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×生贄
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一歩。足を前に出す。
――村を守ることができるのなら、これほど喜ばしいことはない。
また一歩、歩みを進める。
――家族のため、村の仲間のため、これから生まれてくる命のために。
まるで『花嫁のための通路』を歩くように、一歩。
――これで村は救われる。要求された命は一つ。醜い感情など押し殺して、この身を捧げる喜びを。
まるで『死地に赴く戦士』のように、気高く前へ。
――それでも浅ましい心は叫んでる。まだ
「死にたくない」
音にした言葉のなんと浅ましいことだろう。
自分は産まれてからこれまで、このために生きてきたのに。
この地を守る主にこの身を捧げ、生涯お仕えすることが義務なのに。
父と母は誇らしげに笑顔で見送ってくれた。僕もそれに答えるために笑顔で村を出てきた。こんなに綺麗な『花嫁衣装』は他にないだろう。
「……しにたくない」
それでも言葉も涙も勝手に出てくる。ここには誰もいないんだ。少しくらい、いいじゃないか。自分のために泣いたって。
主の家に続くと言われる一本道。暗い夜道を一人で歩く。
どうせ辿り着けば化け物に頭からぱくりと食われるか、遊びみたいに嬲り殺しにされるんだ。声を上げながらわんわん泣いた。それでも歩みは止めない。
ふと道の先に目を向けると、ランタンのような灯りが近づいてくる。怖くなって立ち止まった。ここで死んでは意味がない。灯りはどんどん大きくなって、僕の心臓もばくばくと音を立てる。相手もこちらを認識したのか、明るい大人の男性の声が聞こえた。
「こんばんは」
「……こんばんは」
「こんなところでどうしたの?」
「これから、主様のところに行くの」
「主様?」
男性はこの辺りの人ではないらしい。小首を傾げながら問うてくる。僕は拙い言葉で主様の説明をした。
「ふぅん。君はそうしたいの?」
「本当は、嫌だ」
「うん」
「死にたくなんてない」
「わかるよ」
嗚咽混じりの酷い言葉でも、見ず知らずの男性は頷きながら聞いてくれる。もっとたくさん言葉を知っていればよかった。必要ないと捻くれて学ばなかったのは僕だ。なんて愚かだったんだろう。
「ところで、その主様というのは本当に必要なのかな?」
男性は空中に答えを探すようにどこかを見ている。僕は素直に「わからない」と答えた。男性は嬉しそうに笑って「それじゃあ見に行こう」と『歌を奏でる者』のように弾む声で僕の手を引いて、長い道を彼が来た方角へ歩きだした。
グラディウスと名乗った彼は色々なことを話してくれた。これまでに行った場所や見てきたもの、その全てが輝いているようで、僕は素直に羨ましくなった。彼はそんな僕を素直でいいと言ってくれた。僕も色んなことを話したかったけれど、言いたいことが見つからなかった。
やがて少し開けた場所に出る。
彼とはここでお別れだ。
主に挨拶をしなければと、俯いた顔を上げる。
そこには、何もなかった。
「……え?」
「あぁ、やっぱりここか」
「あの、これは? 主様は……」
「ここの"主様"と呼ばれていたあれは、本当は良くないものだったんだ」
「よくないもの……」
グラディウスは僕の頭を軽く撫でながら話を続ける。
「国から討伐命令が出たから、勇者である俺がアレを倒しちゃった」
「じゃあ、その……僕は、もう、必要ない?」
「ダガーがお嫁に行っちゃう前でよかった」
彼はいたずらっぽく笑うとギュッと僕を抱きしめた。にこにこと機嫌よく僕を抱き上げて、そのまま村への道を取って返した。
夜が明けるよりも早く村に戻った僕を、両親は驚きながらも歓迎してくれた。けれど村人たちの視線は冷たい。彼らには僕が出戻りのように見えているのだろうか。役目のない僕なんてカカシより役に立たない。
こっそり村を抜け出して、秘密の祠までやってきた。空気が澄んでいてとても落ち着く。心がざわざわしたときは、ここでもやもやを吐き出すんだ。
「ダガー」
「グラディウス……」
誰も知らない場所に現れた彼に目を見開く。特別な場所に彼がいる。ただそれだけで足元がもぞもぞする。
「さっき村長と話をしたんだ」
グラディウスは優しく笑いながら、僕の頬に触れた。宝物を扱うようなその触り方に、背中がぞくぞくする。でもきっと、彼がこうするのは僕だけじゃない。
「君の、これからについて」
「……え?」
「実は、本当に由々しき事態で、下劣で最低なことなんだけど」
「……」
「君は村には居られない」
「なん、で……」
「古い風習だ。ありえないほど悍ましい、憎むべき悪習なのだけど、出戻った『花嫁』は殺される」
「どうして?」
「主様と呼ぶアレが、もういないと説明したけどあいつらは受け入れようとしなくて、とにかくアレが怒るから、らしい。怒りを買う前に殺して、代わりを捧げるんだと。全く解せない」
「僕、やっぱり死ぬんだ」
「そんなことさせないよ」
グラディウスは昨晩そうしたようにまた僕を抱きしめた。僕はなんだか悲しくなって、子どものように彼に縋った。
「こんなところ、捨てちゃおう。いっそ俺のところにお嫁においで」
「なんで僕なんかに」
「なんかって言わないで? 俺の一目惚れってやつかなぁ。花嫁衣装の君は本当に素敵だった」
くすくすと笑って少し僕の体を離すと手を取り指先口づける。
「結婚しよ? それで、色んなものを見に行こう」
僕は真っ赤になってしまって、誤魔化すように彼に抱きついた。
その後、彼は僕を村には返さず、文字通り攫ってしまった。
――村を守ることができるのなら、これほど喜ばしいことはない。
また一歩、歩みを進める。
――家族のため、村の仲間のため、これから生まれてくる命のために。
まるで『花嫁のための通路』を歩くように、一歩。
――これで村は救われる。要求された命は一つ。醜い感情など押し殺して、この身を捧げる喜びを。
まるで『死地に赴く戦士』のように、気高く前へ。
――それでも浅ましい心は叫んでる。まだ
「死にたくない」
音にした言葉のなんと浅ましいことだろう。
自分は産まれてからこれまで、このために生きてきたのに。
この地を守る主にこの身を捧げ、生涯お仕えすることが義務なのに。
父と母は誇らしげに笑顔で見送ってくれた。僕もそれに答えるために笑顔で村を出てきた。こんなに綺麗な『花嫁衣装』は他にないだろう。
「……しにたくない」
それでも言葉も涙も勝手に出てくる。ここには誰もいないんだ。少しくらい、いいじゃないか。自分のために泣いたって。
主の家に続くと言われる一本道。暗い夜道を一人で歩く。
どうせ辿り着けば化け物に頭からぱくりと食われるか、遊びみたいに嬲り殺しにされるんだ。声を上げながらわんわん泣いた。それでも歩みは止めない。
ふと道の先に目を向けると、ランタンのような灯りが近づいてくる。怖くなって立ち止まった。ここで死んでは意味がない。灯りはどんどん大きくなって、僕の心臓もばくばくと音を立てる。相手もこちらを認識したのか、明るい大人の男性の声が聞こえた。
「こんばんは」
「……こんばんは」
「こんなところでどうしたの?」
「これから、主様のところに行くの」
「主様?」
男性はこの辺りの人ではないらしい。小首を傾げながら問うてくる。僕は拙い言葉で主様の説明をした。
「ふぅん。君はそうしたいの?」
「本当は、嫌だ」
「うん」
「死にたくなんてない」
「わかるよ」
嗚咽混じりの酷い言葉でも、見ず知らずの男性は頷きながら聞いてくれる。もっとたくさん言葉を知っていればよかった。必要ないと捻くれて学ばなかったのは僕だ。なんて愚かだったんだろう。
「ところで、その主様というのは本当に必要なのかな?」
男性は空中に答えを探すようにどこかを見ている。僕は素直に「わからない」と答えた。男性は嬉しそうに笑って「それじゃあ見に行こう」と『歌を奏でる者』のように弾む声で僕の手を引いて、長い道を彼が来た方角へ歩きだした。
グラディウスと名乗った彼は色々なことを話してくれた。これまでに行った場所や見てきたもの、その全てが輝いているようで、僕は素直に羨ましくなった。彼はそんな僕を素直でいいと言ってくれた。僕も色んなことを話したかったけれど、言いたいことが見つからなかった。
やがて少し開けた場所に出る。
彼とはここでお別れだ。
主に挨拶をしなければと、俯いた顔を上げる。
そこには、何もなかった。
「……え?」
「あぁ、やっぱりここか」
「あの、これは? 主様は……」
「ここの"主様"と呼ばれていたあれは、本当は良くないものだったんだ」
「よくないもの……」
グラディウスは僕の頭を軽く撫でながら話を続ける。
「国から討伐命令が出たから、勇者である俺がアレを倒しちゃった」
「じゃあ、その……僕は、もう、必要ない?」
「ダガーがお嫁に行っちゃう前でよかった」
彼はいたずらっぽく笑うとギュッと僕を抱きしめた。にこにこと機嫌よく僕を抱き上げて、そのまま村への道を取って返した。
夜が明けるよりも早く村に戻った僕を、両親は驚きながらも歓迎してくれた。けれど村人たちの視線は冷たい。彼らには僕が出戻りのように見えているのだろうか。役目のない僕なんてカカシより役に立たない。
こっそり村を抜け出して、秘密の祠までやってきた。空気が澄んでいてとても落ち着く。心がざわざわしたときは、ここでもやもやを吐き出すんだ。
「ダガー」
「グラディウス……」
誰も知らない場所に現れた彼に目を見開く。特別な場所に彼がいる。ただそれだけで足元がもぞもぞする。
「さっき村長と話をしたんだ」
グラディウスは優しく笑いながら、僕の頬に触れた。宝物を扱うようなその触り方に、背中がぞくぞくする。でもきっと、彼がこうするのは僕だけじゃない。
「君の、これからについて」
「……え?」
「実は、本当に由々しき事態で、下劣で最低なことなんだけど」
「……」
「君は村には居られない」
「なん、で……」
「古い風習だ。ありえないほど悍ましい、憎むべき悪習なのだけど、出戻った『花嫁』は殺される」
「どうして?」
「主様と呼ぶアレが、もういないと説明したけどあいつらは受け入れようとしなくて、とにかくアレが怒るから、らしい。怒りを買う前に殺して、代わりを捧げるんだと。全く解せない」
「僕、やっぱり死ぬんだ」
「そんなことさせないよ」
グラディウスは昨晩そうしたようにまた僕を抱きしめた。僕はなんだか悲しくなって、子どものように彼に縋った。
「こんなところ、捨てちゃおう。いっそ俺のところにお嫁においで」
「なんで僕なんかに」
「なんかって言わないで? 俺の一目惚れってやつかなぁ。花嫁衣装の君は本当に素敵だった」
くすくすと笑って少し僕の体を離すと手を取り指先口づける。
「結婚しよ? それで、色んなものを見に行こう」
僕は真っ赤になってしまって、誤魔化すように彼に抱きついた。
その後、彼は僕を村には返さず、文字通り攫ってしまった。
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