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第7章 蒼旗翻天 11
しおりを挟む三月朔日。越後国蒲原郡鳥坂城。
白鳥山の山頂に築かれたこの砦は、北西両側を断崖絶壁に囲まれ、天然の要害を利用し護りを固められた難攻不落の山城であり、城一門の反乱最後の拠点として多くの越後侍達がその護りに就いていた。
とはいえ、依然士気は高いものの、既に当主長茂の京における挙兵の失敗と討死の報は伝わっており、加えて資家ら有力残党の安否が不明ときており、少なからず郎党達に動揺が広がりつつあった。
「うむ?」
矢倉から見張りにあたっていた従卒が、彼方よりこちらに向かってくる一騎の騎馬武者らしき者を認め、同僚に指し示す。
「何者か城に向かってくるぞ。手負いのようじゃ」
やがて近づいてくるにつれ、その騎馬の正体が露わになった。
全身に幾本もの矢を受け、生死不明の武者が、馬の首にしがみつくようにぐったりと乗っていた。馬も傷だらけである。
しかしその左手にはしっかりと己が一党の旗印を携えているのが見て取れた。
「青い旗印……藤原家の軍旗か。友軍じゃ、門を開けよ!」
門が開け放たれ、わらわらと出迎えに現れた城氏郎党達に囲まれた平四郎は、手を借りながら転げ落ちるように馬から降りた。
傷だらけの愛馬は、主の無事を見届けると、安堵したかのように一鳴き嘶くとどうと倒れ、息絶えた。
藤原一門着陣の報告を受けた角や資盛もすぐさま門に駆け付ける。
二人の姿を認めた平四郎が畏まって跪く。ぽたぽたと土の上に血が流れ落ちる。
「奥州藤原一門郎党、津谷川平四郎。越後城一門鳥坂城挙兵に応じ、馳せ参じ候!」
身体中に矢が刺さったまま、血の泡に噎せ返りながら平伏する姿に角は思わず口元に手を遣り、涙ぐんだ。どれほどの難儀を越えて一人ここまで駆けてきたことか。手ずから柄杓を取り水を飲ませようとするが、既に身体が受け付けなかった。
報告は後で良い。先ずは手当てをしよう、という資盛の申し出も、平四郎は首を振って辞退した。もう幾らも自分の身体が持たないであろうことは承知していた。
「他の者達はどうしたのじゃ? ……高衡殿は、雪丸は、後から参られるのであろうな?」
胸騒ぎを感じた角が尋ねると、くうっ、と呻き声を洩らしながら平四郎が答える。
「道中、和田義盛率いる幕府勢三百騎の襲撃を受け、高衡以下藤原勢四十余、並びに同行していた城資家様、資正様御二方全員討死致し候!」
からん、と角の手から柄杓が落ちた。
「小次郎も……三郎も討たれておったか。平四郎とやら、良く知らせてくれた!」
弟達の訃報を知り込み上げる思いに声を震わせながら、資盛が平四郎の肩に手を遣り礼を言う。
「なれど!」
平四郎は顔を上げ、一層声を張り上げた。
「我ら四十余の魂は今此処に、この蒼旗と共に参陣したり! ――奥州藤原一門、この度の義戦に加勢致し候っ!」
苦し気に吐いていた息が止み、動かなくなった平四郎から旗を受け取った資盛が、涙を流しながらその亡骸に語りかけた。
「……まことの壮士なり。我ら越後城家、藤原一門の加勢、心から歓迎するぞ!」
蒼天に靡く藤原家の旗を、副将に手渡す。
「我らの旗と共に掲げるがよい」
「……妾は、高衡殿がまだ何処かで生きているような気がしてならぬ」
矢倉にはためく蒼い旗を見上げながら角が誰にともなく呟いた。
「今にも麓の方から雪丸と二人して手を振りながら現れるような気がしてならぬ」
ぎゅう、と高衡から授かった太刀を握り締めながら、蒼天に溶けていきそうな旗を眺める。
「鎌倉の庭に咲く花を眺めながら、雪丸と二人で笑っているような気がしてならぬ」
じわり、と青空と旗の色が滲む。
「妾の忘れた頃に、奥州から息災を知らせる文が届きそうな気がしてならぬ」
しゃくり上げながら、角の身の丈に届きそうな大きな太刀を掻き抱く。
「妾は……生きてやるぞ」
すん、と鼻を啜り、抱きしめていた刀を、抜き放つ。
「戦って、戦い抜いた後にも生き残って、何十年と生きて……いつの日か、何だ、貴公ら、やっぱり生きておったじゃないかと、笑ってやるのじゃ!」
片手の太刀を天へと翳し、涙を拭いながら、真っ青な旗に笑いかけた。
「――貴公だって、そうやって十何年も生き残って、いつも妾の前で優しく笑っていたであろう?」
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