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×暗殺者
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なんでもない"普通"の人間のふりをして標的に近づく。ちょっとよろけたふりをして、背後に回る。仲間との楽しそうな笑い声。こんな優男がと思わないでもないが油断はしない。手に隠した武器を遊びながら、機をうかがう。
主から下された命令は一つ。
『勇者・トルテを殺せ』
暗示による命令は絶対。理由は知る必要がない。"勇者"が何かも知らなくていい。
今回の任務は成否に関わらず最後は自分を処理しなければならない。
楽しげに笑う男の首筋にナイフを走らせれば、それで終わり。
勝負は一瞬だった。何が起こったのか理解する間もなく、視界に飛び込んできたのは青色。それが空だと気づいたときには、なぜか勇者の腕の中にいた。赤ん坊でも抱くかのように勇者に抱えられている。
失敗した。速やかに処理しなければ。脳みそが必死に指令を出しているのに、右腕はぴくりともしない。ナイフをこの首に突き立てなければ。なぜ動かないのか。
(まさか、この短時間に潰された?)
焦って腕を見ると、勇者にしっかりと抱え込まれている。
「……は?」
疑問が口から勝手に漏れた。ふと勇者の顔を見れば、まさにきらきらといった表現の視線をこちらに向けている。思わず眉根を寄せる。
「かわいい」
「なんだ?」
小さすぎて聞き取れなかったため尋ねるが、勇者は興奮した様子で仲間に声をかけた。
「スフレ! ねぇ、見て、超可愛い!」
スフレと呼ばれた男は眉間に深い皺を寄せ、それを解すように揉んでいる。
「トルテ、落ち着け。可愛いのはわかった」
「この子連れて行ってもいいかな?」
「馬鹿言うな。犬猫じゃないんだぞ」
「でも見て、こんなに可愛い」
ふざけている間に抜け出そうと藻掻くが、この見た目のどこにそんな力があるのか微塵も動けない。足だけが虚しく宙を蹴る。
「暴れたら危ないよ」
その一言に足までも封じられ、全くもって為す術もない。
「それに、彼の意思もあるだろ」
「あ、そうだね。ねぇ、君の名前は?」
勇者が問いかけてくる。視線がこちらを向いているから、自らに向けられた問で間違いはなさそうだ。問には答えず無言で身をよじる。ほんの少しでもナイフが動けば処理できる。
「錯乱してるのかな?」
ふいに勇者の額が自分の額に当てられた。温い光が覆いかぶさってくる。それは酷く恐ろしいものに感じて言葉にならない声が漏れる。
「が、ぁ……ぐぎ……うぁぁ……」
「錯乱じゃないね。これはー、暗示かな?」
勇者が呟くのと頭の奥でバチンと音が鳴ったのは、ほとんど同時だったように思う。真っ暗になった視界に色が戻ると、頭の中に響いていた命令が聞こえなくなった。
「あ、ぇ……ぅぁ……?」
「混乱してるの? 可愛いね」
勇者はなんのつもりか顔中に唇を降らせてくる。
「ね、君の名前は?」
「なまえ?」
「そう、名前だよ。わかる?」
首を横に振る。ゆっくりと身体を降ろされる。ふらつきながら立とうとしたが、がくんと腰が抜けた。慌てたスフレという男に支えられなんとか地面に座り込む。勇者が屈んで目線を合わせてくる。よだれでもついていたのか、口の端を指で拭われた。
「記憶がないの?」
また首を横に振る。
「これになまえはない」
勇者は困ったように顔を歪めて、もう一度これの身体を持ち上げた。
勇者たちの泊まっているという宿屋の一室に連れられ、ソファに座らされた。命じられるままに、そう多くはない知ってることを、時間はかかったが全て答えた。もやもやが晴れたからいつになく意識ははっきりしている。
「想像はしてたが、やはりほとんど知らされていないな。捨て駒か」
「ほらスフレ。やっぱり連れてってもいいでしょ?」
「だから、愛玩動物じゃないんだ。それに面倒見きれるのか?」
「大丈夫だよ。君も一緒に行きたいよね?」
「これはどうでもいい」
「ほら、いいって」
「良いように解釈するんじゃない」
「ちゃんと最後まで面倒みてあげるからね。はー、ほんと可愛い。大きくなったら結婚しよ?」
「真面目に考えろ」
「ちゃんと考えたよ」
トルテは瞬きするほどの時間だけ真面目な顔をして、すぐに笑いながらこちらを見た。
「君の名前は、今日からショコラだよ」
「しょこら」
「うん。ショコラは俺と一緒においで」
「ショコラは、トルテといっしょ?」
「そうだよ」
トルテはこれ以上ないくらい嬉しそうに笑って両手を広げた。その体勢のままショコラを呼ぶ。ソファから立ち上がりトルテに近づくとまた腕の中に捕獲された。嫌な感じではないので、なんとなくすり寄ってみた。腕の力が強くなる。
スフレの大きなため息が部屋の中に響いた。
主から下された命令は一つ。
『勇者・トルテを殺せ』
暗示による命令は絶対。理由は知る必要がない。"勇者"が何かも知らなくていい。
今回の任務は成否に関わらず最後は自分を処理しなければならない。
楽しげに笑う男の首筋にナイフを走らせれば、それで終わり。
勝負は一瞬だった。何が起こったのか理解する間もなく、視界に飛び込んできたのは青色。それが空だと気づいたときには、なぜか勇者の腕の中にいた。赤ん坊でも抱くかのように勇者に抱えられている。
失敗した。速やかに処理しなければ。脳みそが必死に指令を出しているのに、右腕はぴくりともしない。ナイフをこの首に突き立てなければ。なぜ動かないのか。
(まさか、この短時間に潰された?)
焦って腕を見ると、勇者にしっかりと抱え込まれている。
「……は?」
疑問が口から勝手に漏れた。ふと勇者の顔を見れば、まさにきらきらといった表現の視線をこちらに向けている。思わず眉根を寄せる。
「かわいい」
「なんだ?」
小さすぎて聞き取れなかったため尋ねるが、勇者は興奮した様子で仲間に声をかけた。
「スフレ! ねぇ、見て、超可愛い!」
スフレと呼ばれた男は眉間に深い皺を寄せ、それを解すように揉んでいる。
「トルテ、落ち着け。可愛いのはわかった」
「この子連れて行ってもいいかな?」
「馬鹿言うな。犬猫じゃないんだぞ」
「でも見て、こんなに可愛い」
ふざけている間に抜け出そうと藻掻くが、この見た目のどこにそんな力があるのか微塵も動けない。足だけが虚しく宙を蹴る。
「暴れたら危ないよ」
その一言に足までも封じられ、全くもって為す術もない。
「それに、彼の意思もあるだろ」
「あ、そうだね。ねぇ、君の名前は?」
勇者が問いかけてくる。視線がこちらを向いているから、自らに向けられた問で間違いはなさそうだ。問には答えず無言で身をよじる。ほんの少しでもナイフが動けば処理できる。
「錯乱してるのかな?」
ふいに勇者の額が自分の額に当てられた。温い光が覆いかぶさってくる。それは酷く恐ろしいものに感じて言葉にならない声が漏れる。
「が、ぁ……ぐぎ……うぁぁ……」
「錯乱じゃないね。これはー、暗示かな?」
勇者が呟くのと頭の奥でバチンと音が鳴ったのは、ほとんど同時だったように思う。真っ暗になった視界に色が戻ると、頭の中に響いていた命令が聞こえなくなった。
「あ、ぇ……ぅぁ……?」
「混乱してるの? 可愛いね」
勇者はなんのつもりか顔中に唇を降らせてくる。
「ね、君の名前は?」
「なまえ?」
「そう、名前だよ。わかる?」
首を横に振る。ゆっくりと身体を降ろされる。ふらつきながら立とうとしたが、がくんと腰が抜けた。慌てたスフレという男に支えられなんとか地面に座り込む。勇者が屈んで目線を合わせてくる。よだれでもついていたのか、口の端を指で拭われた。
「記憶がないの?」
また首を横に振る。
「これになまえはない」
勇者は困ったように顔を歪めて、もう一度これの身体を持ち上げた。
勇者たちの泊まっているという宿屋の一室に連れられ、ソファに座らされた。命じられるままに、そう多くはない知ってることを、時間はかかったが全て答えた。もやもやが晴れたからいつになく意識ははっきりしている。
「想像はしてたが、やはりほとんど知らされていないな。捨て駒か」
「ほらスフレ。やっぱり連れてってもいいでしょ?」
「だから、愛玩動物じゃないんだ。それに面倒見きれるのか?」
「大丈夫だよ。君も一緒に行きたいよね?」
「これはどうでもいい」
「ほら、いいって」
「良いように解釈するんじゃない」
「ちゃんと最後まで面倒みてあげるからね。はー、ほんと可愛い。大きくなったら結婚しよ?」
「真面目に考えろ」
「ちゃんと考えたよ」
トルテは瞬きするほどの時間だけ真面目な顔をして、すぐに笑いながらこちらを見た。
「君の名前は、今日からショコラだよ」
「しょこら」
「うん。ショコラは俺と一緒においで」
「ショコラは、トルテといっしょ?」
「そうだよ」
トルテはこれ以上ないくらい嬉しそうに笑って両手を広げた。その体勢のままショコラを呼ぶ。ソファから立ち上がりトルテに近づくとまた腕の中に捕獲された。嫌な感じではないので、なんとなくすり寄ってみた。腕の力が強くなる。
スフレの大きなため息が部屋の中に響いた。
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