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あの子みたいに育てたいの
しおりを挟むところが、そのことに関してひとつの大きな問題があった。実は最近あたしの残りの寿命がどれだけ残っているのかを表す夢が酷く朧になっているの。以前ははっきりと明確に残りの日数を示していた夢が、最近では残りの日数の部分がよく見えなくなっている。あたしが夢から目を背けていたからであろうか。浮かんでくる数字にあたしのピントが合わなくなってしまっていたのだ。
正直、いささか焦っていた。お腹の中の子を産み落とすまではあたしは生き続けなければならない。その為には、あたしの命の残量の確認をしておかなければ。一体お腹の子はいつ生まれてくるのであろうか。確か子供がおなかの中に出来てから生まれるまでおよそ十月十日だと聞いたことがある。あたしは手帳を開いて、この種がついたであろう日を確認した。5月10日。間違いない。ご丁寧につけられたハートマークが教えてくれたわ。ここに十月十日を足すと来年の3月20日になる。この日がおなかの子の誕生予定日だ。あとは眠りについときにあたしの残り寿命が確認出来ればいい。今日が6月30日だから残り265日程度はカウントダウンが続いて貰わないとまずいわけだ。
だけれども。あたしは今日も明日もあの夢を見ることがなかった。そのかわり、昨晩にいつもとはまるで違う夢を見た。数年ぶりに見る普通の夢。夢の中であたしは生まれたばかりの小さな男の子を抱いている。その脇で両親がとても幸せそうな笑顔であたし達ふたりを囲んでいた。小さな男の子はあたしの差し出したひとさし指を握ったまま眠りについている。あたし達は明るくて柔らかな日の光に包まれていた。あたしは腕の中の子が相当に愛おしいらしくその子に掴まれた反対の手の人差し指の爪の甲で彼のほっぺたを軽く撫でるようにつついていた。
それを見た両親が、
「そんなことをしたら赤ちゃんが起きちゃうよ。」
とあたしをも子ども扱いするかのような優しい声であたしを諭していた。
夢はそこで儚く消えた。正直あたしは怖ろしかった。なんせこの何年間も夢といえばあの夢しか見た記憶がないのだ。あなたには分かってもらえるかしら。大きくて怖ろしい怪物に襲われる夢より、狂った殺人鬼に追われる夢を見るより、あたしにはあの暖かい夢が怖ろしく見えたのだ。
あたしはそのおぞましい夢を見た日から熱を発し2日学校を休んでいた。その2日間の我が家はあまりにも惨めであった。父は朝、晩あたしが引きこもった部屋のドアの前まで訪れて来てくれた。けれども結局話はあたしのおなかの中の子供のことだけ。あたしは本当に体調が悪いから、その話はまた今度にしてくれるよう頼んだが、父はそうそう延ばせる問題ではないと最後は部屋のドアに向かって怒鳴りつけた。それを頼むから明日まで待ってあげてくれと泣きながら母が父をドアから引き離そうとする。
ああ。あたしはまた病気のせいで家庭を崩壊させていくのか。
あたしはもうおおよそ妊娠1か月半。父は相変わらず亮君に責任をとらせるだとか、おなかの子をおろすべきだと言って止まない。そもそも責任をとらせるとはどういうことだろう。あたしには子供をおろすつもりも、亮君を責めるつもりもこれっぽっちもないのに。
子供をおろすということは当たり前の話だけど、人をひとり殺すことなのだ。あたしはおなかの中の赤ん坊にすでに愛情が芽吹かせていた。愛情という表現でなければ、期待という言葉があたしの持っていた感情に近いのかもしれない。
勝手に生まれてくる赤ん坊は男の子だと想像していた。あの子の生まれ変わりなのだと信じていた。生まれ変わりなんかじゃなくてもいい。あたしが育てるのだ。あの子みたいに。
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