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第二章 ある少女の非日常
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北野上市は人口百九十万人ほどの政令指定都市。首都圏からはかなり遠く離れているが、飛行機で小一時間ほど飛べばすぐに華の大東京に着く位置にある。
極端な都会化を否定し自然との共存を一番の目標とした街づくりで、中心街との電車の接続も良い為、北野上市はちょっとしたファッション、修学、レジャー等も、わざわざ都心まで出ずとも十分に住民たちの欲求を満たしてくれる街へと発展していった。
そんな北野上中央駅から徒歩五分の所にあるチェーン展開のファミレス「ツヴィーベル」で美優はアルバイトに日々勤しんでいる。
「ご新規2名様ご来店でーす!」
ホール中に響き渡る活気のある声で接客をこなす美優。
白のワイシャツに黒のスラックス、そして膝下までのギャルソンエプロンに身を包み、美優をはじめ数名のホールスタッフが忙しなく動き回る。
土曜日の昼時とあって休みの学生や家族連れの客が多く、ホールはほぼ満席で入り口付近には順番待ちの客が並んでいる。
「お待たせ致しました!サーモンととほうれん草のクリームパスタと、チキンガーリックステーキになりまーす!熱いのでお気を付けください!」
颯爽と料理を客席に運んできた美優のトレイには、肉厚のサーモンとほうれん草の鮮やかな緑に彩られるまだ湯気の立ち上るクリームパスタと、ステーキ皿で脂と肉汁が威勢の良い音を上げ、ガーリックの香ばしい香りを放つチキンのステーキが、テーブルに配膳される。フォークなどのシルバーも同時にセットすると、美優はお客にごゆっくりどうぞと一礼して、再び次の料理のキャリーに移っていく。
とにかく土日のランチタイムのファミレスは文字通り修羅場である。
ひっきりなしに客は入れ替わり来店し、オーダーは雪崩れるように注文が入ってくる。そして厨房から怒涛の様に料理を運ぶとまた次のオーダーが、の繰り返しである。
大抵こんな時店長は「いやぁ、猫の手も借りたいくらいだねぇ」なんて寝ぼけたことを言い出したりするが、そんな当てにも頼りにもならないものに縋るくらいならさっさとバイトの一人でも雇ってみせろ、というのが美優の本音である。
ここのファミレスの男性店長、人は良いのだけれども残念ながらあまり有能ではない、というか要領が悪いというのがバイトの立場の美優でもよくわかる程だ。実際、本社の社員が視察で訪れてる時に、経営的になにやら小言を言われてる店長をよく見かける。
ただ本当に人は良い店長なので、バイトやパートを始め他の社員への心配りは事細かにしてくれるこの店長とこのお店は、美優や他のバイトにとってはとても居心地の良い所なのだ。
バタバタとランチラッシュの時間帯を乗り越えオーダーと料理のキャリーに若干余裕が出来てきた頃、レジ前で息をついていた美優の所に、同じクラスメートでバイト仲間の山川梓が手を小さく振りながら近づいてくる。
「美優ちゃんおつかれー。何とか落ち着いてきたねー。」
「おつかれ、アズ。今日はお客の入りはいつもくらいなんだけど、タクミ先輩が急に休んじゃったから、その分の皺寄せが来たよねぇ」
「あー、今月タクミ先輩これで三回目だよね?流石にいい加減にしてほしいよねぇ。一人ホール足りなくなるとホント手が回らなくなるもんね」
「なんか最近彼女ができたらしいから、それでデートの都合やらなんやらじゃないの?まぁ、店長も優しいから仮病使うとすぐ信じ込んじゃうし」
二人ともさっきまでの修羅場の働きから少し解放されたせいか、肩やら腰やらポンポン叩いてお互い息をつく。
「それより、あれ」
そう言って首を動かさず、視線だけであるテーブルに視線を促す梓と、それに合わせて目をやる美優。
視線の先にあるテーブルでは、美優たちと同じくらいの年頃の少年三人が、大声といかないまでもやや騒がしい声でテーブルを賑やかしている。
もう既に食事は終えてるのに、二時間以上延々と居座り続けている。
一応店側も空いている食器を下げて黙に会計へと促そうとするのだが、その度に少年たちも一品づつオーダーを追加していくので、無下に断ることもできない。
せいぜい少年たちのお喋りの声が大きくなった時に、やんわりと注意する事しかできない状況だ。店側としては堪ったものではない。
「あいつら男のくせに、よくあんな長々と喋る事あるわよね~~」
「う~~ん。でもまぁ一応はお客さんだから、ね」
「正直相当ウザいんだけどね」
小声で嘆息交じりに言葉を交わす二人。鼻息荒めの美優に対して梓は落ち着いた感じだ。少年たちのテーブルから漏れる会話の内容は、殆どが女か下ネタの事ばかりだ。
下卑た会話が耳に聞こえてくる度に甚だ不快になる。それに加えて美優や梓たち女性スタッフを舐めるような視線で見定めてくるから、全身がベトベトした視線で汚されてるようでたまらなく気持ちが悪い。
「とにかくできる限りはあの席には近寄らないようにしよう。絡まれるとメンドーだし」
「そうだね。ほんとあの手の連中ってイヤだよね。ちょっと気を付けてようね」
そう言って互いにうんうん頷いた後、ちらりと腕時計を見た梓はうっかりしてたとばかりに美優に顔を再び向ける。
「美優ちゃん、先に休憩入っちゃいなよ。あと私が見ておくからさ」
と、自分の腕時計をととんっ、と指で叩きながら美優に促す。
美優もレジ前の置き時計を見やり、客席の落ち着き具合を見て「んん~~」と軽く唸った後、すぐに梓に返す。
「それじゃ、先休憩入るね、アズ。あとよろしく!」
とまた互いに小さく手を振ると、颯爽とホールを後にしスタッフルームへ消えていった。
極端な都会化を否定し自然との共存を一番の目標とした街づくりで、中心街との電車の接続も良い為、北野上市はちょっとしたファッション、修学、レジャー等も、わざわざ都心まで出ずとも十分に住民たちの欲求を満たしてくれる街へと発展していった。
そんな北野上中央駅から徒歩五分の所にあるチェーン展開のファミレス「ツヴィーベル」で美優はアルバイトに日々勤しんでいる。
「ご新規2名様ご来店でーす!」
ホール中に響き渡る活気のある声で接客をこなす美優。
白のワイシャツに黒のスラックス、そして膝下までのギャルソンエプロンに身を包み、美優をはじめ数名のホールスタッフが忙しなく動き回る。
土曜日の昼時とあって休みの学生や家族連れの客が多く、ホールはほぼ満席で入り口付近には順番待ちの客が並んでいる。
「お待たせ致しました!サーモンととほうれん草のクリームパスタと、チキンガーリックステーキになりまーす!熱いのでお気を付けください!」
颯爽と料理を客席に運んできた美優のトレイには、肉厚のサーモンとほうれん草の鮮やかな緑に彩られるまだ湯気の立ち上るクリームパスタと、ステーキ皿で脂と肉汁が威勢の良い音を上げ、ガーリックの香ばしい香りを放つチキンのステーキが、テーブルに配膳される。フォークなどのシルバーも同時にセットすると、美優はお客にごゆっくりどうぞと一礼して、再び次の料理のキャリーに移っていく。
とにかく土日のランチタイムのファミレスは文字通り修羅場である。
ひっきりなしに客は入れ替わり来店し、オーダーは雪崩れるように注文が入ってくる。そして厨房から怒涛の様に料理を運ぶとまた次のオーダーが、の繰り返しである。
大抵こんな時店長は「いやぁ、猫の手も借りたいくらいだねぇ」なんて寝ぼけたことを言い出したりするが、そんな当てにも頼りにもならないものに縋るくらいならさっさとバイトの一人でも雇ってみせろ、というのが美優の本音である。
ここのファミレスの男性店長、人は良いのだけれども残念ながらあまり有能ではない、というか要領が悪いというのがバイトの立場の美優でもよくわかる程だ。実際、本社の社員が視察で訪れてる時に、経営的になにやら小言を言われてる店長をよく見かける。
ただ本当に人は良い店長なので、バイトやパートを始め他の社員への心配りは事細かにしてくれるこの店長とこのお店は、美優や他のバイトにとってはとても居心地の良い所なのだ。
バタバタとランチラッシュの時間帯を乗り越えオーダーと料理のキャリーに若干余裕が出来てきた頃、レジ前で息をついていた美優の所に、同じクラスメートでバイト仲間の山川梓が手を小さく振りながら近づいてくる。
「美優ちゃんおつかれー。何とか落ち着いてきたねー。」
「おつかれ、アズ。今日はお客の入りはいつもくらいなんだけど、タクミ先輩が急に休んじゃったから、その分の皺寄せが来たよねぇ」
「あー、今月タクミ先輩これで三回目だよね?流石にいい加減にしてほしいよねぇ。一人ホール足りなくなるとホント手が回らなくなるもんね」
「なんか最近彼女ができたらしいから、それでデートの都合やらなんやらじゃないの?まぁ、店長も優しいから仮病使うとすぐ信じ込んじゃうし」
二人ともさっきまでの修羅場の働きから少し解放されたせいか、肩やら腰やらポンポン叩いてお互い息をつく。
「それより、あれ」
そう言って首を動かさず、視線だけであるテーブルに視線を促す梓と、それに合わせて目をやる美優。
視線の先にあるテーブルでは、美優たちと同じくらいの年頃の少年三人が、大声といかないまでもやや騒がしい声でテーブルを賑やかしている。
もう既に食事は終えてるのに、二時間以上延々と居座り続けている。
一応店側も空いている食器を下げて黙に会計へと促そうとするのだが、その度に少年たちも一品づつオーダーを追加していくので、無下に断ることもできない。
せいぜい少年たちのお喋りの声が大きくなった時に、やんわりと注意する事しかできない状況だ。店側としては堪ったものではない。
「あいつら男のくせに、よくあんな長々と喋る事あるわよね~~」
「う~~ん。でもまぁ一応はお客さんだから、ね」
「正直相当ウザいんだけどね」
小声で嘆息交じりに言葉を交わす二人。鼻息荒めの美優に対して梓は落ち着いた感じだ。少年たちのテーブルから漏れる会話の内容は、殆どが女か下ネタの事ばかりだ。
下卑た会話が耳に聞こえてくる度に甚だ不快になる。それに加えて美優や梓たち女性スタッフを舐めるような視線で見定めてくるから、全身がベトベトした視線で汚されてるようでたまらなく気持ちが悪い。
「とにかくできる限りはあの席には近寄らないようにしよう。絡まれるとメンドーだし」
「そうだね。ほんとあの手の連中ってイヤだよね。ちょっと気を付けてようね」
そう言って互いにうんうん頷いた後、ちらりと腕時計を見た梓はうっかりしてたとばかりに美優に顔を再び向ける。
「美優ちゃん、先に休憩入っちゃいなよ。あと私が見ておくからさ」
と、自分の腕時計をととんっ、と指で叩きながら美優に促す。
美優もレジ前の置き時計を見やり、客席の落ち着き具合を見て「んん~~」と軽く唸った後、すぐに梓に返す。
「それじゃ、先休憩入るね、アズ。あとよろしく!」
とまた互いに小さく手を振ると、颯爽とホールを後にしスタッフルームへ消えていった。
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