勇者かける

青空びすた

文字の大きさ
19 / 39

×暗殺者2

しおりを挟む
 我慢できなくなったスフレが、ショコラのことをぎゅうぎゅうと抱きしめてくるトルテを引き剥がす。
「一緒に来るのはわかった。でも、こちらも身の安全を確保したい」
 スフレの言いたいことがわからなくて、そのままじっと見る。トルテはショコラの後ろから抱きついてきた。そのまま早業で背中に仕込んでいた隠しナイフを回収される。
「ショコラの肌すべすべだね」
 ぽいっとナイフを放った手で、腹回りを撫でられる。他の武器を探してるのかと思いつき、靴を脱ぎ捨てた。隠している武器はこれで全部だ。動き回る手は最後に腹部を一撫でして、ゆっくりと出ていった。
「もう無い」
「これだけか?」
「これだけだ。どうせ失敗する任務に武器は支給できない」
「そんな風に言われたの?」
「言われた」
 首を縦に振ればトルテはショコラの頭を触った。なんとなくむずむずするが、嫌な感情ではないからそのままにしておく。
「とんだ雇い主だな」
「ほーら、やっぱり俺と一緒で正解だ」
 トルテがにこにこすればするほど、スフレの眉間にしわができる。トルテはショコラの身体をくるりとひっくり返して向かい合わせにした。
「ショコラはちょっと細いね」
「細いのか?」
「うん。もうちょっとぷにぷにのほうが俺好みかなぁ。今のままでも可愛いけどね」
 トルテは機嫌良さそうにショコラの顔中に唇を押し付けてくる。どうするのが正解かわからないから、身動きが取れない。
「とりあえず夕飯にするか」
 どこか諦めたようなスフレの声が聞こえて、トルテはようやく動きを止めた。
「今日はどうする?」
「下に食堂があっただろ」
「いいね。そういえば、商店ってまだ開いてるかな?」
「もう閉まってるだろ。急ぎか?」
「ショコラの着るものがないなって。とりあえず俺のでいいか。明日買い物に行こうね?」
 最後に音を立てながら頬に唇をくっつけて、トルテは満足気にショコラの体を持ち上げた。「靴がないから」なんて耳元で言ったあと、一階の食堂まで運ばれた。

 椅子に降ろされたあとメニューを見たが、料理名がわからなかったので、トルテが注文したおむらいすに手を伸ばす。
「あ、そのまま食べたら危ないよ」
「危ない?」
「熱いからね」
「熱いのか」
 スプーンの上に乗せたあと少し待ってから口に運ぶ。今まで食べていたものとはまるで違って、温かいということが不思議で、味というものがあることを知って、それが美味しいということを学んだ。
 一度入れると腹がぎゅるぎゅると食事を要求してくるので、ぱくぱくと食べて進めていく。スフレは何故か目元を押さえ、トルテは可愛いとか尊いとかうるさかった。
「デザートも食べるか?」
「でざーと?」
「また俺が頼んであげるね」
「了解」
「はぁ、可愛いなぁ」
 うっとりしているトルテを無視して、運ばれたぱふぇを口に入れる。冷たくて甘いというらしいそれにも感動して、ものの数分で完食してしまった。

 こんなに腹が膨れたのは初めてかもしれない。トルテの腕の中でうつらうつらと眠気と戦う。
「先にお風呂入ればよかったね」
「ふろ、は、きのうはいった」
「昨日入ったの?」
「きょう、にんむ」
「お風呂は毎日入るんだよ」
 トルテはショコラの旋毛に唇を押しつけながらくすくすと笑う。微かな揺れも心地よくて目を開けているのが億劫になってくる。
「俺と一緒に入る?」
「トルテといっしょ」
「全身洗ってあげる」
「やめろ馬鹿」
 突然の強い衝撃に意識が引き戻された。どうやらスフレがトルテを殴ったらしい。痛みに悶える彼の腕から抜け出して、自分の足で床に立った。
「ショコラ、自分でシャワーくらい浴びれるな?」
「できる」
「着替えはトルテの服を用意しておくから先に入ってこい」
「わかった」
「えー、俺と」
「自重しろ」
「ちぇー……」
 トルテはしばらくぐずぐず言っているようだったが特に命令はないようなので、スフレに従って早々に浴室の扉を開いた。

 用意されていた服に着替える。トルテの匂いがしてなんとなく落ち着く。靴も返されていたのでそれを履いて二人のところに戻った。
 汚れたままじゃショコラを抱きしめられない、と叫びながらトルテが浴室に向かう。見送る間もなくスフレに促されてソファに座る。トルテはあんなでも勇者と呼ばれる程なので、そこそこ良い宿だから、ソファも座ったことがないほどふかふかだ。向かいのソファにスフレが腰掛ける。
「これを」
 言いながらスフレが差し出したのは回収された二本のナイフだ。受け取っていいものか悩むがくれると言うならもらっておこう。所定の位置にナイフを身につける。
「トルテがあんな調子だから俺が言うが、ショコラ、お前はもうトルテを殺さなくていいのか?」
「主の命令は聞こえない。トルテはショコラと一緒と命じた。だからトルテの命令に従う」
「何故だ?」
「なぜ?」
「ショコラにとってトルテは殺す対象だろう。任務失敗で帰らなくていいのか?」
「任務が完了すればショコラはショコラを処理することになっている。けれど主は一番はじめに命じた。『お前は決定の権限を持っていない。その場において一番強いものの決定に従うように』」
「胸くそ悪いな」
「この場で一番強いのはトルテだ。ショコラはトルテに従う」
「そういうことか、よくわかった。ありがとう」
「話し終わった?」
 タイミングを見計らっていたのか、トルテがショコラの後ろから抱きしめてきた。この数時間でなんとなく把握したが、彼は触れ合うことが好きらしい。

 スフレは肯定すると立ち上がって浴室に足を向けた。トルテはどうやったのか一瞬で髪を乾かすと再びショコラを抱き上げた。そのままベッドへ足を向ける。
「今日はもう寝ようね」
「ショコラはどの辺りで寝ればいい?」
「ショコラは俺と一緒に寝るんだよ?」
「どいうことだ? トルテも床なのか?」
「うーん……。ショコラは、俺と、一緒にベッドで寝るの」
 トルテはくすくすと笑いながら一言一言ショコラに聞かせる。返事は必要なかったらしく、すぐにふわふわの寝具に体が沈んだ。
 柔らかすぎて体勢が整わない。無様に転がっていると隣にトルテが寝転んだ。そのまま向かい合わせにぎゅっと抱かれる。
「スフレと何を話してたの?」
「武器を返してもらった」
「……そう」
「それから、トルテを殺さないのは何故かと言われた」
「ふぅん。なんて答えたの?」
「トルテが一番強いから、ショコラはトルテに従うと答えた」
「ふふ、そうなんだ。可愛いなぁ。じゃあ俺は、ずっと一番強くないとね」
 トルテがぽんぽんと一定のリズムで背中を叩くから、だんだんと眠くなってしまって、抗わずそのまま目を閉じる。
 暖かな闇の中で夢も見ないで眠りの底に沈んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【8話完結】帰ってきた勇者様が褒美に私を所望している件について。

キノア9g
BL
異世界召喚されたのは、 ブラック企業で心身ボロボロになった陰キャ勇者。 国王が用意した褒美は、金、地位、そして姫との結婚―― だが、彼が望んだのは「何の能力もない第三王子」だった。 顔だけ王子と蔑まれ、周囲から期待されなかったリュシアン。 過労で倒れた勇者に、ただ優しく手を伸ばしただけの彼は、 気づかぬうちに勇者の心を奪っていた。 「それでも俺は、あなたがいいんです」 だけど――勇者は彼を「姫」だと誤解していた。 切なさとすれ違い、 それでも惹かれ合う二人の、 優しくて不器用な恋の物語。 全8話。

【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?

キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。 知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。 今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど—— 「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」 幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。 しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。 これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。 全8話。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

寂しいを分け与えた

こじらせた処女
BL
 いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。  昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。

契約満了につき

makase
BL
仮初めの恋人として契約を結んだ二人の、最後の夜。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

処理中です...