【完結】【R18】池に落ちたら、大統領補佐官に就任しました。

mimimi456/都古

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番外編

番外編 ユディール君の秘密 1

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隣国には、必ず番と呼ぶ存在がいるらしい。
ただの神話に何をそんなに夢を見ているのか。

僕の冷めた心境など気が付く筈もない妹たちは、身を焦す程の恋がしてみたい、とお喋りを繰り返す。

僕に、そんな自由は許されない。

貴族と言うものは生まれながらに婚約者が決まっている。それこそが僕の運命で、人生で、生涯。
より良い取引の為に僕は生かされている。

その為に磨き上げたこの容姿には、自信がある。
なんと言っても、婚約者様は僕の顔が好みらしい。
それにダンスもお好きだ。

孔雀も逃げ出しそうな派手なドレスで、舞踏会に出ては、流行を作りその支払いを僕に押し付けている。
それでも僕は笑顔を貼り付けて言うんだ。

「構わないよ。君が素敵な事が僕の誇りだ。」

そう言って体に染み付いたダンスを、今日も華麗に踊る。

綺麗なダンスはそれだけで人を惹きつける。
これで僕は家の財力を自慢できて、
彼女の家の宣伝にもなる。
実に効率的な宣伝方法だ。

そんな僕たちも旅行くらいは行く。
とは言っても布とアイデアの仕入れなのだけれどね。
隣の獣の国は、僕らの国より遥かに興行技術が発達している。
ボールペンはとても書きやすいし、スーツもカッコ良い。
僕の服はいつもヒラヒラして派手に飾り立てられる。全く気が滅入る。

その日は気まぐれに文房具店へと入った。
彼女は侍女と一緒に新しいドレスを見に行って僕は暇を持て余していた。

ショーケースの中には万年筆と呼ばれるペンが有って滑らかなフォルムが光を反射させてとても綺麗だった。

羽ぺんは折れやすく消耗が激しいが、ガラスペンは硬くて指が疲れやすい。
その点、万年筆なら使う程に手に馴染むと店主が言う。

確かにコツが要るかもしれないがこれなら。

そう思った時、別の客が来たらしい。
店先のドアベルがゴロンと鳴ってドアが開いたその隙に、間を塗って烏がやって入って来た。

「うわぁっ、」

真っ黒なそれは僕を目掛けて翼を大きく広げると、スーッと肩へ着地した。
あまりにも静かで、当たり前のように停まったから僕も一瞬勘違いかと思った。

でも、ギギギ、と頭を動かすとやっぱり烏が僕の肩に停まってる。

「どうしよ、う…」


思わず近くに居た店主を見れば、何故か嬉しそうに笑っている。
周りの客も皆が、口々におめでとうと言う。

「何が、どうなってるのさ、」

こっちは全然おめでたくないんだけどっ、!?

「あの!!」

また来客のベルがゴロンと鳴った。

「こっちに烏は飛んできませんでしたかっ」

「もしかしてこの烏ですか。」

僕は普段なら綺麗だと言われる顔にこれでもかと、不満を表すとその人は僕を見るなる言い放ったのだ。

「結婚しましょう!」

「嫌です。」

「何故っ、!?」

「僕には婚約者が居ますので。」

「いいえ、それでも、私と結婚しましょう!」

「だから無理です。」

「駄目ですっ、その鳥は私たちが番の証ですよっ!?」

男がそう喚くと、烏はトンッと床に降りてドアの前まで数歩跳ねると立ち止まること数秒。
のちに“出来た”客が烏様のために重いドアを引いて、道端まで見送っていた。

ーーーなんだ、これ。

その日から僕の退屈な日々は変わった。
言えば、嵐に巻き込まれた気分だ。
どうしてもと言われその場では名乗るだけで終わった。
なのに、次の日から彼は何処に行くにも僕の前に現れた。

「行き先は言ってない筈だけど。」

そう、僕はあくまで婚約者との旅行と言う仕入れ中なんだ。
だから得体の知れない烏男に、こうも居場所が知られちゃ体裁が悪い。

「僕には婚約者が居ると言っているだろっ、付き纏われるのは迷惑だ。」

「ごめんねユディール君、でも私は彼女にお茶に招かれたんだ。」

しかも僕の婚約者まで手懐けた。
彼の百面相には舌を巻く。
あれは、僕の知る限り胡散臭い笑顔だ。

その笑顔、僕は見慣れてるんだよ。

貴族に寄ってくるゴミカスどもは下手くそなゴマスリ顔を浮かべて擦り寄ると、何か褒美が貰えると信じている。

僕は残りの旅程をしぶしぶ乗り切った。
この胡散臭い烏男ともこの国を出れば、さようならだ。

そう思ったのに。

「やあっ!お邪魔しているよユディール君。」

「な、なんで…っいる、」

数ヶ月ぶりに現れた男は、真っ黒な軍服を身に付けていた。
見違えた。
文房具屋で会った時もその後も、ヨレたシャツとパンツだったのになんだ、これ。

ぼさっとした髪は綺麗に撫で付けられて、オールバックになっている。
ズボンも襟もきちんとプレスされて、これでは僕の方が場違いな気になるじゃないか。

「ユディール、お前このような御方が知り合いにおいでなら紹介しなさい。」

父のあんなに穏やかな顔久しぶりに見た。

「すみません父上。ですが僕も彼の事は名前くらいしか知らないもので。」

「そうなのか?一体何故…」

首を傾げる父に烏男は言った。

「私が明かさなかったのです。彼が神の導きによって僕の番だと言うことは確かだったのですが…侯もその辺りは察して頂けますかと。」

彼が見せた一瞬の凄みを僕は見逃さなかった。
と言うことは父も気付いた筈。

「我々の悲しい性ですな。」

「いいえ、手立てを講じるのは策士の証ですよ。」

「ははっ」

穏やかな時間が過ぎた。
結果、この密かに自称した・策士男は父のお気に入りになったようだ。

「では、息子に送らせよう。」

「恐れ入ります、ではお言葉に甘えて。」

そこに僕の意思は
一切存在していない。
家長が言えば従うのが僕の人生で、生涯。

「遅らせちゃってごめんね。」

「構いませんよコールマンさん。」

「なんか、怒ってる?」

「怒ってませんよ。」

僕の人生をこんな得体の知れない男に関わられてたまるか。

「私の仕事が気になってるのかい?」

「父が知っているならそれで十分です。」

彼の革靴がコツコツと鳴る。
規則正しいその音が耳に心地良く響くが、それがパタリと止んだ。

「どうかし、ま…っ、痛っ、」

前を歩く僕の腕をグッと痛い程に引かれ、連れて行かれたのは路地裏だった。

壁に打ちつけた背中が痛い。

「ごめんね。でも私には本当の君を見せて欲しい。」

「意味が分からない。衛兵を呼ぶぞ。」

ギッと睨み付ける僕の視線を、彼は歯牙にも掛けない様子で、むしろ僕の瞳をじっと覗き込んで、ニコッと微笑んだ。

「そういう顔も素敵だね。格好良い男の子だ。」

吐息が掛かる程の近さだ。
軍帽を被って陰る瞳すら、彩度が上がる。

「本気か。」

「本気だよ。」

「遊びなら許す。」

「駄目だ。」

「駄目じゃない。本気だ。」

「僕もだよ。」

次に、口を開いた時にはどちらからともなく唇を付けていた。
抵抗は、無かった。
むしろ、そうなるべく有ったかのように僕と彼の唇は合わさった。

ぴたりと合わさった唇は、はくと息を吸う度に彼の唇を待ち受けて、また合わさるのを待った。

次第に、合わせるだけじゃ足らなくて、ぺろりと舐めた。
高揚感が胸一杯に広がって、気が付けば無我夢中で彼と口を全部合わせて、舌と息を味わっていた。

鼻で息をする度に、興奮の度合いが分かり。
彼もそうだ。
律儀に腰に回した腕が、どんどん強くなっている。
やがて僕の後頭部を抱え込んで、永遠とも思える程のキスが続いた。

僕は唾液を飲んであげなかった。
代わりに嬉しそうに啜って彼が飲む。

「ユディール、君。」

そう言ってキスを止めようとしたのは、彼からだった。
そんなのズルい。
こんなキスをされたら、もう後には引けない。

「ユディール君…んぅっ。」

僕は肩を押されて、漸く唇を離した。

「可愛い顔だね。」

「ばかじゃないのか」

唇を白手袋が拭う。
どっちの唾液で濡れたか知らないけど、卑猥だと言うことだけは分かる。

「これは、此処だけの話だからな。」

僕も袖でゴシゴシと口を拭う。

「それは許さないよ。」

「何?」

この男、凄めば良いと思ってるのか。

「それは許されない。きみは僕の番だ。それは君の婚約者も承知している。」

「彼女が承知しても、父が…」

「いいや。彼も近い内に了承する事になるよ。そしたら君は自由だ。煩わしい枷の無い君はとても美しい姿を見せてくれるだろうなぁ。」

楽しみだなぁ、と呆けた声でくるくる回る。

「この、頓珍漢め。」

チグハグな空気と会話の男を、僕はキチンと宿まで送り届けた。

「三日待ってユディール君。それまでには君のお父様を懐柔してみせるよ。」

「僕はお姫様じゃない。」

「そうだね。じゃあ私は悪い魔法使いになるよ。」

「お似合いだな。」

「もしそうなったら、ご褒美をくれるかい?」

「何の話?」

宿までの道を僕たちは歩く。

「私が君のお父さんを懐柔したら、だよ。」

たかだか1回のキスと、カミサマの烏でそうまで言い切れる事が凄い。
でも、現実はそう上手くはいかない。

彼は隣国の誰だか知らないが、一介の軍人だ。
そんな男に僕の家の事情が解決出来るとは思えない。

事業と姻戚関係は事更に大事だ。
この国で権力を維持するならそれが1番手堅い。
それに家の跡継ぎはどうする。

男は僕だけだ。
妹が二人いるが、下はまだ幼い。
上の妹が婿を迎えるのか。
そうなると、それは父さんが許さないだろう。
あくまで実権はケプロン家が握らなくては、僕も気が休まらない。

だから、そんな事は無理だと僕は言う。

「そんな事をされたら、僕の今まではなんだったんだ。」

「ユディール君、?」

宿からの道を僕は走って帰った。
そんな事が叶ったら僕は一体どうしたら良い。

ふと、昔読んだ新聞を思い出した。
あれは気球に乗って男が旅をする、というものだった。
集まった観衆はそれを盛大に祝って、空に浮いて手を振る男に歓声を送った。
確かにそれは偉大な1歩だった。
誰も成し遂げていない、初めての冒険。
未知への挑戦だ。

でも、観衆は誰も知らない。
命綱の無い気球の恐ろしさを。

着地の補助は無く、風向きで風圧で気まぐれに進路が変わる。飛んでいる途中で悪天候にも遭うかも知れない。
それでも、助けてくれる人は誰もいない。
誰も、彼に着き補助してくれる人は居ないのだから。

新聞なんて半分は出鱈目だ。
本当の事はどうなのか知らないけれど、僕は。
僕には、そんな自信は無い。
ましてや補助してくれる人なんて、見つけられない。

僕は学院では成績は良かったけど、友達の作り方は教わらなかった。
仕事でも、仲間は出来たがそれが友人へと変わる事はない。
僕も彼らも、所詮は利害関係で繋がっている。
そもそも、友人を作りたいとも思わないのだけれど。

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