21 / 42
第6章 建仁の義戦 1
しおりを挟む同年霜月、京都某所、夜半。
その場に集う全員が、高座に座する大男が言葉を発するのを固唾を飲んで待ち受けていた。
「皆、よく聞け」
一同の視線を一身に受けた長茂が、厳かに口を開いた。
「奸賊共を討つ。奸賊とは即ち――鎌倉じゃ」
城家当主の言葉に、今更驚く者はいなかった。
皆がその一言を長く待ち侘びていたかのように深く頷いた。
向かい合う郎党達を見渡す長茂のすぐ傍らには、彼の妹である角姫、及びその甥である資家、資正の兄弟が座を並べている。
また、長茂を挟んだ反対側には城氏と連合を結ぶ各一門の頭目達も席を連ねており、その中には筆頭として高衡の姿もあった。その傍らには側近として控える雪丸の姿も見える。
長茂より決起の企てを知らせる使いが鎌倉の高衡の元を訪れたのは卯月の上旬であった。
決起参加の要請に、あの夜、景時より差し出された太刀を返した自分に是非はないものと高衡は即座に承諾を伝えたものの、漸く訪れようとしていた泰平の世に乱を企てること、そしてそれに加わることに深い逡巡はあった。だが今は既にその迷いは晴れていた。
……これが義ならば、そして我が身が武士なれば。
「まずは景時様への讒言の発端、小山朝政を討つ」
力を込めて長茂が仇敵の名を口にする。
「次に和田義盛、三浦義村ら我らが主君を陥れし首謀者とそれに組した者共、並びに連判状の主だったものは全て討ち取れ!」
一門最大の庇護者たる景時の仇の名が読み上げられるたびに、郎党達の目がギラギラと光る。
「……最後に全ての諸悪の根源である大倉御所、北条及び頼家一味を潰す。腐り果てた幕府を打ち倒し、真に我ら天下の武士達を治めるに能う棟梁を新たに立てる。我ら越後武者の手でそれを成し遂げるのじゃ!」
長茂の檄に一同が威勢よく応じる。
「決行は翌年初春。鎌倉の動向を見計らいながら、先に述べた奸賊共の屋敷を一斉に攻める。同時に、既に越後にて待機させている資盛(長茂の甥)が蒲原の鳥坂城を根城とし周辺勢力を抑える。角は明朝すぐにでも郎党を引き連れ出発し資盛の下へ合流の上備えを進めよ」
「はっ!」
力強く角が答えた。
長茂が話し終えたところで、高衡が口を開く。
「事を起こすにあたり、まず勅旨を賜らねばならぬ。朝廷より幕府討伐の御命を受ければ、我らは錦旗を頂く官軍であり、即ち我らの蜂起は真っ当な大義を掲げる義戦として名実共に天下に認められる。都合の良いことに、今の鎌倉は北条らの策謀により自らの手で不平と混乱を世の御家人や公卿達に撒き散らしておる。上手くこの機に乗じて挙兵すれば多くの武士団、京の公家達を味方につけることが出来よう。勅旨を得られるかどうか、この戦の勝敗はこの一局に懸かっておる。努々気を抜かれるな」
一同、成程と頷く。
「また、事を起こす前に鎌倉に知られれば朝廷に対し先手を打たれる可能性もある。くれぐれも先走った行動は自制されたし。宜しいな」
確認するように高衡は皆を見渡した。
0
あなたにおすすめの小説
古書館に眠る手記
猫戸針子
歴史・時代
革命前夜、帝室図書館の地下で、一人の官僚は“禁書”を守ろうとしていた。
十九世紀オーストリア、静寂を破ったのは一冊の古手記。
そこに記されたのは、遠い宮廷と一人の王女の物語。
寓話のように綴られたその記録は、やがて現実の思想へとつながってゆく。
“読む者の想像が物語を完成させる”記録文学。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
魔王の残影 ~信長の孫 織田秀信物語~
古道 庵
歴史・時代
「母を、自由を、そして名前すらも奪われた。それでも俺は――」
天正十年、第六天魔王・織田信長は本能寺と共に炎の中へと消えた――
信長とその嫡男・信忠がこの世を去り、残されたのはまだ三歳の童、三法師。
清須会議の場で、豊臣秀吉によって織田家の後継とされ、後に名を「秀信」と改められる。
母と引き裂かれ、笑顔の裏に冷たい眼を光らせる秀吉に怯えながらも、少年は岐阜城主として時代の奔流に投げ込まれていく。
自身の存在に疑問を抱き、葛藤に苦悶する日々。
友と呼べる存在との出会い。
己だけが見える、祖父・信長の亡霊。
名すらも奪われた絶望。
そして太閤秀吉の死去。
日ノ本が二つに割れる戦国の世の終焉。天下分け目の関ヶ原。
織田秀信は二十一歳という若さで、歴史の節目の大舞台に立つ。
関ヶ原の戦いの前日譚とも言える「岐阜城の戦い」
福島正則、池田照政(輝政)、井伊直政、本田忠勝、細川忠興、山内一豊、藤堂高虎、京極高知、黒田長政……名だたる猛将・名将の大軍勢を前に、織田秀信はたったの一国一城のみで相対する。
「魔王」の血を受け継ぐ青年は何を望み、何を得るのか。
血に、時代に、翻弄され続けた織田秀信の、静かなる戦いの物語。
※史実をベースにしておりますが、この物語は創作です。
※時代考証については正確ではないので齟齬が生じている部分も含みます。また、口調についても現代に寄せておりますのでご了承ください。
対米戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。
そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。
3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。
小説家になろうで、先行配信中!
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる