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第5章 8
しおりを挟む「うああああああん! うああああああ――」
今まで泣いたことのない人が、譬え涙を零しても笑顔を浮かべていた人が、まるで子供のように声を上げて泣いていた。
「うあああああ! ああああああん!」
いや、一度だけ、今のように大声で泣いていたことがあったっけ。
あの時も、姉は僕を助けてくれた。
そして……今も。
歩み寄る僕を見上げた姉が、信じられないものを見るような顔で涙で真っ赤になった両目を見開いた。
「うそ! ……笑ってる」
再び、くしゃりと姉が滂沱と涙を流す。しかし、それは泣いていいのか笑っていいのか困っているような、嬉しいのに涙が止まらない、というような、ややこしい表情だった。
堪らなくなって、姉を抱きしめる。
「勝太郎……勝太郎!」
顔を押し付けてくる姉の温もりが、流した涙の熱さが、痛いほどに胸の上に沁み込んでくる。
ああ、確かに姉さまが腕の中にいる。
それが只々嬉しかった。
ああ、やっと手が届いた。
「……お姉さま」
「ん」
僕の胸に顔を埋めたまま、姉が頷いた。
「助けに来ました」
懐かしい、お姉さまの笑顔。
「うん、ありがとう。……ずっと、待ってたよ?」
柔らかな姉の笑顔の目尻から、再び玉のような涙が零れ落ちていく。だが、それはもう冷たい悪夢に枯らしたものではなく、暖かい夢の名残の涙。
夢でも現でもいい。ただ今は腕の中にある愛しい人の温もりだけが確かなものでさえあればいい。
「ねえ、勝太郎」
顔を上げ、僕を見つめながら姉が言う。
「約束して、もう何処にもいかないって。もう、一人は嫌なの。ずっと私のそばにいて、永遠に」
「お姉さま……」
抱きしめた腕に、力を込める。
「私もね、勝太郎のこと、大好きよ。お姉さまの方が、おまえが私のこと好きになるずっと前から大好きだったんだから」
僕が再び帝都に戻ることはないだろう。お姉さまも、これからの家内での待遇がどうなるかわからない。
この夢から覚めれば、再び僕たちは引き離される。
この世界に生きている限り、僕たちが結ばれることは決してない。
ならば、
「もう離さない、絶対に」
――うん……っと遠いところ。ふふ、誰も知らないところ、見たことも、聞いたこともないところ
たとえそれが、二度と引き返せない闇の世界でも構わない。
……どちらからともなく、僕たちは見つめあった。
ふっ、と瞼を閉じる姉の濡れた両頬に手を添え、唇を重ねた。
この夢から覚めてしまえば、二人は未だ互の身体を知らぬ清らかなまま。
初めて交わす口づけだった。
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