上 下
37 / 64
番外編

番外編 彼に賞杯を1

しおりを挟む


異世界は意外と休みが取れる。
まるでバイトみたいに今日暇だから帰って良いよ、と言われる。
ありがてぇ。

ダイニングテーブルにデコを打ち付けた成果だ。

向こうでも明日明後日休んで良いぞと言われたりはした。
同じことを言われている筈なのに今の方が腹が立たないのはなんでだろうなぁ。

使いたい時に使えない癖にそういう事はするんだよな。

まぁ、いいや。それで。
そう言う時は昼飯もそこそこに片っ端からレシピサイトに検索をかける。
メモして、リスト作って、金を降ろしてスーパーに行く。
俺だけの華金タイムの始まりだ。

それを今、異世界でやっている。

昼過ぎに帰ると町中が眩しく見えるのは気のせいじゃないよな。
目に染みる。

そんな疲労困憊の身体に鞭打って俺は今、メレンゲを作っている。
向こうで男の俺がハンドミキサーを買う勇気は無かったけど、こっちには有る。
更に、残念ながら魔法が使えない俺の為に補佐まで付いている。

補佐官の補佐見習いの料理補佐、ゼフだ。
訳わからんな。

ゼフが魔法仕様ハンドミキサーのスイッチを入れてくれて、止めたい時もゼフに頼めば止めてくれる。

どっかの誰かさんとは大違いだなぁー?

細々としたレシピを覚えてる訳じゃない。
忘れても良い様に分かりやすい分量のレシピだけ選んで作る。
例えば、全部10グラムずつとか。
バター5グラム、砂糖10グラム、牛乳100グラムとか。
山勘で"確か増えていくパターンだったよな"で作れる奴だ。

お陰でスマホが無い魔法世界でも、なんとなーく作れる。

あぁ、でも砂糖がボウルの中でジャリジャリ混ざる音は少し苦手だ。
卵黄と混ぜてシャクシャクにする。
ジャリジャリはダメだ。
シャクシャクは良い。美味そうな音だ。
薄力粉も入れる。
えぇーと。確か。
卵2個、砂糖2杯で、バニラ2滴だから薄力粉は20グラムだった筈。
んで、牛乳が100ccだ。

まぁ、そんなもんだろ。
バター塗って、うん、?

「なぁ、ゼフ。バター塗るのって全体の方が良いと思う?ちょっと記憶に自信がない。」

ニコニコと俺の側に控えてるこの厨房の主人に聞いてみる。

「底だけでも構わない様に思いますが。念には念を入れて全体の方が良いかも知れませんね?」

「んーそう?」

「えぇ。焦がしてしまっては勿体無いですし、香り付けが効いています。薄く塗れば風味が変わることは無さそうにお見受け致しますな。」

「じゃあそうする。」

なんか、底だけに塗るってレシピに書いてあった気がするんだけど、俺は心配性だから前作った時も容器全部に塗った気がする。
そこまで覚えてねぇよ。細けぇ。けどあれだな。

「バター塗るの癒しだわ。」

ぬるぬる溶けて広がるの気分良いな。はぁ。癒し。
確かバターを直塗りする為のグッズがあったよな。ペンみたいに。
あれやってみたかったわ。

ま、それはいいや。
とりあえず、シャクシャクの卵液とメレンゲを混ぜて冷やした奴をゼフ一押しの耐熱容器に入れていく。

「お任せくださいトキ様。」

「ふっ、さすがゼフ。芸が細かいなぁ。」

職人気質のこの料理人は生地を流し込んだ器を持つと、ナイフで綺麗に平らにし、器の縁を拭う。

「美しいもの見たさでつい。申し訳ありません。」

いや、分かる。食い物は見た目も大事だ。
というか楽しそうだなゼフ。
もしかして飾り付けとかやってくれそうだな。

「よし、あとは焼くだけだ。」

例に漏れず3つ焼いて、俺とゼフと予備分。

「うまぁ。」

はぁ。まじでうまい。バニラとふわふわ生地最高。
うんまぁ。
出来立て熱々のスフレってまじで冷えてる時とは別の美味さがあるよなぁ。
しみじみ味わってイライラしてた脳みそが溶けていくのを感じていると、目の前の料理長が何やらスッと席を立った。

「ぜ、ゼフ?」

その後ろ姿が声を掛けずらい物々しさで。
思わず黙って眺めていたら、気が付いてしまった。
さすがだわ。ゼフ。天才だ。料理長。

「失礼しますトキ様。こちらホットチョコレートとバナナをご一緒に如何ですか。」

バニラ風味のスフレの上にスライスしたバナナと、あったかいチョコレートが注がれて。
えへへ。
やばい。ニヤニヤが止まらねぇ。

「上物だけで何種類作れるんだろうね。」

「ざっと、4つは思い付きましたトキ様。」

「俺は3つ。」

そこからはお互い無言で作業を繰り返す。
試食がアイデアを生み出し過ぎた。粉砂糖万歳。
黙々とこなす"美味しい"の為の作業はすっきりストレス発散になった。

それをエルムディンが居ない間に邸中の皆で食べて、皆がニコニコ美味いって食べてくれる。
此処に来なきゃ永遠に味わえなかった幸せだ。

この幸せを分けてあげたい奴がいる。

結婚する前、デートに誘ってくれたあの時間達がどうやって捻出されていたのか疑問な程、エルは多忙で、まともに顔を合わせていない日々が続いていた。

勿論、仕事で会わない時も有る。会えたらラッキーだ。
そんなラッキーに遭遇した今朝、アイツは心底不機嫌そうな顔をして廊下を歩いていた。

イケオジの真顔って怖過ぎるだろ。
こいつでも食って機嫌直せ。

スフレに手紙を付けて置いておく。
明日はアイツ休みらしい。俺も。

ライオンの大統領は甘い物好きって、誰も知らないだろうな。
俺はストレス発散できて良いけど。
そういえば、アイツのストレス発散方法ってなんだろうな。聞いた事無かった。

追伸
ストレス発散方法を教えてください。 トキアキ・K
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

窓側の指定席

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:3,429pt お気に入り:13

桜の君はドSでした

BL / 完結 24h.ポイント:355pt お気に入り:16

呪われた第四学寮

ホラー / 完結 24h.ポイント:1,917pt お気に入り:0

男は歪んだ計画のままに可愛がられる

BL / 完結 24h.ポイント:447pt お気に入り:11

それはダメだよ秋斗くん!

BL / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:20

ラグナロク・ノア

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:355pt お気に入り:3

モテたかったがこうじゃない

BL / 連載中 24h.ポイント:1,356pt お気に入り:3,856

不倫相手は妻の弟

BL / 完結 24h.ポイント:5,205pt お気に入り:94

処理中です...