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第5章 9
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……目を開けると、そこは家の見慣れた仏間。真っ暗な部屋の中、蝋燭の仄かな灯りに浮かんだ仏壇の真新しい位牌には祖父の戒名が刻まれている。
我が家の習慣として、当主が亡くなったときは、四十九日の間、仏前に伝家の宝を供えることとされている。
先祖が領主より賜った、関の孫六作と伝えられる我が家の宝刀。それを、元置かれていた場所へお返しする。
……蛇は金気を嫌うという。それが名の知られた大業物なら尚の事。
初めて家宝の由来を聞かされたときには眉に唾し聞き流したものだが。
ふと、気がついた。
(……ひょっとして、お姉さまの名前って)
蛇性を祓う破魔の一文字。
父母が名づけた護りの懐刀を、零す涙で曇らせ錆びつかせることのないように、姉は終始笑顔を絶やさずにいたとは、さすがに考え過ぎか。刀子の名を授かる前から、姉は笑って生まれてきたという。ならばそれは天性のものだろう。
もしも、こんな宿命を負っていなければ、あの天然無垢な笑顔で以て周囲の者たちを楽しくし、皆に慕われながら円満な生涯を送ることができたのかもしれない。結局そうはならなかったものを、いくらもしもと語ってみたところで、詮無いことではあろうけれど。
……もう一度、深く息を吐いてから居住まいを正す。
眼前には、圧倒されるほど煌びやかで大きな仏壇。そこらの山の古神の祠なぞより、余程大仰な。
(……お祖父さま、お祖母さま)
それに向かって、僕は目を閉じ合掌して呟いた。
(……それと、まだお隠れになってはいませんが、お父さまとお母さま)
鬼籍も存命も一緒くたにして、僕は告げた。
「――さようなら」
……此岸にも、彼岸にも。僕の知る世界に、あの人は存在しない。
二度と戻るつもりもなければ、この先向かうつもりもない、――二つの岸辺に住まう家族たちに、僕は決別の言葉を告げた。
「……あ、そうだ、お祖父さま」
部屋を去る前に、僕はもう一度、金ピカの仏壇の方を振り返り、
「お姉さまのこと、今までよくも虐めてくれましたね。――あの世でくたばれ糞爺!」
そう言い放ち、祖父の位牌に向かって、
――にっこり、笑ってやった。
――ちりん。
仏間を出て、廊下を歩いていると、濡れ縁に差し掛かるところで小さな人影が闇夜に薄ぼんやりと白く浮かんでいるのを見つけた。
(蛇姫さま……)
数刻前に僕の夢枕に立ち、化け物を討ち取り姉を救う方法を教えてくれたのは、あの蛇姫さまだった。鎮守の祠から眼下の川面に向かって手を合わせ、救いを請う僕の願いを聞き届けてくれた姫神は、長い髪が影となって、夜闇に溶けてその尊顔を拝することはできないが、今改めて見ると随分幼い。ご自身も金気に近づくことができないので、ここで事の成り行きを見守っていてくださったに違いない。
(……ありがとう、ございました)
深々と一礼し、お礼を申し上げる。顔を上げると、既に白い影は姿を消し、後は文目も分かぬ暗闇があるばかり。
――夢の中では月も明るい十三夜だが、本来今宵は新月の夜。
それは、すべてが満ち行く初めの月。
足元に白くぽつりと残るのは、姉がいつも肌身離さず身に付けていたあのお守り。
――本当に、良いのね?
……そう、蛇姫さまの声が聞こえた気がした。
我が家の習慣として、当主が亡くなったときは、四十九日の間、仏前に伝家の宝を供えることとされている。
先祖が領主より賜った、関の孫六作と伝えられる我が家の宝刀。それを、元置かれていた場所へお返しする。
……蛇は金気を嫌うという。それが名の知られた大業物なら尚の事。
初めて家宝の由来を聞かされたときには眉に唾し聞き流したものだが。
ふと、気がついた。
(……ひょっとして、お姉さまの名前って)
蛇性を祓う破魔の一文字。
父母が名づけた護りの懐刀を、零す涙で曇らせ錆びつかせることのないように、姉は終始笑顔を絶やさずにいたとは、さすがに考え過ぎか。刀子の名を授かる前から、姉は笑って生まれてきたという。ならばそれは天性のものだろう。
もしも、こんな宿命を負っていなければ、あの天然無垢な笑顔で以て周囲の者たちを楽しくし、皆に慕われながら円満な生涯を送ることができたのかもしれない。結局そうはならなかったものを、いくらもしもと語ってみたところで、詮無いことではあろうけれど。
……もう一度、深く息を吐いてから居住まいを正す。
眼前には、圧倒されるほど煌びやかで大きな仏壇。そこらの山の古神の祠なぞより、余程大仰な。
(……お祖父さま、お祖母さま)
それに向かって、僕は目を閉じ合掌して呟いた。
(……それと、まだお隠れになってはいませんが、お父さまとお母さま)
鬼籍も存命も一緒くたにして、僕は告げた。
「――さようなら」
……此岸にも、彼岸にも。僕の知る世界に、あの人は存在しない。
二度と戻るつもりもなければ、この先向かうつもりもない、――二つの岸辺に住まう家族たちに、僕は決別の言葉を告げた。
「……あ、そうだ、お祖父さま」
部屋を去る前に、僕はもう一度、金ピカの仏壇の方を振り返り、
「お姉さまのこと、今までよくも虐めてくれましたね。――あの世でくたばれ糞爺!」
そう言い放ち、祖父の位牌に向かって、
――にっこり、笑ってやった。
――ちりん。
仏間を出て、廊下を歩いていると、濡れ縁に差し掛かるところで小さな人影が闇夜に薄ぼんやりと白く浮かんでいるのを見つけた。
(蛇姫さま……)
数刻前に僕の夢枕に立ち、化け物を討ち取り姉を救う方法を教えてくれたのは、あの蛇姫さまだった。鎮守の祠から眼下の川面に向かって手を合わせ、救いを請う僕の願いを聞き届けてくれた姫神は、長い髪が影となって、夜闇に溶けてその尊顔を拝することはできないが、今改めて見ると随分幼い。ご自身も金気に近づくことができないので、ここで事の成り行きを見守っていてくださったに違いない。
(……ありがとう、ございました)
深々と一礼し、お礼を申し上げる。顔を上げると、既に白い影は姿を消し、後は文目も分かぬ暗闇があるばかり。
――夢の中では月も明るい十三夜だが、本来今宵は新月の夜。
それは、すべてが満ち行く初めの月。
足元に白くぽつりと残るのは、姉がいつも肌身離さず身に付けていたあのお守り。
――本当に、良いのね?
……そう、蛇姫さまの声が聞こえた気がした。
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