「何だよその冷たい反応! もっと喜べよ!」
「はは、まあいいけど」
「オレ様のことも愛してくれよ!」
「それは無理」

 視聴者コメントには笑いが溢れる。

『泰然様の塩対応最高』(投げ銭5000円)
『でも結局OKしてるの笑う』
『リアル恋人いるのにゲーム恋人まで!?』
『今夜はリアル彼氏が抱くのか、ジェイクが抱くのか』
『三角関係かな? さん◯ー』
『次はカップル配信はよ!』(投げ銭12000円)

「………………」

 怜司は無言でタブレットをテーブルに置いた。

 手が震え、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
 泰然の軽い声と、ジェイクの情熱的な言葉が耳にこびりついている。

 ましてやあの視聴者たちのコメントだ。
 コメント欄の嘲笑が、怜司の胸を刺す。

 ――泰然は僕のもののはずだ。

 確かに最近、よくない予兆を感じ始めていた。
 元から泰然はLOIに夢中だったが、最近は特に顕著だ。先日一緒に夜を過ごしたのだって久し振りなぐらいで。

(銀行勤めの僕と、プロゲーマーの泰然は生活のリズムが違う……僕が仕事帰りにデートに誘っても、その時間帯の泰然は既に配信を始めていて会えないことも多い……)

 ――だが、泰然の言うようにゲームと現実が別物なら、ゲームの中の彼は……

「僕以外が〝泰然の男〟を名乗っている……のか?」

 ゾクゾクっと怜司の血の気が下がった。

「……これは、まずい」

 胃の奥が締め付けられる感覚が広がる。視界が揺れ、冷や汗が背中を伝った。

「……このままじゃ、ゲームをプレイしていない僕の立場は……?」

 その考えに胸が締め付けられる。
 怜司は自分のことを『嫉妬深い恋人』だと思われたくなかった。
 泰然のことが好きすぎるからこそ、彼の負担になりたくない。

 だが、泰然がジェイクと笑い合い、怜司の知らない世界で絆を深めていく姿。

 ファンの声援に押され、ゲームが現実に侵食してくる未来。

 怜司の存在が、薄れていく――

「やめろ」

 怜司は自分の頭を叩き、目を閉じる。

「考えすぎだ。ただのゲームだろ」

(冷静になれ。冷静になれ、僕……!)

 だが、心は納得しない。
 震える指先でグラスを掴もうとしたが、手が震え水をこぼした。
 身体が心に追いつけず、どうにもならない。

「はは。動揺しすぎだろう、僕」

(僕がゲームをやれば、泰然は喜ぶだろうか? でも……)

 一瞬だけ、怜司はLOIのアプリをダウンロードしようとした。
 だが、怖かった。怜司にはLOIを、いやバーチャルゲームをプレイできない理由がある。その理由を思い出すと指が動かなかった。

「駄目だ。ゲーム内の泰然なら動画配信でチェックできる。わざわざ僕がプレイするまでもない……」

 必死で自分に言い訳を繰り返して、その日は終わった。



 ──だが、現実は容赦なかった。
 翌日の職場では、さらに追い打ちがかかった。同僚たちの残酷な言葉が怜司の心を抉る。

「泰然、あのジェイクと付き合うとかヤバすぎる」
「高瀬、実際どう思ってんだ? ゲームでも恋人って浮気だろ」

 ──浮気。

 その言葉が怜司の胸に刺さった。

(浮気って……ゲームなのに?)

「……職場で軽々しくそんな話するな」

 怜司が低く告げると、同僚たちは口を閉ざしたが、怜司の中の不安は収まらない。
 「浮気」という言葉が、怜司の頭に突き刺さる。指が無意識に握り潰すように力を込めた。

 ――浮気。
 ――怜司が本命なのは間違いない。でも今の泰然はプロゲーマーとして人生の大半がゲーム世界にある……

(……僕は、ゲームの中でも泰然の特別になりたい……のか? だが、所詮ゲームだぞ?)

 その問いに答えられないまま、怜司の視線が虚空を彷徨う。
 同僚の笑い声が遠くに聞こえ、怜司の心がさらに軋んだ。



 昼休み、スマホが鳴った。泰然からだ。
 怜司は急いで画面を見るが、そこにはさらなる失望が待っていた。

『ごめん、今日の飯、また今度にして!配信後の打ち合わせ入ったわ(汗)』

 最近、こんなことばかりだ。
 約束はあっけなくキャンセルされ、怜司が受け取るのは絵文字付きの軽い謝罪だけ。

 胸が痛い。怒りを感じるよりも先に、「嫌われたくない」という恐怖が怜司を支配する。

(このままでは本当に僕は……)

 泰然は今、ゲームの世界で世界的スターと熱烈な関係を築き始めている。
 それに引き換え、怜司は泰然のリアル恋人という肩書きだけを持つ、ただの地味な男だ。

 もし泰然がゲームと現実の境界を超えたら?
 もしゲームの世界での絆が、現実の自分よりも強くなったら──

「やめろ……考えすぎだ……」



 仕事を終え帰宅した怜司は、一人、ソファに崩れるように座り込んだ。
 部屋は静かで、どこにも泰然の気配はない。

「このままじゃ、泰然が僕を置いていく……」

 呟きは、誰にも届かない。
 怜司は目を閉じて、自分の弱さを呪った。

(もっと強くなれたらいいのに。もっと堂々と彼を愛せたらいいのに……)

 泰然を好きになりすぎた自分が悪いのかもしれない。
 だが、今さら後戻りはできなかった。

 怜司はスマホを見つめ、ニュースサイトに何度も表示される泰然の笑顔とジェイクの姿を眺めていた。

 胸を締め付ける感情の正体は、嫉妬だけではなかった。

 それは、自分が愛する男に捨てられるかもしれないという、――純粋で絶望的な恐怖だった。



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