Soldaten! (ゾルダーテン!)

柴崎きりを

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第二章 ある少女の非日常

09

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 …その瞬間、隣の応接間から突然怒鳴り声が聞こえてきて、一同驚愕に動きを止める。
 次いで激しく争う音と、再び叫び声とも悲鳴ともつかぬ声が交互に響いてくる。一拍おいて三度、大きく物がなぎ倒される音がすると、波が一気に引いたように急に静かになった。

 隣で何事が起きたのか、男たち全員顔を見合わせ、先程まで劣情で醜く歪んでいた顔が急に引き締まり、警戒の色を伺わせた。
「リューヘイ、行け」
 ヨネが梓の腕を抑え込んでいたリューヘイに、応接間の様子を見て来いと顎で促す。
 それに無言で頷いたリューヘイは、ソファベッドの下から伸縮式特殊警棒を取り出すと、足音も立てず素早く扉に近づき、中の様子を探るべく耳を付け物音を確かめてから、ゆっくり扉を開け隣室に向かっていった。

 刹那。
 猛烈な打撃音が響いたと同時に、リューヘイが応接間からそのまま美優達の居る部屋の壁まで吹っ飛び叩きつけられ、そのまま白目を剥いて気を失ってしまった。
 一瞬何が起きたか理解できなかった一同はギョッとした顔でリューヘイに目を向け、直ぐに扉に視線を向けて最警戒の色を浮かべる。
 体重が優に百キログラムを超える巨体のリューヘイが勢いよく吹き飛んで来るなんて事は、この場に居る誰にとっても予想だにしなかったことだ。
 勅使河原は梓から離れ再び懐からバタフライナイフを取り出し、ヤスとカズキも撮影していたビデオカメラを各々のナイフや警棒に持ち替えた。そのままの位置から隣の部屋を覗くと、応接間で留守番を言い渡された少年達がそれぞれの場所で倒れたままピクリともしていない。
 
 男たちは極度の緊張に身を包み、扉からの訪問者を迎え撃とうとする。
 …男たちが激しく睨み付ける扉の向こうからゆっくりと一人の人物が姿を現すと、男たちの敵意剥き出しの表情が途端にポカンと間の抜けた顔に変貌した。

 ……現れたのはモスグリーンのカーゴパンツに黒の革ジャケット、中は白のシャツを着込んでいる人物のようだが、首から上が問題だった。
 
 目の前の人物は祭りの出店で売ってるようなキャラクターのお面を被っていたが、そのお面が何を思ってチョイスしたのか、その顔が毎週日曜日の朝に放映している「爆裂美少女!もんだ☆みん♪」という美少女ヒロインのそれだった。
 ピンクのツインテールで「テヘペロ♪」のお面は明らかにこの場に浮いて、臨戦態勢だった男達だけでなく、美優と梓も突然の闖入者にどういうリアクションを取っていいか分からず、引き攣った顔のまま固まってしまった。

 (…えっと、とりあえずまたメンドウな奴が増えたってことでいいのかしら…?)
 何とも判断に困る美優。ちらりと梓を見たが、梓もどうやら同じ複雑な顔つきを浮かべていた。
 誰もがリアクションに困っている中でそのお面の人物は一歩踏み出すと、面越しでくぐもった声を男たちに向けた。

 「…お楽しみの所申し訳ないが、その娘らは返してもらう」
 明らかに少年のような声だが言葉には何の温度も感じられない。ただ淡々と用件だけを口にし、目の部分から覗く瞳の光は、この部屋にいる人間全員を威圧するようなオーラを発し出す。

 少年のその一言で奇妙な金縛りが解けた角刈りのヨネが、羽交い絞めにしたままの美優をそのまま盾にするようにお面の少年に向き、声を荒げた。
 「ぁあ?ぁんだ手前はぁっ!一人でのこのこやって来ていい度胸し」

 ヨネがお決まりのセリフを最後まで言うのを待たず、お面の少年は素早い動作でポケットに突っ込んでいた掌の中の単一乾電池を、問答無用でヨネの鼻面に全力で投げつけた!
 適度な重量と固さの単一乾電池は、使い方次第では十分に武器となる。
 野球選手さながらのストレートで右腕を振り抜き、乾電池がヨネの鼻に直撃すると、鈍い音とともに鼻骨を砕き、そのままころころと床に転がっていく。

 「!!!」
 強烈な不意打ちを食らい鼻骨を折られたヨネは、あまりの激痛に思わず美優を手放し、滂沱のように落ちる鼻血を止めるように両手を当てながら、思わず屈みこんでしまう。

 「アニキ!てんめえぇぇぇ!」
 ヨネが一撃を受けたのをきっかけに他の男たちも呪縛が解け、凶器を片手に面の少年へ一斉に襲い掛かる。
 少年はもう一つ隠し持っていた乾電池を先頭で向かってきたカズキの左目にぶつけ、視界を奪い動きを止める。続いて警棒を振りかぶってきたヤスの一撃を、体を捌いて上手く躱し、カウンター気味にヤスの鳩尾に膝蹴りを深々と突き刺す!
 
 肺の中の空気を全て絞り出すような苦悶の表情で、前のめりに崩れるヤス。
 更に今度は勅使河原が奇声を上げながら、右手のバタフライナイフが少年へと肉薄する。
 少年は勅使河原の凶刃も冷静に見切り、向かってきたナイフの切っ先を横に半歩ずれて躱すと、勅使河原の右手首を少年の右手が掴み上げ、向かってくる勢いをそのまま利用して脇固めの要領で体重を掛け捻じり込み、躊躇なく逆関節を極め上げる!
 
 部屋中に「ごぎん」と重く鈍い音が響いた瞬間、勅使河原の右手の平はあり得ない方向に向き、口角から泡を飛ばしながら獣の断末魔のような悲鳴を上げて、右肩を抑え床にのたうち回りだす。

 左目に乾電池の強烈な一撃を受けて朦朧としていたカズキも、直ぐに少年の回し蹴りをこめかみに受けて、声も上げずにそのまま崩れ落ちる。
 鼻を折られたヨネは未だに激しく鼻が痛むのか、涙を流しながら片手で鼻を抑えつつ、床に四つん這いのような格好で呻いている。
 
 少年が部屋に乗り込んでほんの数十秒、美優達の人生を暗闇に閉ざす寸前だった所を救った少年。
 あまりの急な展開で何が何だか状況が解らず、ただただ呆けたまま少年を見やる美優と梓。だがそれに苛立った少年は急かすように二人に言葉を飛ばす。
 
 「……何してるっ。さっさとここから消えろっ」
 冷たく言葉を浴びせる少年。その言葉にハッと気が付いたように、慌てて乱れた 服を整えて、部屋から飛び出す美優たち二人。
 
 部屋を出る前にちらりと後ろを向き、少年に対し一言なにか言いたかったのだが、未だ混乱する思考に言葉が浮かばず、モジモジしていると少年から「急げ!もたもたするな!」と追い立てられるように怒鳴られ、一瞬ムカとしながらも梓と二人、玄関へと駈け出して行った。

 それを見てお面の少年も一息、表情こそ伺えないが、いかにも『やれやれ』という仕草をしながらゆっくり自分も玄関へ向かおうとする。
 
 刹那、「きゃっ!」という短い悲鳴が聞こえ、やがて部屋を飛び出したはずの二人がこちらに背を向けたまま後ずさりしながら、そのまま元居た部屋に戻ってきた。   
 美優達二人の視線の先には、美優達に拳銃を突きつけた背の高く厳つい男と、その後ろに守られるように立つ白いスーツに身を包んだ壮年の男二人が、逃げ場を塞ぐ 様に立っていた。 
 
 「…ったくよぉ。 今日は散々な日だなぁ、おい。支部の寄合でシノギが少なねぇってグチグチ言われるわ、事務所に戻りゃ誰も出迎えに来ねぇわ。んで部屋に帰りゃ見ねぇガキ共が転がってるわ、ションベン臭い娘がチョロついてるわ。……ウチのもんは留守番もまともに出来ねえんだなぁ?あぁ?ヨネよぉ」
 「……す、すみません、社長」
 ヨネに社長と呼ばれた中年の白スーツの男は、安本興業の代表こと安本、実質的にこの暴力団の組長に当たる。外出先から戻ってきたところを、運悪くかち合わせてしまった。
 
 安本は奥に居る少年に目をやると、忌々しげに言葉を吐く。
 「……全部おめぇの仕業か。ふざけた格好してるが、どこの組のもんだ?独りでカチコミに来るなんざぁ、よほどの莫迦だぜ?」
 安本はこめかみに青筋を立てながら、皺枯れて低いドスの利いた声で少年を威嚇する。自分のテリトリーを得体の知れない奴に荒らされて、相当に頭に来ているようだ。
 
 美優は自分たちに向けられた本物の拳銃を目の当たりにし、いよいよ本当に震え怯えてしまっている。
 今迄ドラマか映画でしか見たことのないもの、その銃口が自分たちをしっかり捉えている。
 もしあの銃口から火花が飛んだ瞬間、弾丸は自分の腹を突き抜け、内臓をズタズタにされて死ぬ瞬間まで痛くて苦しい思いをするのかと想像すると、その恐ろしさに歯の根が合わなくなるほどガチガチ震えてしまう。 

 そんな二人の恐怖を察してか、静かに二人を庇う様に前に出ると、全く感情のこもらない淡々とした声音で安本たちを挑発する。
 
 「……部下の面構えが悪いと、親玉の面も酷いもんだな。とりあえずその醜い歯並びを何とかしたらどうだ? あとその臭い息もな」

さらっと言い放ち、少年。

 ピクピクとこめかみに浮き上がってた青筋が更にもう一本追加され、安本の顔は怒りのあまり真っ赤を通り越してどす黒くなってきている。
 「……本気で死にてぇようだな、こんガキゃぁ。 いいぜ、お望み通りその自慢のお面にありったけ鉛玉食わしてやるよ。そこのメスガキどもは一通り輪姦した後に風呂屋に沈めてやる。…梶野、やれ」
 安本が横の大男――梶野にそう命令すると、梶野は頷きさま直ぐに手に持つ小型の回転式拳銃の狙いを少年にピタリと向ける。

 ―――が。
 何を思ったのか、銃口を向けられた瞬間少年は「ぷっ」と吹き出し、プルプルと震えながら腹に手を当て、笑いを堪えだした。
 訝しがる安本と梶野。美優と梓も不安気に少年を見る。
 
 「……どうでもいいが、そこのデカいの。オマエの手に持つそれ、安全装置掛かってんぞ」
 
 ぼそりと、少年。
 その言葉にハッとして手に持つ拳銃の安全装置に目をやる梶野。しかし銃には安全装置はかかっていない。
 しかし梶野が視線を切るその一瞬だけで、少年には十分な猶予だった。

 視界に少年の姿が消えた事に気付いた梶野、その時少年は既に音も気配も無く梶野の懐に潜りこんでいた。
 反射的に銃の引き金を引く梶野。瞬間銃口から乾いた音と共に吐き出された鉛玉が少年の腹にめり込み、内臓をズタズタにする筈だった。

 ――しかし。
 少年は梶野の懐に潜りこんだ瞬間、梶野の持つ拳銃のシリンダーを強靭な握力でガッチリ掴み回転を封じ、撃鉄が打ち下ろされる部分に指を当てて雷管をカバーし、弾丸の発射を阻止する。
 引き金を引いたのに銃が発砲されない、その事に驚愕する梶野。
 少年はそのほんの一瞬の空隙で、全てを終わらせる。
 
 少年は梶野の銃を封じると、空いてる手でそのまま握斧――いわゆる手刀の指先を折り曲げた拳で梶野の喉仏を、正確に無慈悲に打ち据えた!

 ――!!!
 ぐちゃりと鈍い音と共に喉を潰され、悲鳴も息も吐けない梶野。口から血反吐を溢れさせ、そしてそのまま膝から音を立てて崩れ落ちていく。
 そのまま梶野から拳銃をするりと奪い取ると、後ろで呆気に取られていた安本に素早く肉薄し、ポカンと開いていた口に奪い取った銃口を乱暴に突っ込む!
 「……もういいか?」
 その一言で十分だった。
 
 部下たちは軒並み床に転がされ、一番頼りにしていたボディガードの梶野もあっさりと戦闘不能にされてしまった。
 自分一人がどうこうした事で目の前の少年を殺れる事なんて出来るはずもない。
 安本は完全に戦意喪失し顔は蒼白、為す術もなくがくんと膝を着いた。
 一通り周りを見やると少年は、美優達に視線をやると顎だけで『早く行け』と促す。
 今度こそ美優達は躊躇せず部屋中に倒れてる男達の合間を駆け抜け、文字通り玄関から飛び出していった。

 ……無事下まで降りられれば、後はロブがフォローしてくれるだろう。
 そう判断した少年は軽く息を吐き、手に持っている拳銃の弾丸を全て床に抜き落とすと、空っぽになった銃をそのまま後ろ手に放り投げてこの場から立ち去って行った。
 
 残された安本はただただ呆然と、部屋中に響く男達の苦悶の呻き声を聞き続けるしかなかった。

(続く)
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