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第四章 青海の檻
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潮の混ざる新鮮な空気を久し振りに肺一杯取り込むと、船酔いの胃のむかつきが少しだけ和らぐ。
隼は軽く一息つくと、改めて周囲を見回す。船前方へと続く通路の先を見ると、明らかに大勢の人間が固まってるような気配がするが、今居る位置からだと丁度死角になって、どういう状況になっているか確認できない。
ギリギリまで近づくのは相手に見つかるリスクが高いうえに一本道の通路上、左手は壁で右手は海では、いざという時の逃げ場がない。
「このまま進んでデッキの様子を見に行くのは危険だな…」
隼はそう呟くと、一旦ホールエントランスに戻り螺旋階段で五階まで一気に駆け上がり、そこからもう一度外に出る。
五階は前方部に操舵室、中央と後方に展望室がある。五階エントランスから操舵室へと向かう間にやや広くとられたスペースがあり、ベンチなども置かれここから景色を楽しむこともできる。
五階の外通路へ出ると、三階よりも十メートル程上にいるせいか、身体に受ける潮風がやや強く感じる。
操舵室付近に見張りが居ない事を確認すると、隼は身を屈めたまま音も無く一気に壁際まで近づき、窓から見つからない死角へと身を隠す。
操舵室もおそらく何らかの異常事態になっているのだろうが、今はまだそこを制圧する時ではない。
美優の安否、そして百何十人という生徒たちの安否を確認しなければならない。
隼は視線を上に向けると、操舵室の上からは天に向けて通信アンテナが塔の様にそびえているのが見える。
それを視界に収めつつ、おもむろに両のポケットからツールナイフと鋼線を取り出すと、鋼線の片端をツールナイフに括り付け、もう片方自分の左手に幾重にも巻きつける。
ツールナイフのオープナー(缶切り用の刃)を半分だけ開くと、鋼線から垂れ下がったツールナイフをまるで分銅の様に右手でひゅんひゅんと振り回しだす。
中空でゆっくりと重たげに回りだしたツールナイフは、やがて風を切る音を吐きながら直ぐに勢いを増して、隼の右手の先で目にも止まらぬ速さで回り出す。
高速で回るツールナイフの風を切る音が、どんどん高い音へと変わっていく。
そしてある一定の高音の風切音にまで高まった時、隼の右手のツールナイフは操舵室上方への通信アンテナに向け、弾丸のように放たれてていった。
鋼線の尾を引きながらツールナイフは通信アンテナの脇を飛び抜けていくと、そこからまるで野球の変化球の様に横へスライドし、その勢いを衰えぬまま通信アンテナにグルグルと蛇のごとく巻き付いていく。
通信アンテナへ幾重にも巻き付いたツールナイフはオープナー、つまり缶切り用に窪んだ刃の部分へフックの様に絡むと、そのままキュッと引き締まり、操舵室屋上へと昇るロープへと様変わりする。
隼の右手は馬の手綱を引くように何度かグッグッと引いて確実に固定されているのを確かめると、通信アンテナへと伸びている鋼線を両手が掴み、操舵室屋上へと登っていく。
今、この時が一番無防備になっている瞬間。両手は鋼線を掴むために塞がり、背中も腹も無防備にさらけ出す。
ここに至るまで敵に見つかることは無かったとはいえ、この鋼線を登ってる間はいかに蜃気楼の隼といえど緊張を有する。
鋼線を頼りに素早く、そして確実に体を引き上げて操舵室の上に向かっていく。途中幾度か強い海風に体を煽られながらも、ものの数十秒で無事に到達する。
そして今度は掴んでいた鋼線をまるでたわませる様に二、三度クイックイッと引くと通信アンテナに巻き付いていた鋼線が突然緩みだし、先程アンテナに巻き付いたのとは逆方向に、先端のツールナイフが振り子の原理で回り出し、アンテナから鋼線がみるみる解けていく。
鋼線は引かれる勢いそのままに隼の右手に巻き付いていき、そして最後に隼の右手にパシッと小気味よい音を立てて、ツールナイフが戻ってきた。
「さて…。ここからだな。」
鋼線とツールナイフを仕舞い、今度は屋上に這って匍匐前進でギリギリ前方まで進むと視界が開け、隼の居る位置から下方つまり船前方のデッキの様子が見えてくる。
そこには隼の予想通り、一緒に乗船している生徒達が集められ、そしてその先には頭から血を流してあおむけに倒れている航海士と、銃を持って生徒達を見下すように眺めている一人の男がいた。
(続く)
隼は軽く一息つくと、改めて周囲を見回す。船前方へと続く通路の先を見ると、明らかに大勢の人間が固まってるような気配がするが、今居る位置からだと丁度死角になって、どういう状況になっているか確認できない。
ギリギリまで近づくのは相手に見つかるリスクが高いうえに一本道の通路上、左手は壁で右手は海では、いざという時の逃げ場がない。
「このまま進んでデッキの様子を見に行くのは危険だな…」
隼はそう呟くと、一旦ホールエントランスに戻り螺旋階段で五階まで一気に駆け上がり、そこからもう一度外に出る。
五階は前方部に操舵室、中央と後方に展望室がある。五階エントランスから操舵室へと向かう間にやや広くとられたスペースがあり、ベンチなども置かれここから景色を楽しむこともできる。
五階の外通路へ出ると、三階よりも十メートル程上にいるせいか、身体に受ける潮風がやや強く感じる。
操舵室付近に見張りが居ない事を確認すると、隼は身を屈めたまま音も無く一気に壁際まで近づき、窓から見つからない死角へと身を隠す。
操舵室もおそらく何らかの異常事態になっているのだろうが、今はまだそこを制圧する時ではない。
美優の安否、そして百何十人という生徒たちの安否を確認しなければならない。
隼は視線を上に向けると、操舵室の上からは天に向けて通信アンテナが塔の様にそびえているのが見える。
それを視界に収めつつ、おもむろに両のポケットからツールナイフと鋼線を取り出すと、鋼線の片端をツールナイフに括り付け、もう片方自分の左手に幾重にも巻きつける。
ツールナイフのオープナー(缶切り用の刃)を半分だけ開くと、鋼線から垂れ下がったツールナイフをまるで分銅の様に右手でひゅんひゅんと振り回しだす。
中空でゆっくりと重たげに回りだしたツールナイフは、やがて風を切る音を吐きながら直ぐに勢いを増して、隼の右手の先で目にも止まらぬ速さで回り出す。
高速で回るツールナイフの風を切る音が、どんどん高い音へと変わっていく。
そしてある一定の高音の風切音にまで高まった時、隼の右手のツールナイフは操舵室上方への通信アンテナに向け、弾丸のように放たれてていった。
鋼線の尾を引きながらツールナイフは通信アンテナの脇を飛び抜けていくと、そこからまるで野球の変化球の様に横へスライドし、その勢いを衰えぬまま通信アンテナにグルグルと蛇のごとく巻き付いていく。
通信アンテナへ幾重にも巻き付いたツールナイフはオープナー、つまり缶切り用に窪んだ刃の部分へフックの様に絡むと、そのままキュッと引き締まり、操舵室屋上へと昇るロープへと様変わりする。
隼の右手は馬の手綱を引くように何度かグッグッと引いて確実に固定されているのを確かめると、通信アンテナへと伸びている鋼線を両手が掴み、操舵室屋上へと登っていく。
今、この時が一番無防備になっている瞬間。両手は鋼線を掴むために塞がり、背中も腹も無防備にさらけ出す。
ここに至るまで敵に見つかることは無かったとはいえ、この鋼線を登ってる間はいかに蜃気楼の隼といえど緊張を有する。
鋼線を頼りに素早く、そして確実に体を引き上げて操舵室の上に向かっていく。途中幾度か強い海風に体を煽られながらも、ものの数十秒で無事に到達する。
そして今度は掴んでいた鋼線をまるでたわませる様に二、三度クイックイッと引くと通信アンテナに巻き付いていた鋼線が突然緩みだし、先程アンテナに巻き付いたのとは逆方向に、先端のツールナイフが振り子の原理で回り出し、アンテナから鋼線がみるみる解けていく。
鋼線は引かれる勢いそのままに隼の右手に巻き付いていき、そして最後に隼の右手にパシッと小気味よい音を立てて、ツールナイフが戻ってきた。
「さて…。ここからだな。」
鋼線とツールナイフを仕舞い、今度は屋上に這って匍匐前進でギリギリ前方まで進むと視界が開け、隼の居る位置から下方つまり船前方のデッキの様子が見えてくる。
そこには隼の予想通り、一緒に乗船している生徒達が集められ、そしてその先には頭から血を流してあおむけに倒れている航海士と、銃を持って生徒達を見下すように眺めている一人の男がいた。
(続く)
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