勇者かける

青空びすた

文字の大きさ
12 / 39

×暗殺者

しおりを挟む
 なんでもない"普通"の人間のふりをして標的に近づく。ちょっとよろけたふりをして、背後に回る。仲間との楽しそうな笑い声。こんな優男がと思わないでもないが油断はしない。手に隠した武器を遊びながら、機をうかがう。
 主から下された命令は一つ。
『勇者・トルテを殺せ』
 暗示による命令は絶対。理由は知る必要がない。"勇者"が何かも知らなくていい。
 今回の任務は成否に関わらず最後は自分を処理しなければならない。

 楽しげに笑う男の首筋にナイフを走らせれば、それで終わり。

 勝負は一瞬だった。何が起こったのか理解する間もなく、視界に飛び込んできたのは青色。それが空だと気づいたときには、なぜか勇者の腕の中にいた。赤ん坊でも抱くかのように勇者に抱えられている。
 失敗した。速やかに処理しなければ。脳みそが必死に指令を出しているのに、右腕はぴくりともしない。ナイフをこの首に突き立てなければ。なぜ動かないのか。
(まさか、この短時間に潰された?)
 焦って腕を見ると、勇者にしっかりと抱え込まれている。
「……は?」
 疑問が口から勝手に漏れた。ふと勇者の顔を見れば、まさにきらきらといった表現の視線をこちらに向けている。思わず眉根を寄せる。
「かわいい」
「なんだ?」
 小さすぎて聞き取れなかったため尋ねるが、勇者は興奮した様子で仲間に声をかけた。
「スフレ! ねぇ、見て、超可愛い!」
 スフレと呼ばれた男は眉間に深い皺を寄せ、それを解すように揉んでいる。
「トルテ、落ち着け。可愛いのはわかった」
「この子連れて行ってもいいかな?」
「馬鹿言うな。犬猫じゃないんだぞ」
「でも見て、こんなに可愛い」
 ふざけている間に抜け出そうと藻掻くが、この見た目のどこにそんな力があるのか微塵も動けない。足だけが虚しく宙を蹴る。
「暴れたら危ないよ」
 その一言に足までも封じられ、全くもって為す術もない。
「それに、彼の意思もあるだろ」
「あ、そうだね。ねぇ、君の名前は?」
 勇者が問いかけてくる。視線がこちらを向いているから、自らに向けられた問で間違いはなさそうだ。問には答えず無言で身をよじる。ほんの少しでもナイフが動けば処理できる。
「錯乱してるのかな?」
 ふいに勇者の額が自分の額に当てられた。温い光が覆いかぶさってくる。それは酷く恐ろしいものに感じて言葉にならない声が漏れる。
「が、ぁ……ぐぎ……うぁぁ……」
「錯乱じゃないね。これはー、暗示かな?」
 勇者が呟くのと頭の奥でバチンと音が鳴ったのは、ほとんど同時だったように思う。真っ暗になった視界に色が戻ると、頭の中に響いていた命令が聞こえなくなった。
「あ、ぇ……ぅぁ……?」
「混乱してるの? 可愛いね」
 勇者はなんのつもりか顔中に唇を降らせてくる。
「ね、君の名前は?」
「なまえ?」
「そう、名前だよ。わかる?」
 首を横に振る。ゆっくりと身体を降ろされる。ふらつきながら立とうとしたが、がくんと腰が抜けた。慌てたスフレという男に支えられなんとか地面に座り込む。勇者が屈んで目線を合わせてくる。よだれでもついていたのか、口の端を指で拭われた。
「記憶がないの?」
 また首を横に振る。
「これになまえはない」
 勇者は困ったように顔を歪めて、もう一度これの身体を持ち上げた。

 勇者たちの泊まっているという宿屋の一室に連れられ、ソファに座らされた。命じられるままに、そう多くはない知ってることを、時間はかかったが全て答えた。もやもやが晴れたからいつになく意識ははっきりしている。
「想像はしてたが、やはりほとんど知らされていないな。捨て駒か」
「ほらスフレ。やっぱり連れてってもいいでしょ?」
「だから、愛玩動物じゃないんだ。それに面倒見きれるのか?」
「大丈夫だよ。君も一緒に行きたいよね?」
「これはどうでもいい」
「ほら、いいって」
「良いように解釈するんじゃない」
「ちゃんと最後まで面倒みてあげるからね。はー、ほんと可愛い。大きくなったら結婚しよ?」
「真面目に考えろ」
「ちゃんと考えたよ」
 トルテは瞬きするほどの時間だけ真面目な顔をして、すぐに笑いながらこちらを見た。
「君の名前は、今日からショコラだよ」
「しょこら」
「うん。ショコラは俺と一緒においで」
「ショコラは、トルテといっしょ?」
「そうだよ」
 トルテはこれ以上ないくらい嬉しそうに笑って両手を広げた。その体勢のままショコラを呼ぶ。ソファから立ち上がりトルテに近づくとまた腕の中に捕獲された。嫌な感じではないので、なんとなくすり寄ってみた。腕の力が強くなる。
 スフレの大きなため息が部屋の中に響いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【8話完結】帰ってきた勇者様が褒美に私を所望している件について。

キノア9g
BL
異世界召喚されたのは、 ブラック企業で心身ボロボロになった陰キャ勇者。 国王が用意した褒美は、金、地位、そして姫との結婚―― だが、彼が望んだのは「何の能力もない第三王子」だった。 顔だけ王子と蔑まれ、周囲から期待されなかったリュシアン。 過労で倒れた勇者に、ただ優しく手を伸ばしただけの彼は、 気づかぬうちに勇者の心を奪っていた。 「それでも俺は、あなたがいいんです」 だけど――勇者は彼を「姫」だと誤解していた。 切なさとすれ違い、 それでも惹かれ合う二人の、 優しくて不器用な恋の物語。 全8話。

【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?

キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。 知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。 今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど—— 「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」 幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。 しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。 これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。 全8話。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

寂しいを分け与えた

こじらせた処女
BL
 いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。  昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。

契約満了につき

makase
BL
仮初めの恋人として契約を結んだ二人の、最後の夜。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

処理中です...