Soldaten! (ゾルダーテン!)

柴崎きりを

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第二章 ある少女の非日常

04

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 ――三十分後。

 短い休憩時間も終わり、気分一新で残りの時間も頑張ろうと張り切ってホールに戻ってきた美優は、レジ前で困ったような顔でヒソヒソ話をしてる同じバイトの娘二人を目に留める。
 「どうしたの?何かトラブル?」
 美優が二人にそう聞くと二人は「あ、美優さん」とすがるように近づいて小声で話し出す。
 「実は梓さんがさっきあちらのテーブルにお水のお代わりを廻りに行ったときに」
 あちらという言葉の所で、先程美優と梓が注意していた少年三人組のテーブルへ視線をやりながら。
「お水を注いでる時に誤ってコップを倒してしまって。そのお水が服にかかってしまったらしくて、それからずっとあんな様子で捕まってしまって」
 二人の説明を聞いて美優は少年たちのテーブルに視線を向けると、梓がしゅんと縮こまって、少年達にひたすら何度も頭を下げている。その眼からは今にも涙が堰を破ってしまいそうだ。
 それを見て少年たちはまた調子づいたように言葉を浴びせているようだ。
 「最初はお客様も普通に怒ってたみたいなんですけど、だんだん途中からナンパ混じりな事言い出してきてるみたいで…」
 ああ、なるほど。美優はそれを聞いてすぐに納得した。
 大方服のクリーニング代の代わりに、この後お茶に付き合え。それで許してやるとかどうとかだろう。
 梓はどこか気の弱い所があるから、そういった隙に付け込まれやすそうな所がある。おそらくコップが倒れたのも、少年達がわざとそうなるように仕向けたのではないかとも思う。
 「…で、肝心の店長はどこにいるの?」
 「それが、梓さんが捕まる前にタバコ買いに行ったままで…」
 それを聞いて美優は内心頭を抱える。
 あんのバカ店長。こういう時こそアンタの出番だろうがっ。と心の中で思い切り毒づく。たぶん煙草を買いに行ったままどこかで油売っているんだろう。偶にある事なのだが、このタイミングでそれをやられると本当に心底腹が立つ。
 ほかの正社員の人は今日は皆キッチンに入ってるので、オーダーの隙をついて仲裁に入ってもらうのもなかなか難しい。
 
 一瞬辺りを見回して頼れそうな人がいないのを見ると、美優は小声で「よし」と意を決したようにと息を吐き、二人の同僚に言葉をかける。
「あたしがアズとあのテーブル何とかするから、二人は通常通り仕事に戻って。もし店長が戻ってきたら直ぐにあのテーブルに来てくれるように言ってもらえるかな?」
 そうテキパキと二人に指示を出してレジ前から解散させた後、なるべく冷静に振る舞おうと自分に言い聞かせつつ、力いっぱい握り拳を握りながらくだんのテーブルに向かっていった。
 

 「…いや、別に俺らも好きでオネーサンイジメてるわけじゃないんだよ?ただお店と大事にならないように、オレらの間だけで事が済むようにオネーサンの誠意っての見せて貰いたいだけなんだからさぁ」
 必死で頭を下げ続ける梓を目の前に、三人組の少年の一人、黒のニットで中央に髑髏どくろのマークの描かれた帽子を被っている少年が、締まりのない笑みを浮かべながら言葉を投げかけた。其れに連られて、横と向かいに座る少年達もニヤニヤ下卑た笑いで梓を舐めまわすように見つめる。
 
 梓は自分のミスとはいえ少年たちの怒りと周りからの好奇の目に晒され、しかもスタッフの誰もフォローに来てくれないことに心が折れかけていた。
 元々自分でも気が弱いことは自覚していて、本当はこんな接客業は向いてないと分かっていながらも、高校生になって何とか今までの自分を変えたい、変えてみたいという一心でファミレスのバイトを始めたのだ。
 
 当然今までだって仕事の中で失敗は沢山してきたけど、こんなに自分一人が追い込まれるような事は殆ど無かった。当然お客からクレームが来た時の対応するマニュアルは一通り教わってはいるのだが、いざその時が来て考える暇もなく自分を責めたてられてしまうと、心臓は一気にバクバクして頭の中は真っ白になり、マニュアルのマの字も出てこなくなる。
 そうなるともうひたすら謝るという事しかできなくなってしまう。 
 後はもう少年たちののいい様になじられ茶化され、これでもかというほど人前で恥を晒されることになる。
 
 これ以上お店に迷惑をかけて自分も恥ずかしい思いをするのが続くなら、もう少年たちの言う誘いに乗って、彼らとお茶なり一緒にした方が良いかと完全に心が折れかけた時、後ろからツカツカと梓に向かって足音が近づくのが聞こえてきた。
 「山川さん、ちょっと」
 梓がハッと驚いて振り向くと、美優が大股で颯爽と梓の元に近づいてきて、やや感情を押し殺したような低めのトーンで、少年達にも聞こえるように語り掛ける。
 「山川さん、ホールマネージャーが急ぎの用事があるそうなので、至急事務所まで来て欲しいそうです」
 
 無論これは美優の嘘である。梓もそれにはすぐに気付いた。
 元々ホールマネージャーなんてこの店には居ないし、店長が基本ホールの仔細を切り盛りしているのだ。
 直ぐに梓は美優が自分を助けに来てくれた事を理解したが、自分のしでかした失敗を他人に、それも美優に後始末させてしまうことに抵抗感があった。
 困惑した表情をする梓だったが、美優はそんな梓に畳みかけるように
 「こちらのお客様へのお詫びついては、店長が急ぎ戻り次第お詫びのご挨拶に参ります。ですので山川さんは急いで事務所の方へお願いします」
 有無を言わさないピシャリとした口調で梓にそう言い放つと、目で梓に『早く行って』と静かに促す。
 こうなるともう美優の言う通りにした方がいい、梓はそう判断すると、改めて少年達に向き直り「この度は本当に申し訳ありませんでした。失礼させていただきます」と言葉をかけて、急いで事務所へと向かっていった。
 
 少年たちは一瞬唖然としたが、直ぐに「オイオイオイオイ」と梓に声を投げかけようとする。しかしそれを遮るように美優が彼らの目に立ちはだかり、低身低頭ながらも力強い言葉を少年達に放つ。
 「この度は当店の者がご迷惑をおかけして、大変申し訳ありませんでした。只今店長は席を外しておりますので、戻り次第改めて店長の方からお詫びと、お召し物のクリーニング代について相談させていただきたいと思います」
 そこまで一息で言うと、ふっと頭を上げ少年達に力強い視線を返す。梓のそれとは違い、芯の通った真っ直ぐな視線は、弱者をいたぶるのに慣れきっていた少年達を大いに怯ませた。
 しかし少年らも女に弱みは見せたくないのか、ムキになって言葉を返してくる。
 「ああん?いや、オレらべつに店長とかアンタに用ねーんだわ。さっきの巨乳ネーちゃんと大事な話してたんだから。さっきのネーちゃん呼んで来いや」
 黒ニットの隣の、今時腰より下でデニムのウェストを留め、赤いキャップを中途半端右に被った少年が粋がる様に美優に返した。
(梓が巨乳だってか、どーせアタシはまな板だわよ。こんガキゃども)
 巨乳、という言葉を聞いて、思いっきりイラつく美優。
 同年代の中では決して豊かな方ではない自分の胸に比べ、梓の胸は確かに同性からも目を引くほどご立派なもの。やはり年頃の女の子として、コンプレックスに感じてる部分を間接的にでも触れられると、頭に血が上りそうになる。
 というかブチ切れている。元々気の短い女の子なのである。
今にも少年達の胸ぐら掴んで『舐めんなこのクソガキャぁ!』と大立ち回りをしそうな勢いの美優だったが、そこを何とか理性で必死に押し込め、口角を上げる努力をしながら、毅然とした声でもう一度少年達に言い放つ。
 「…お客様へお掛けしたご迷惑につきましては、最終的には当店の代表が応対する決まりとなっておりますので、ご了承くださいませ」
 頭を下げながら一息で言う美優。そしてさらに今以上に肚に力を込めた言葉と視線を、少年達に投げつける。
 「それよりも先程から他のテーブルのお客様から皆様のテーブルに対して、騒音の苦情がかなり複数届いておりまして! 再三お静かに願いますよう申しておりましたが、もしこれ以上騒がれるようであれば、こちらも営業妨害ということで、止むを得ず通報することになりますがっ!」
 ここまで言い切って、思わず鼻から湯気が吹き出そうな勢いの美優。怒りは三割ほど抑え気味だ。
 店側は明確な形で営業を妨害する客がいた場合、これを正当な理由として警察に通報することができ、警察もまたこれを受理して現場に向かう。
 ただそこで当事者同士が和解するか、更に警察のお世話になるかどうかは状況次第であるが、大抵の場合は警察が間に入ってお互いに事なきを得る、という形で収束させるのが常だ。
 
 少年達は美優の剣幕もそうだが、やはり通報という言葉で一瞬ウッと怯んでしまった。いかにアウトロー的な振る舞いをしていてもやはりそこは少年、『通報』や『警察』などのワードには非常に敏感である。
 何とか美優に一言返してやりたい少年達だが、だれがどう言葉を返すかでお互い目でウジウジ牽制し合っている。
 これ以上こんな所で時間を割いていられない。仕事は他にも一杯有るのだと思った美優は、これで終わらせようと締めの言葉を放つ。
 「改めてこの度はご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした。間もなく店長が伺いますので、そのままお待ちください」
 頭を下げつつも慇懃無礼に美優。
 くるっと後ろを向くと来た時と同じように颯爽と立ち去って行った。
 見事な美優の立ち回りに、周りのテーブルからこっそり拍手が送られている。周りのお客も少年達の場所をわきまえない騒ぎ様に、かなり辟易していたようだ。
 周囲の醒めた視線に少年達のテーブルだけが浮いてしまっている。変に注目されて何とも居心地の悪くなった店内に、少年達が今すべき事はどのタイミングで店を出るか相談する事だった。
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