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王子

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 レイチェルはその姿を見て、息を飲んだ。

 闇を纏ったような真っ黒の髪に、黒曜石のような瞳。身に着けているグレーのコートは誰が見ても高級品とわかる代物であり、青年の持つ物憂げ美しさをより一層際立たせている。凍てつくような美しさを持ったその青年はレイチェルにゆっくりと微笑みかけ、ゆっくりと口を開いた。



「――ヘイそこのいっぺん死んだ彼女! 俺と一緒にドラゴン狩らない?」



「……は?」

 青年の恐ろし気な美貌にそぐわない、軽い言葉。そのあまりの落差の激しさに、レイチェルは思い切り間の抜けた返事をしてしまう。二人の間に流れる、寒い風。先ほどまでその美青年っぷりによって冷気を放っていたのが、今ではただ単に冗談が滑って白けただけの空気になってしまった。だがその青年は怪訝に思うレイチェルを前に、陽気に――その見た目に似合わない、眩しいぐらいの明るさで話を続ける。

「おっと、すまない、いきなり驚かせて悪いね。俺はこの国の第二王子・フェスタ―。ひょっとして、名前ぐらいなら聞いたことがあるかな? あ、でも俺、あんまり社交界に顔出さないからな……まぁ、とにかく初めまして? どうぞよろしく」

 王子、という単語にレイチェルは一瞬たじろいだ。

 現在、国王陛下の子どもは六人存在する。
 上から順に第一王女、第一王子、第二王子……と続いているが、王太子として即位しているのは第一王子だ。銀色の髪にアイスブルーの瞳が際立つ彼は日々勉学に励む一方、公爵家から妻を娶り待望の男児を誕生させたことでその地位を盤石なものにしている。臣下や民の信頼も厚く、既に「名君」と噂されているのだが――彼の兄弟姉妹、つまり他の王子・王女たちの評判は実に落差が激しく、巷では「本当に全員、国王夫妻から生まれた子どもなのか?」と噂されるほどであった。

 例えば末っ子の第五・第六王女は聡明で性格も穏やか、将来は王族の一員として兄を支えるべくそれぞれ勉学に励んでいる才媛であると言われている。第四王女は早くに隣国へと嫁いだものの、夫を尻に敷く恐妻家として有名だ。男性には恐れられているが女性たちからは幅広く支持されており、王城でファンレターを受け取ったりお悩み相談を承ったりすることもあるらしい。

 だが、問題なのはここからで――今ここにいる第三王子フェスターはいつも影が薄く、たまに社交界に顔を出したかと思うとすぐ引っ込んでしまう。時々、人の顔をじっと見て何か考えるような素振りを見せていたり身分を問わず様々な人物にいきなり、軽い調子で声をかけたりすることで奇人・変人の烙印を押されている王子だ。レイチェルも今まさにそんな彼から声をかけられたのだから、驚くのも当然だ。



 しかし、それ以上にレイチェルの中で引っかかったのは、彼があくまでも世間話をするようなノリで口にした衝撃の一言――『いっぺん死んだ彼女』という言葉だった。
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