本魂呼びの古書店主(代理)

安芸

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猫だるま古書店・訪問編

ただいま隠密行動中

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 すぐに咒文じゅもんを唱える。

「極めて汚濁きたなき事も とどこおければ 穢濁きたなきはあらじ 内外うちと玉垣たまがき きよきよしとまおす」

 パン!

 一柏手を打つ。
 一切成就祓いっさいじょうじゅのはらえ祝詞のりとでも、これだけ濃い霊気だと一度の読誦どくしょうではあまり効果がないようだ。

「極めて汚濁き事も」

 ミトラは更に念を込めて読誦を繰り返す。
 前を見て、人や物にぶつからないよう小走りで急ぐ。

「滞り無ければ 穢濁きはあらじ」

 身体にまとわりつく本魂の圧は、まるで汚染された泥土によく粘る納豆を混ぜたみたいな感触で、非常に気持ち悪い。

「内外の玉垣 清し浄しと白す!」

 掻き分けるように進んでも、なにかどろりとしたものが肌にべっとりと絡みつく。
 足裏もアスファルトの地面から糸を引く感じだ。ちょうど蜘蛛の巣にかかった虫みたいに、もがけばもがくほど脱け出せなくなる状態によく似てる。

 ……うう、気色悪ぅ。

 三度目の読誦は、左手首の念珠に念を注いで唱えた。
 最後に、パン! と強く一柏手を打つ。

「ふう」

 ゆっくりと霧が晴れるように、本魂の圧が薄らぐ。霊力の低い本魂は、本体である本に戻ったのだろう。
 ミトラは不快な気分で辺りを見ながら、ぼやく。

「……ま、一時的なんだけどね。それにしても予想以上に本魂の数が多いわー。それだけ古い本があるってことかなぁ」

 本魂ほんたまは本が古ければ古いほど強くなる。
 本に込められた思念や執着の分だけ、善にも悪にも転ぶ。
 個々に性格も違って、おとなしく本の中にいればよし。そうでなければ、人に化けたり、動物に化けたり、霊体でふらふらしたり、言うこと成すこと本魂も色々だ。

「これだけドロドロの嫌な霊気が溜まってるとなると、神保町には欲求不満な本魂がやたらと多いってことなんだよねぇ。……うん、絡まれたら厄介だな。急ごう」

 標識を探したけど、神保町四丁目の案内が見つからない。仕方ないので、靖国通りを九段下方面に向かう。三丁目がその近辺なので、四丁目はもっと奥に違いない。
 神保町交差点に差しかかったところで、ミトラは目の前に広がる光景にギョッとした。

「なにこの人だかり……」

 うんざりするほどごった返している。
 周辺は高層ビルや出版関連の建物がずらりと並び、飲食店も多く、車の往来も激しい。
 祭りらしくのぼり旗がはためき、紅白の提灯ちょうちんが吊るされている。
 歩道には古本を積んだワゴンが置かれ、欲しい本を物色する人でムチャクチャ混雑していた。
 ミトラは一気に突っ切りたい気持ちを諦めた。チズを振り返り、唇に人差し指をあてて言う。

「しー」
「しー」

 チズが両手で口元を押さえた。
 ミトラは頷き、小さく耳打ちする。

「人波に紛れて行こう」
「はあい」

 目立たないよう、周囲と足並みを乱さず歩く。チズはトコトコとついてくる。
 ちなみに、すれ違いざま耳に届く「あの子メッチャ可愛い」とか「声かけてみるか」という下心満載な声は聞こえないふりだ。
 雑多な喧騒に集中するミトラの耳に、肉声ではない本魂の声が響いた。

「……なにかおるなあ」
「おるなあ」

 軽い相槌と辺りを探る鋭い視線。
 ギクリとして、ミトラは思わず固まった。
 つられてチズも立ち止まる。
 息を殺して耳を澄ます。緊張のあまり、額にじっとりと嫌な汗がにじむ。

「姿が見えんの。ちと珍しくないか」
「ほっほう。なんと、この気配は器ごと乗っ取れそうじゃな」
「うむ。遊べそうな人の子だのう……近いのう。どこかのう」

 怖い会話を聞いて、ミトラは震えた。ついうっかり、そちらを見てしまう。

 ……うっわ、やば!

 バッチリ眼が合った――ような気がした。

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