Soldaten! (ゾルダーテン!)

柴崎きりを

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第三章 晴天のち暗転

09

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テーブル横のガラスの向こうは、夕日が沈んでいくより早い速度で人々が行き交っている。
 この国には、この街には死に脅かされることがまるでありえないというような顔で人々が生きている。
 ファルコンにはそれが未だにうまく受け入れる事が出来ない。
彼が生まれてからこのかた、硝煙と腐臭の漂わない街に、平和で物があふれて安穏として無味無臭の平和な街で生きたことがない。
 そんな少年には今自分が居るこの場所がまるで異次元の様にふわふわとして落ち着かず、世界にたった一人だけぽつんと取り残されてるような、そんな錯覚に陥る。

ここは現実。

でもオレの現実じゃない。

心にできた小さな隙間から、ちょろちょろと少しづつ水が漏れ出ていくように、ファルコンの中で何かが少しずつ失われていく。
このままオレという存在が消えて無くなってしまうんじゃないか?
焦りでもなく不安でもない、でも言いようのない感情に押し立てられる。
コーヒーカップの中はもう冷めきったコーヒーがわずかばかり残っている。
それを一息にグイッと飲み干し、息をついてあらためて窓の外を眺める。

と、後ろからこちらのテーブルへ向かってくる気配を感じる。
「パーカーせんせーい!」
ファルコンとロバートが声の方へ顔を向けると、そこには二人の女性が笑みを浮かべて立っていた。
 整った顔立ちと清楚ながらも落ち着いた服装、薬指にはめている指輪からなかなかに裕福な生活の人妻たちと見受けられる。

「…アア、コンニチハ!ココデアエルナンテ、キグウデスネ!」
二人の女性に向けて、突然カタコトの日本語で話しかけるロバート。
ロバートは今居るカフェから歩いて数分の所にある雑居ビルで、英会話スクールの講師をしている。どうやら二人の女性はロバートの受け持つ生徒らしい。

「こんにちは先生、今日の授業もすごく分かりやすかったです」
「そうそう、パーカー先生に変わってから授業がものすごく分かりやすくなったのよねぇ。文法を気にしないで話していい、って言ってくれてからすごく楽にしゃべれるようになったし」
女性二人が互いに満足そうに喋りながら、ロバートへ顔を向ける。

「ハハ、ゴガクヲオボエルニハ、ブンポウハ、アトマワシデ、イインデス。キクコト、ユックリ、ハナスコトニナレル、コレガ、コトバヲオボエル、チカミチナンデス」

 身振り手振りの大袈裟なジェスチャーをしながら、ロバート。
ファルコンと二人で話す時は互いに慣れてる英語を使うが、日本語は元々学生の頃に専攻していた分野だ。
 話し言葉が難しいとされる日本語も、日本の歌やアニメなどで積極的に勉強し、日常会話には困らない程に習得した。
 ファルコンも元々、多少の日本語は話せたがロバートのそれには遠く及ばなかったので、日本に来るまでのわずかな間、彼もロバートから日本語のレクチャーを受けていた。
 どうやらロバートは人にものを教えるのが上手なようで、そのうえモデル並みの美形。英会話スクールでも断トツの人気を誇るクラスのようだ。ロバートの受け持つクラスは特に女性の生徒が多く、噂が噂を呼んで受講希望のキャンセル待ちが二期先まで並んでいるほど。

 二人の女性は横目でファルコンをちらりと気にしつつもロバートとの会話に華を咲かせている。そしてロバートに向ける四つの瞳は明らかに潤んでいて、話す声は媚びと艶が混じっている。

「……それじゃ先生、お時間を取ってしまってごめんなさい。この辺で失礼しますね。来週の授業も楽しみにしてますね」
「ロバート先生、ごきげんよう」
二、三分ほど立ち話の後に去っていった二人の後ろ姿は、まるでロバートを誘うかのような魅惑的に腰を揺らしながら、遠ざかっていく。

「……もう喰いやがったのか」
呆れた様な声と眼差しで、ファルコン。

「喰ったとは下品ですよ、ファルコン。彼女らは日本という異国に来てまだ間もない私を案じて、色々とサポートしてくれてるのですよ。だから私も彼女らの希望に応えているのです」
 「……こっちに来て、もう何人喰ったんだ?」
 「……五人。六人でしたか?」
 「…やれやれ」
 「ふふふ」

 あらためて呆れだすファルコンと、その様子を見て余裕の笑みのロバート。
 今ここで見せてる二人の表情は、人としての生の感情。人間らしさが浮かんでいる。
 冷めきって無色となっていた二人の周りの空間に、温もりが戻る。
 窓の外のビル群は、既に夜のとばりに身を包んでいた。

(続く)
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