蒼旗翻天 -彼方へ 高衡後記-

香竹薬孝

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第6章 建仁の義戦 4

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数刻後、清水坂付近、某所。



 御所から引き揚げた一行や遅れて駆け付けた武者らが某寺に集い、座した後も、誰一人言葉を発する者はなかった。

(決起の日に比べ、随分と兵達の数も減ったようじゃ)

 堂の壁に凭れた高衡が、太刀や薙刀を抱いたまま俯き肩を落とす一行を無表情に見渡す。

 連合を結んでいた武者達や企ての途中で加わった兵達は風向きを察して離脱したものと見える。……ひょっとしたら、鎌倉の間者がその中に潜んでいたのかもしれぬ。

「……最初から謀られておったか!」

 一同の沈黙を破るように口を開いた男が、忌々し気に吐き捨てた後にオイオイと顔を覆って咽び泣いた。

「おのれ……おのれ、このままでは済まさぬ、決して済まさぬぞ!」

 悔し涙を滲ませ、歯を軋らせながら握り拳を床に突き立てる者もいる。

「憎きは和田と三浦、その一味じゃ。どこまでも我らを虚仮にしてくれる!」

「このままでは収まらぬ。何としても我ら城一門の迫力を源氏の奴らに見せつけてやらねばならぬ!」

「一度抜き放った太刀じゃ、彼奴らの血を吸わせてやるまで決して諦めぬぞ。御大将、我ら郎党最後までお供致しますぞ!」

 口火を切ったように皆が薙刀を鳴らし口々に意気込みを叫ぶ中、腕を組んで黙想していた長茂が応えるように立ち上がる。

「皆の闘志、真に天晴なり! それでこそ越後城一門の強兵じゃ。当初の目論見は崩れたとはいえ、皆の善戦の甲斐あり、我が郎党、一人も損なってはおらぬ。この一敗地、却って我らの燃え滾る炎に油を注いだようなものじゃ。今一度我ら奮い立ち、次こそ必ずや越後武者の迫力を以て怨敵鎌倉を打ち倒そうぞ!」

応おおおおお! と一同が清水坂の宵闇に鬨の叫びを響かせる中、

「やめよ!」

 まるで冷や水を浴びせるように高衡が鋭い声を上げた。

 その傍らでは、猛り狂う一同を氷のように冷めた眼差しで雪丸が睥睨している。

「……もう終わりじゃ。この戦、もはや勝算の望みはない。明日にでも、我らに対する追討の勅旨が下されよう。夜が明ければ、今度は我らが追われる番じゃ。徒に郎党らを損なうな。今のうちに皆越後へ落ち延びよ」

 フン、と武将の一人が嗤う。

「それがどうしたというのじゃ藤原殿? 我らの戦は最初から鎌倉が相手、和田三浦の兵共じゃ。わざわざ向こうから討ち取られに出向いてくれるというなら却って好都合、手間が省けるというものであろう。勅旨の当てが外れ、怖気づいたか臆病者奴!」

「判らぬのか⁉」

 立ち上がり、蔑みの目で睨みつける武者に詰め寄った。

「朝廷から勅旨は下されなかった。最早この戦に大義はない。大義無き私戦など闇雲に仕掛けて、亡き景時様が喜ぶと思うか!」

 一同を見回しながら高衡は叫んだ。

「皆が行おうとしていることは、朝廷の許しを得ずに我が奥州を攻めたかつての鎌倉と同じことじゃ! それがどれほどの悲惨を生んだか、どれほどの深い憎しみを残したか、この高衡がよく知っておる。違うのは只一つ、兵の動機じゃ。頼朝は大戦直後の混迷を極める諸国の坂東武士団、平家木曽残党を一つにまとめ戦乱の世を平らかにするという己の大義の為に奥州を犠牲とした。だが今の貴公らはただ鎌倉憎しの旗を振り回しているだけじゃ。憎しみで兵を起こす浅ましい戦に誰が加わろうとするものか、誰が新たな幕府を託すものか!」

 息を荒げ、声を荒げる高衡を一同は無言で睨みつけていた。

 やがて、高衡の呼びかけを黙って聞いていた長茂が口を開いた。

「……藤原の。貴公の言い分はわかる。だが、」

 厳めしい顔で見据えながら、長茂が告げた。

「――我らは、鎌倉が憎いのじゃ」

 その言葉を、高衡は只無言で返した。

 暫く互いの眼差しがぶつかり合った後、高衡は携えていた弓を長茂に差し出した。

「貴公、これは……!」

 聊か驚いた様子で高衡を見返す。じっと見つめる高衡が静かに語った。

「ここで袂を分かつとも、決起の際に皆と誓った我が志は最後まで其許らと共に在り。それだけは忘れないでもらいたい。……きっと無事に生き延び、角殿の待つ鳥坂城へ逃れられよ。御免!」

 そう言って背を向けると、高衡は雪丸を伴い軍勢の元を去っていった。



 後には、高衡の弓――かつて狩りの会にて景時より褒美に授かった弓が、長茂の手元に残った。
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