6 / 27
蓮華の宴 4
しおりを挟む
小袖袿の普段着から男物の狩衣に着替えた皆鶴が高衡と対峙する。流石に真剣で立ち会うわけにはいかないので二人とも手頃な棒切れを木刀として携えている(なおこの時代の武芸の基本は騎射三物といわれ、剣術は余り一般には確立しておらず、後世に用いられるような木刀もまだ存在していない)。
「はっは、これは見ものぞ!」
中庭にて対峙する二人を御所の縁側からはらはらしながら見守る北の方を余所に呵々大笑する忠衡。その横でひそひそと囁き合う兄二人。
「四郎奴、軽率にも程がある」
苦虫噛み潰したような顔で泰衡が呟く。
「当人の希望で里の側仕えを担ってもらっているが、曲がりなりにも皆鶴殿は食客待遇。昨日の宴の来賓もまだ平泉に留まっているというに、藤原一門に連なる者が婦女子をいたぶるような真似をしたとあっては天下の大顰蹙ぞ」
その横で同じような難しい顔をしている国衡だが、こちらは泰衡の懸念とは別のことを案じている様子だった。
「確かに四郎は腕が立つ。この国衡を除けば奥州に並ぶもののない武士ではある。しかし……」
観衆の思惑を他所に、高衡が構えをとる。日頃対騎馬戦を想定した徒戦訓練を積み重ねているのだろうか、腰を落として相手の馬の脚を狙い、甲冑の防御を前に出す、今でいう霞の構えに近い姿勢である。
対する皆鶴は現在の剣道における中段の構えにほぼ近い姿勢で高衡に対峙する。
「皆鶴殿、いつでもこられよ」
「はい。……では、いざ!」
結局、三度の打ち合いで三度とも高衡の勝ちとなった。
「恐れ入りましてございます」
深々と礼をする皆鶴。
「四郎、もう気が済んだであろう。あまり女人相手に気を立てるでない」
忠衡の言葉に、高衡はわなわなと肩を震わせた。
「四郎?」
「……おぬし、身共を愚弄するつもりか?」
それは兄達の揶揄いにではなく、只今の立ち合いで負かした相手、皆鶴に対する怒りであった。
「本気で闘えっ!」
吠え猛りながら大上段に木刀を振り上げる。
それを見た国衡が「やはりな」と呟いた。「あの娘最初から手を抜いておった」
高衡の気迫に、皆鶴も再び構えをとった――否、構えを解いた。
しかし高衡は直感で相手がこれから攻めに踏み込むものと判断した。
「うおおおっ!」
気合一迫、一足飛びで皆鶴に斬りかかる。
「あっ!」
北の方が顔を覆った。
高衡の木刀があと一歩というところまで皆鶴の面に迫る。
次の一瞬。
高衡のすぐ眼前に皆鶴の顔があった。
お互いの唇が触れるほど、鴉色の髪が高衡の頬に触れるほどに皆鶴の凛々しい顔が目の前一杯に迫った。
皆鶴の吐息が、高衡の鼻先に触れる。
「な――!?」
「鋭(えい)っ!」
パアアンっ! と高い音を立てて高衡の木刀が宙を舞った。
一瞬の静寂と沈黙。それにどよめきが続いた。
「何が起こったのだ?」
「……判りませぬ。皆鶴殿が刀を振り上げた一瞬後には四郎の刀が叩き落されておったとしか俺には見えませなんだ」
「はっは、様ァないな四郎よ!」
唖然とする兄達の横で忠衡は腹を抱えて大笑いしていた。その後ろでは両掌で顔を覆ったままぶるぶると北の方が蹲っている。
「……参った」
そう呟くと、その場に高衡はへたり込んだ。未だに自分の見たものが信じられぬという表情だった。
「失礼を致しました」
一礼し、皆の元へ踵を返そうとする皆鶴を「待て」と呼び止める。
「頼む。明日、もう一勝負手合わせを願いたい。今の其許の一太刀、見極めてみとうなった。……いや、身共はそなたにどうしても勝ちたいのじゃ!」
彼が初めて皆鶴に向ける真摯な眼差しに、皆鶴はにっこりと笑い答えた。
「勿論、いつでも喜んでお相手いたします」
「皆鶴殿。先ほどは愚弟が失礼仕った」
皆が三々五々に散った後、自室に戻る途中の皆鶴を泰衡が呼び止め、詫びた。
「ところで、其許が披露したあの秘剣。あれは鞍馬仕込みの業か?」
「左様にございます。秘剣というほど大層なものではございませぬが」
「いや、御見それ申した。鞍馬仕込みということは、ひょっとして九郎義経殿もあの剣筋を?」
「勿論。前に吉治様が話されていた通り、九郎様と私は鞍馬で共に父達から剣術を仕込まれたのでございます」
そう言って皆鶴は、何とも困ったような微笑を浮かべ携えていた太刀を泰衡の前に示して見せた。
「私などが、今の九郎様に敵いますかどうか……」
「はっは、これは見ものぞ!」
中庭にて対峙する二人を御所の縁側からはらはらしながら見守る北の方を余所に呵々大笑する忠衡。その横でひそひそと囁き合う兄二人。
「四郎奴、軽率にも程がある」
苦虫噛み潰したような顔で泰衡が呟く。
「当人の希望で里の側仕えを担ってもらっているが、曲がりなりにも皆鶴殿は食客待遇。昨日の宴の来賓もまだ平泉に留まっているというに、藤原一門に連なる者が婦女子をいたぶるような真似をしたとあっては天下の大顰蹙ぞ」
その横で同じような難しい顔をしている国衡だが、こちらは泰衡の懸念とは別のことを案じている様子だった。
「確かに四郎は腕が立つ。この国衡を除けば奥州に並ぶもののない武士ではある。しかし……」
観衆の思惑を他所に、高衡が構えをとる。日頃対騎馬戦を想定した徒戦訓練を積み重ねているのだろうか、腰を落として相手の馬の脚を狙い、甲冑の防御を前に出す、今でいう霞の構えに近い姿勢である。
対する皆鶴は現在の剣道における中段の構えにほぼ近い姿勢で高衡に対峙する。
「皆鶴殿、いつでもこられよ」
「はい。……では、いざ!」
結局、三度の打ち合いで三度とも高衡の勝ちとなった。
「恐れ入りましてございます」
深々と礼をする皆鶴。
「四郎、もう気が済んだであろう。あまり女人相手に気を立てるでない」
忠衡の言葉に、高衡はわなわなと肩を震わせた。
「四郎?」
「……おぬし、身共を愚弄するつもりか?」
それは兄達の揶揄いにではなく、只今の立ち合いで負かした相手、皆鶴に対する怒りであった。
「本気で闘えっ!」
吠え猛りながら大上段に木刀を振り上げる。
それを見た国衡が「やはりな」と呟いた。「あの娘最初から手を抜いておった」
高衡の気迫に、皆鶴も再び構えをとった――否、構えを解いた。
しかし高衡は直感で相手がこれから攻めに踏み込むものと判断した。
「うおおおっ!」
気合一迫、一足飛びで皆鶴に斬りかかる。
「あっ!」
北の方が顔を覆った。
高衡の木刀があと一歩というところまで皆鶴の面に迫る。
次の一瞬。
高衡のすぐ眼前に皆鶴の顔があった。
お互いの唇が触れるほど、鴉色の髪が高衡の頬に触れるほどに皆鶴の凛々しい顔が目の前一杯に迫った。
皆鶴の吐息が、高衡の鼻先に触れる。
「な――!?」
「鋭(えい)っ!」
パアアンっ! と高い音を立てて高衡の木刀が宙を舞った。
一瞬の静寂と沈黙。それにどよめきが続いた。
「何が起こったのだ?」
「……判りませぬ。皆鶴殿が刀を振り上げた一瞬後には四郎の刀が叩き落されておったとしか俺には見えませなんだ」
「はっは、様ァないな四郎よ!」
唖然とする兄達の横で忠衡は腹を抱えて大笑いしていた。その後ろでは両掌で顔を覆ったままぶるぶると北の方が蹲っている。
「……参った」
そう呟くと、その場に高衡はへたり込んだ。未だに自分の見たものが信じられぬという表情だった。
「失礼を致しました」
一礼し、皆の元へ踵を返そうとする皆鶴を「待て」と呼び止める。
「頼む。明日、もう一勝負手合わせを願いたい。今の其許の一太刀、見極めてみとうなった。……いや、身共はそなたにどうしても勝ちたいのじゃ!」
彼が初めて皆鶴に向ける真摯な眼差しに、皆鶴はにっこりと笑い答えた。
「勿論、いつでも喜んでお相手いたします」
「皆鶴殿。先ほどは愚弟が失礼仕った」
皆が三々五々に散った後、自室に戻る途中の皆鶴を泰衡が呼び止め、詫びた。
「ところで、其許が披露したあの秘剣。あれは鞍馬仕込みの業か?」
「左様にございます。秘剣というほど大層なものではございませぬが」
「いや、御見それ申した。鞍馬仕込みということは、ひょっとして九郎義経殿もあの剣筋を?」
「勿論。前に吉治様が話されていた通り、九郎様と私は鞍馬で共に父達から剣術を仕込まれたのでございます」
そう言って皆鶴は、何とも困ったような微笑を浮かべ携えていた太刀を泰衡の前に示して見せた。
「私などが、今の九郎様に敵いますかどうか……」
0
あなたにおすすめの小説
古書館に眠る手記
猫戸針子
歴史・時代
革命前夜、帝室図書館の地下で、一人の官僚は“禁書”を守ろうとしていた。
十九世紀オーストリア、静寂を破ったのは一冊の古手記。
そこに記されたのは、遠い宮廷と一人の王女の物語。
寓話のように綴られたその記録は、やがて現実の思想へとつながってゆく。
“読む者の想像が物語を完成させる”記録文学。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
徳川慶勝、黒船を討つ
克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
尾張徳川家(尾張藩)の第14代・第17代当主の徳川慶勝が、美濃高須藩主・松平義建の次男・秀之助ではなく、夭折した長男・源之助が継いでおり、彼が攘夷派の名君となっていた場合の仮想戦記を書いてみました。夭折した兄弟が活躍します。尾張徳川家15代藩主・徳川茂徳、会津藩主・松平容保、桑名藩主・松平定敬、特に会津藩主・松平容保と会津藩士にリベンジしてもらいます。
もしかしたら、消去するかもしれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる