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帰還からまた旅支度

帰還からまた旅支度⑨

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 マリ、公爵、宰相の三人でサロンのソファセットに座り、向かい合う。
 宰相はマリに教えたい事があるようだが、これからなんの話をされるのだろうか?
 異世界とはいえ、国のトップと間近で対峙していると緊張するので、早く解放されたい。
 買い物に行ったセバスちゃんか、戦闘訓練に出掛けたグレンのどちらかに付いていけば良かったと、若干後悔する。

「あの……私の耳に入れたい事って何?」

「えぇ、実はですね。マリ様と同じ世界出身であられるアレックス様なのですが……__」

「あー……」

 水の神殿に居る時に、スマートフォンでやり取りして以来、アレックスとは全く連絡をとっていない。彼はケートス討伐の為に国王に送り出され、結局水の神殿の敷地にすら足を踏み入る事はなかったわけだが、王城に帰ってからどのような扱いを受けているのだろうか。

「公爵から聞いたところによるろ、ケートスは結局害獣ではなかったので、討伐を果たせなかったのは致し方なかったとは思います。しかし、アレックス様の道中での振る舞いが、騎士達の怒りを買いまして……。それを耳にした国王陛下がアレックス様に勇者らしい振る舞いをするようにとアドバイスなさったのです」

「まぁ、坊ちゃん育ちだしね、アイツ。騎士とかからしたら、ホント情けない男に見えると思うよ」

 ロック鳥に襲撃された時に、アレックスが馬車に隠れてスマートフォンを操作していたのを思い出す。あれなら、愛想を尽かされるのも当然だ。

「アレックス様はそれで反省してくださるものと思っておりましたが、次の日の朝、彼の部屋はも抜けの空に……」

「も抜けの空……。どこかに行ってしまったの?」

「元の世界へと帰ってしまわれたんです」

「え……」

 これには少々驚いてしまったが、良く考えると、大した事でもないように思われた。

「アイツを『真の勇者』として選ぶつもりはないし、別に居なくても困らない。むしろ、古くからの知人として、安全な所に戻っててくれる方がいいとすら思うけど」

「確かにそうなのですが、問題はあの方が元の世界に戻られる時に、道連れにした方がいらっしゃって……。それが非常にマズイのです。風の神が何故あの様な男に……ああ、失礼。何故神はこの世界をお捨てになったのか……」

「ふーん……。んん?? 風の神って言った!? ……それってかなりマズイんじゃ!?」

「そうです」

 自分が聞いた言葉が間違っていなかった事に、マリは驚愕してしまった。

 魔王を倒すためには、四柱の神々の力を一人の勇者に集めなければならない。アレックスがニューヨークに帰り、グレンがこの世界に残るのなら、神が迷う余地は無くなり、その力はただ一人の勇者に集まるはず。それで終わるならマリの役割もなくなり、気が楽になるはずなのだ。しかし、神のうちの一人が居なくなった場合、その根本を揺るがす事になる。
 騒つく胸を抑えながら、マリは疑問を口にした。

「そもそも、なんで風の神はアレックスなんかと別の世界に渡ったの?」

「モイスから聞いたんだけど、どうやらアレックス君がこの世界に来たばかりの頃、風の神を助けたらしくて、それ以降親しく交流していたみたいなんだ」

「国王陛下がアレックス様に特別に目をかけていたのは、それがあったからです」

 公爵と宰相が続けて教えてくれた情報は、なかなか興味深かった。
 友情なのか、恋愛感情なのか。
 世界を捨ててまで一人の男に執着するなんて、神はなかなかに人間くさい。
 それに、この世界の為にマリを利用しようとしている水の神と比較してみると、その無責任さが酷い。

「王都近くにある風の神殿では、神を呼び戻せないかと対策を練っているらしいよ。モイスからの報告を待ってみよう」

「それしかないね。何か次から次へと色んな事が起こって、気が休まらないよ」

「一つ一つ、解決していくしかないよ。僕もちゃんと力になるからさ」

 公爵の言葉にマリは頷いた。起こってしまった事にブチギレても、何も進展しないのだ。

「取りあえず、アレックス様に脅されたとはいえ、別の世界へのゲートを開けてしまった魔法使いは牢屋に入れております」

 宰相が牢屋にぶち込んでしまったのは、おそらく先日この都市にある美味しいレストランで、食事を共にした老いた魔法使いだろう。アレックスのせいで牢屋に入れてしまっただなんて、気の毒である。

「牢屋にはいつまで入れておくつもりなの?」

「風の神がこの世界に戻らないなら、生涯ずっとです」

「それだと私達、元の世界に帰れなくならない?」

「帰れなくはなります。しかし、プリマ・マテリアの枢機卿モイス・ソニシア殿はマリ様が、元の世界に帰らない方がこの世界の為にはいいので、私の措置は問題ないと言っておりましたが」

「はぁ!? ふっざけんな! 今すぐ魔法使いを牢屋から出してあげてよ!」

「そうですか? もう二ヶ月程でマリ様の世界へのゲートは開けなくなりますから、この世界を満喫してからお帰りになりたいのであれば、もう十年後のタイミングを待った方がいいかと」

「私、この世界を満喫したいだなんて一言も言ってないし!」

 自分の世界を中心にしか考えないモイスや宰相に腹が立ち、マリはローテーブルを両手で叩いた。
 
(もう無理! さっきの焦げたクッキーはこの人の土産にして、健康被害で苦しめてやろう)

 マリは陰湿な嫌がらせを思いつき、宰相に悪い笑顔を向けた。
 たまには復讐したって許されるだろう。

 だけど、宰相は重要な事を伝えてくれたともいえる。ニューヨークに戻るためのゲートは、もう二ヶ月間しか開通出来ず、それを逃したら、十年後になる。母や友達との再会が遠い未来になってしまわないように、きちんとカレンダーか何かに書いておいた方がいいだろう。
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