桔梗

三鷹たつあき

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第六話 象

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 水曜日は、午後の講義が2コマしかないので、いつもより随分早く解放される。しかし、夕方にはオケ部の練習があるので、まだ自宅に帰るわけにはいかない。今日は、練習が始めるまで一人でコントラバスの練習をしていようと決めていた。そうなると練習場所を確保する必要がある。三号館の三階にオケ部の部室があるのだが、そこはコントラバスの練習には向いていない。部室は部員たちの憩いの場になっているから。

部員たちは皆、オケ部のことも部員のことも愛しているのだろう。特にやることもないくせに酒や煙草を嗜みながら仲間との会話に夢中になる。

いつも馴染みの者たちと、大して変わり映えのない会話を続けてなにがそんなに楽しいのだろうかと不思議である。恋人同士でもあるまいし。

 そりゃ僕は変わり者であるということを認めている。誰かに囲まれて生活するより、ひとりですごす方がよっぽど好きだ。一緒にいるのなら、可愛らしくて愛しい女しか考えられない。今は、そんな女がいないから必然的に隣にはいつも杏奈くらいしかいないのだ。

 そういえば部室の隣に屋上に続く階段があったはずだ。時にはそこで先輩らが楽器の練習をしているのを見たことがある。青の階段は屋上に続いているのだが、屋上のドアには鍵がかかっているので、階段に立ち寄る者もほとんどいない。

 購買で缶珈琲とキャメルという銘柄の煙草を買って、屋上へ続く階段へと向かった。想像通り、先客はいない。部の練習が始まるまでの二時間半はゆっくりと静かに過ごせるだろうと期待していた。

 階段の途中に腰を下ろして、コントラバスを取り出した。コントラバスは非常にでかい。僕の持つのは全長が百八十センチもある。僕よりちょっとだけ身長が高いのだ。コントラバスというと立って演奏するスタイルを創造する方が多いのだが、僕は座って演奏する。交響曲などは非常に長い時間演奏をするので、立っているのがしんどい、という単純な理由もあるが、僕はこの楽器は座って演奏する方が絵になると思っていた。だからその奏法を取り入れたのだ。‘格好つけ‘らしい理由だろう。

 
今は、サン=サールス「動物の謝肉祭」の「象」の練習をしている。もう暗譜している曲なので、目を伏せて演奏する。しかし、暗譜ができるくらいでは、その曲が体に染みついているとはいえない。弓と弦が擦り合わさる様子を脳内で再現できるほどは練習しないと、人前で演奏できる域には達しない。夏休みに行われるという合宿までには、少しでも演奏レベルを上げて合宿に望みたい。
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