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猫だるま古書店・訪問編
霊符に封印
しおりを挟む――迎え討つ。
強力な念を霊符に込めて、お化け金魚めがけて投げ飛ばす。
素早く封印の咒文を唱える。
「妖繋縛 彼の者を此処許に封じ給え オン・マリシエイ・ソワカ!」
パン!
柏手を打つ。
主神である摩利支天の加持を願い、術のかかった霊符が一直線に飛ぶ。
狙い通り、お化け金魚の眉間にぺたりと貼りつく。
次の瞬間、霊符がカッと光った。
自由を奪われたお化け金魚は、光に包まれ霊符に吸収されて、跡形もなく姿を消す。
と同時に、静かになった。もうどこにも暴力の気配はない。
美少年は緊張の糸が切れたのか、ひどく疲れた様子でその場にへたり込む。
役目を終えた霊符が、ふわりと土間に落ちる。
ミトラはそれを拾い上げて、九字を戻す咒文を唱えた。
「オン キリ キャラ ハラ ハラ フタラン バソツ ソワカ」
三度繰り返し、ようやく「はあ」と一息つく。
ミトラはお化け金魚の悪食被害から免れた、風呂敷包みやいくつかの術道具を回収した。
「あーもう、最悪。……まあでも、じーちゃんから預かった本が無事でよかった」
風呂敷についた埃をパッパッと手で払う。そこでハッとした。
「手みやげ……!」
トートバッグに入れていた、財布やスマホと一緒に手みやげを失ってしまった。
ミトラが痛恨の表情で立ち尽くしていると、不意に声をかけられた。
「へぇ。女の子で強い陰陽師なんて、珍しいな」
真後ろから響いた声にびっくりして、ミトラは振り返る。
背後に立っていたのは、端整な容貌の男だった。
涼しげな切れ長の黒い瞳。色気をまとう甘い顔立ちは、独特な雰囲気がある。
長身で細身でも、痩せすぎてはいない。黒一色の着物姿がとても様になっている。
彼はミトラの驚き顔を見て、人懐こくニコリと笑う。
「やっと見つけた」
「は?」
意味不明な呟きに、ミトラは耳を疑った。戸惑いつつ、まじまじと彼の顔を見る。
……初対面なんですけど。
聞き間違いかな、と思いきや、彼はとんでもない行動に出た。
「僕の愛しい人。また会えて嬉しいよ」
彼は喜びに弾んだ声で告げて、ミトラの後頭部を軽く抱き寄せる。
そしてなんと、額に、ちゅ、とキスした。
「――な」
思わぬ不意打ちに眼を見開く。
ミトラは額に感じた優しい感触に動揺した。空いてる右手で額を押さえる。
「い、い、い、い、い、いま、『ちゅ』って……」
「あ、足りない? じゃあもっと熱烈にがぶりとしてあげる」
怖ろしいことを平然と言って、彼の手がごく自然にミトラの首筋に添えられた。色気ダダ漏れのきれいな顔がぐっと迫る。唇と唇が重なるまで、僅かな猶予もない。
だが間に合った。
ミトラは仰天して彼の顔を掌で押し退け、取り乱した声で問い質す。
「結構です! っていうか、あなた誰ですか!?」
彼が真顔で言う。
「君の夫だけど?」
「頭大丈夫ですか」
ミトラは真剣に訊き返した。
すると彼がいかにもおかしそうに吹き出して、クスクス笑う。
ミトラは不愉快な気持ちになった。憮然として文句を言う。
「からかわないでくださいよ」
「からかってないよ。でも君に不快な思いをさせたなら謝る。ごめんね」
彼は悪びれた様子もなく詫びて、丁寧に礼をした。
「こんにちは、可愛いお嬢さん。『猫だるま古書店』にようこそ。僕は鑑定士のアジャリです」
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