Soldaten! (ゾルダーテン!)

柴崎きりを

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第三章 晴天のち暗転

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――●●●――

夕焼ゆうやけがあんず色にビルを染め始め、学校や仕事が終わり人がにわかに溢れ出した、北野上駅前のとあるカフェ&バー。
 
 若い男女や外国人の観光客などに混じりながら、二人の男が席に向かい合い座っていた。
 
 長くしなやかな金髪を後ろにまとめ、上等なスーツに身を包んだ外国の青年ロバートと、黒髪に黒のライダースジャケットにデニムのズボンというラフな格好の少年ファルコン。

 傍から見ると何とも不釣り合いな、どういう間柄なのかも想像し難い組み合わせの二人が、お互い顔を突き合わせながら湯気の立つコーヒーを啜っている。その奇妙な組み合わせの二人は周りの好奇の、特に女性達からの視線を一堂に集めていた。
 
 「日本の生活にはそろそろ慣れてきましたか?ファルコン?」
 
 長い脚を組み優雅な雰囲気と姿勢を保つロバートは、目の前で仏頂面をしながらコーヒーに口をつけているファルコンに話し掛ける。
 
 「……おかげ様で。退屈で退屈で死にそうだ」

 まだ勢いよく湯気の立つコーヒーを静かに口に含んでいくファルコン。芳醇でキャラメルのような焙煎豆の香りが鼻腔を抜け、程よい酸味とどっしりとした苦味が口と舌いっぱいに広がっていく。
 戦場でよく飲んでいた、ガンガンに沸騰した湯にコーヒーの粉を直接ぶち込んで更に煮たてた様な、野性味の溢れるようなコーヒーの味とは比べ物にならない上品な味だ。
 
 「ふふん。本来貴方あなたぐらいの年齢の若者ならこういう生活が一般的なのですよ。私から見たら、今まで貴方の生きてきた環境の方が特殊過ぎるのですよ」
 
 そう言い放ちながら、ロバートも音を立てずにゆっくりとコーヒーを味わいだす。コーヒーカップを持つところから口に含み喉を潤すまでのその一連の動作に見惚れ、隣席の若い女性二人組が思わずほう、と口から熱い溜息が漏れだす。
そんな周りの女性たちの注目を他所に、二人の会話は進んでいく。
 
 「ところでロブ、オッサンはあれから何か言ってきたか?」
 「オッサンじゃなくせめてボスと呼んでください、ファルコン」
 「ふん、あのオッサンは確かにオレの依頼人ではあるが上司じゃない。どう呼ぼうとオレの勝手だ」
「……やれやれ」

 手の焼ける生徒だとばかりに嘆息するロバート。
ファルコンとの付き合いは一年程でしかないが、出会った当初の頃と変わらぬ、相変わらずの傍若無人ぶりだ。
 ファルコンの類稀なる戦闘能力はロバートを始め誰もが認めている事だが、いかんせん社会的通念、常識というものがほぼ皆無の少年だ。
 それは彼の生きてきた十数年という時間は全て戦場で戦う事しかなかったせいもあるが、それでもここまで一般人と混ざって生活しても違和感無いほどにさせたのは、教育係でお目付け役のロバートの苦労の賜物である。

 コーヒーカップの中身が半分程になったところで、ファルコンは改めてロブに真っ直ぐ視線を定め、おもむろに口を開く。

「なぁ、ロブ。真面目な話、オレ達は一体何からあの娘を守らなきゃないんだ・・・・・・・・・・・・・・・・? なぜあの娘を守らなきゃならないんだ? オッサンは相変わらずこっちの疑問をはぐらかしてくるが……、何故だ? 相手が分かればこっちから打って出る事が出来る。 ずっとあの娘に張り付いて護衛なんて面倒な事をしなくて済むだろうに」
 
 ファルコンの言葉と視線に力が籠り、そのままロバートを真っ直ぐ射抜く。

 ロバートもファルコンの言葉を受け止め、反芻するように思考を巡らせながらゆっくりと心中に降ろしていく。

「……正直なところ、私も貴方と同じ意見ではあります。ただ、ボスの様子から見るに、ボス自身も相手について確証を持ててない節が見られます。以前ボスが『願わくばこのまま誰も何も気づかずにいてほしい』などとボヤいてましたしね。…残念ながら貴方の疑問に私の方から答える事は出来ません。申し訳ありません、ファルコン」
 
 明らかに年長であるロバートが心から申し訳なさそうにファルコンへ詫びの言葉を述べる。
 そしてそれを受け入れるでも反発するでもなく、黙々とコーヒーをすするファルコン。

「……オッサンが色々と誤魔化しているのはまあイイ。契約した以上、やるべき事はやるさ。肝心なのはオレの方の依頼をオッサンがちゃんとこなしているのかどうかだ。このままだとフェアじゃないんでな…」
「それこそ一朝一夕とはいきませんよ、ファルコン。そもそも貴方がたの存在自体・・・・・・・・・、我々の中では半信半疑だったのですから。ボスが手を尽くしてくれるとしても貴方の探し物は相当大変だと思いますよ?――蜃気楼の隼ミラージュ・ファルコン
 蜃気楼という名を聞いた途端、不意に遠い目でガラス越しの外の風景に目を遣るファルコン。
 
 その顔には郷愁、哀惜、そして憎しみが入り混じった、まるで廃油の様に淀んだ粘性の感情が内から溢れ出すのを堪えているようだ。 

二人の間に乾いた空気が流れていく。

二人の座るテーブルだけ、この世界から隔絶されたように無味でザラついた空間となってしまった。

(続く)
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